本が紡ぐ物語



 小さい子って度胸が凄いと思う。

 知らない人に話しかけるし、何処でも自由に自分のしたいことをする。

 かくいう私もその一人だった。

 何処に行っても、すぐに友達を作って遊んでいた。

 公園でもスーパーでも、何処でも。

 あれは確か小学校に入りたての頃。

 私は学校終わりにいつも近所の図書館に行っていた。

 本は楽しくて、面白くて、私をいろんな世界に連れて行ってくれたから。

 そんな図書館でも、私は友達を作った。

 その友達は、図書館の近くに住む一個下の男の子。

 名前は忘れてしまったけれど、確か「ゆ」から始まる名前だった気がする。

 彼はいつも私が来る時間に図書館にいた。

 そして私の姿を見つけると、走って駆け寄って来て、オススメの本を教えてくれた。

 私もオススメの本を教えたりして、いつも閉館時間ギリギリまで一緒に過ごしていた。

 二人で読む本が増えるたびに、二人の絆も深まっていった。


「今日はどんな本を読む?」

「そうだね〜、お姫様が出てくるやつ!」

「あきちゃんは本当にお姫様が好きだね」

「うん!」


 彼はとても頭が良かった。

 大人の読むような難しい本を何冊も抱えているその光景は図書館のお馴染みの光景だった。

 そんな生活が一年くらい続いた頃、パタリと彼が図書館に来なくなった。

 待てど暮らせど、来ない彼に私は底知れない不安を感じていた。


「ねぇねぇ、図書館のお姉さん。ゆーくんは今日もいないの?」

「そうねぇ、今日も見てないわね」


 毎日、図書館のお姉さんに聞いては一人寂しく本を読んでいた。

 次第に図書館に行く回数も減って、私は彼を忘れた。

 そして、私は大学生になった。





 大学は今までの学校というものとは、少し違うと思う。

 休暇や授業スタイル、何から何まで変わるであろうその生活に、私、笠屋あきは心を躍らせていた。


「やってきました、大学!」

「うるさい」

「いてっ」


 私は頭を叩いた張本人、高宮さらを睨みつけた。

 しかし、さらは何食わぬ顔で先を歩いていった。

 急いで追いつくと、さらの目線の先に大きな貼り紙があった。

 そこには、今日の予定がびっしりと刻まれていた。

 しかし、私の目はとある一点だけに注目していた。


「えーっと、図書館の場所は……」

「また、図書館にこもるの?」

「え、ダメ?」

「ダメっていうか、友達できないよ」

「別にいいよ、さらがいるから」

「私達、学部違うじゃん」

「ま、まぁなんとかなるさ」


 昔は簡単に友達を作っていた私も、今では人見知りの一員。

 しかし、今回は違うと私は思っていた。

 私の通う国文学科には本好きの生徒が集まるはずで、ならば私のような生徒もいるはずと踏んでいたのだ。


「……だから、大丈夫だよ!さら!心配しないで!」

「大丈夫、心配はしてないから」

「さら〜」


 これが私の中学校から続く光景だった。

 変わることはないと思ってた。

 彼に出会うまでは。

 学部のガイダンスやらなんやらが終わり、やっと一息ついた頃、私は図書館にいた。

 久しぶりの図書館に私は思いきり息を吸い込む。

 本特有の匂いがして、久しぶりにほっとした。

 図書館は私の心の拠り所であり、故郷であり、何にも変えられない場所だ。

 だから、この数日はまるで屍のように過ごしていた。

 学部の説明とか履修登録とか本当にどうでもいい。

 私がこの大学に来た理由はただ一つ。

 この大きな図書館である。


「うわ〜!やっぱりこの匂いは落ち着く」

「あ、わかります」


 後ろから突然聞こえてきた声に私は驚いて、後ろを振り返った。

 すると、そこには私より頭一つ分くらい高い男の人がいた。

 その横顔に幼い頃の思い出が重なる。


「あの……ゆーくん?」

「え?」


 彼は驚いたように目を丸くした。


「もしかして、あきちゃん?」


 彼の名前は湯川駿、あのゆーくゆだった。

 幼い頃の私は苗字からあだ名をつけたようだ。

 あの日以来、私たちは二人で図書館にこもっていた。

 あの頃みたいに本をオススメしあって、読んで、また教えて、それはとても宝物のような日々だった。


「ゆーくん、こういう本知らない?」

「あー、それはね……」


 ゆーくんはとても頭が良く、図書館の本の位置を全て覚えていた。

 そして、女の子に人気だった。

 ゆーくんは図書館に来るとき、毎回必ず違う女の子を連れていた。

 それも、とびっきり可愛い。

 わざとではないらしく、勝手について来るのだそうだ。

 私はそんなゆーくんに対して、何か胸がモヤモヤした。

 これは、本の中でいう「恋」というものに当てはまるのだろうけど。

 何だか自信がなかった。

 そんなある日のこと。

 ゆーくんが連れてきたのはとても声のでかい女の子だった。

 図書館の中だというのに、堂々と大きな声でゆーくんに話しかける。

 ゆーくんも何だか迷惑しているようで、少し困った顔をしていた。


「ちょっと、ここは図書館です。静かにしてください」

「はー?あんた何様?そんなことくらいわかってる。ねー?駿くん?」

「あんたね!ゆーくんも!何で怒らないの!」

「あきちゃん、とりあえず、外行こうか」


 私はそのままゆーくんに連れられ、図書館の外にいた。

 急に掴まれたその手が思ったよりしっかりしていて、男の子なんだな、なんて思った。


「あきちゃん、さっきはごめん」

「別にゆーくんのせいじゃないでしょ?」

「いや、俺のせいなんだ」


 どうやら、ゆーくんはわざと図書館に女の子を連れてきていたらしい。

 それにしても、一体何のために?


「俺、あきちゃんが好きなんだ。始めて会ったあの時から」

「え?」


 突然の告白に頬が熱くなる。

 好き、ゆーくんが私を……?

 私はまんまとゆーくんの罠にハマっていたらしい。


「私も、ゆーくんのこと好きだよ」


 そう言うと、ゆーくんは私を優しく抱きしめてくれた。

 ゆーくんから、ふんわりと本の匂いがした。

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