終章 魚づくし6~8軒目

 6軒目は、あんこう鍋。

 あんこうは季節が冬だから、ちょっとイマイチだったかな。

 やっぱり旬ってあるんだね。次は2月頃に来ようと四人で再起を誓い合う。


 7軒目は、鯛めし

 鯛めし好き!

 鯛めしっていろんな食べ方があるみたいだけど、私は鯛が丸ごと入った土鍋の炊き込みご飯が好き。醤油味のご飯の海をダイナミックに跳ねる蒸し鯛。蓋を開けたときにほわっと漂う芳しい鯛の香り、そして濃縮してぎゅっと詰まった鯛の身をホロホロ崩す遊び感覚もたまらない。

 真夏ちゃんは、丼ご飯に鯛の刺身と卵が乗ったやつだって。頑固な真夏ちゃんはこれ以外は認めません。炊き込むなどもってのほか。汁をかけるなど旨みが逃げる邪道の極みとのこと。

 弥生さんは、邪道の極みのゴマダレ派。「鯛とゴマダレは合うよ。鯛に熱い出汁を掛けて海苔を散らして食べるの。今度はそっちの店に行ってみようよ。ここの海鮮丼風もいいけどさ」だって。

 ゆかりんは鯛めしの存在を知らなかった。驚き!

 そもそも丼物は庶民的だからお家では食べちゃいけないものになっているそうだ。


「他になにがダメなの?」

「駄菓子はもちろダメですわ。スナック菓子も。あとラーメンもいけませんって言われています」

「うわぁ~、可哀想~」

「じゃお蕎麦は?」

「お蕎麦は大丈夫です?」

「ならうどんは?」

「うどんも大丈夫ですわ。でもつけ麺はダメなのです」

「何で?」

「お母様の美的センスのようですわ」

「じゃざ、ざる蕎麦もダメじゃん」

「お蕎麦は音を立てないで食べなさいといわれてますわ」

「うわ、不味そう!」

「そうだ! カレーうどんはどう? 微妙でしょ」

「どうでしょうか? 頼んだことがないのでお母様はどう判断されるか……」


 そんなどうでもいい事を真剣に考えてる。ゆかりんは真面目な子だよ。

 あ、ごめんなさい。ゆかりんは私より年上でした。


「じゃさ、じゃさハンバーガーとかダメなんじゃない?」

「いいえ、そんなことはございませんわ」

「えー、絶対ラーメンより庶民的だよ。値段的にもさ」

「もしかしてファストフードのハンバーガーの事を仰ってますか」

「え、ハンバーガーってそうでしょ」

「いいえ、ハワイアンバーガーなどお皿に乗ってくるようなものはお母様も良いと言ってますわ」

「もしかしてフォークとナイフで食べるとか……」

「ええ」

「げー、めんどっちー」

「ゆかりん、あんたが細かった理由がわかったよ」

「どういう事でしょう?」

「そんな面倒な食事してたら食欲もわかないよ」

「……はっ、それで一人暮らしを始めたら太りだしたのからしら」


 アタリだと思うよ。お母さんの重しが取れたからご飯が自由になっちゃったんだよ。私も一人暮らしを始めた時激太りしたもん。ママの目を盗んでご飯を食べなくてもいいんだ! いつでも好きなモノを好きなだけ食べていいと思ったら止めどなくなっちゃって。商店街の皆にも可愛がられたし。

 食いしん坊は一度は通る道だから諦めなさいまし。ホホホホ!


 8軒目は、箸休めに中華店に寄って鱈のあんかけ、鯉の豆板醤煮、伊勢海老の唐辛子炒めといった普段食べないものを食べた。でも旬の現地食材じゃないとそれほど感動はないのね。

 それが不満だったのか、ここで弥生さんが自ら課した禁忌を破って「マーボー豆腐が食べたい!」と我儘爆発。きっちり罰金を払っていただき私達もご相伴にあずかった。

 マーボー豆腐には全く魚が入ってなかったけど、これは美味しかったです。

 せめてナムプラーでも入ってれば言い訳もできたのにね。


 9軒目は、というところでゆかりんが「もう限界です。本当にもう限界です。もうお宿に行きましょう。わたくし頑張りましたわ」と弱音を吐いたので、悪い思い出になっちゃいけないと最後にたい焼きを20個を買って宿に向かった。

「ひとり5個あるからね」

 そのたい焼きを見てゆかりんは、軽い吐き気を覚えてたみたいだけど。


 ・・・・


 全てのお店を回りきってお宿に着いたのは、もう夜の9時を回る頃だった。

 ゆかりんは食べ過ぎてぐったりしてるけど、やっぱり大食いの才能がある。なんだかんだ言いながら8軒をきっちりまわって、きっちり食べきってる。もちろん私達みたいには食べてないけど、ハイジのワンピース越しに不自然に突き出たお腹が分かる位の量を食べちゃってるのだ。


「もう喉までご飯でいっぱいです」

「お腹の皮がはち切れちゃいそうです」

 とか言ってるクセにホテルの売店で見つけたおいしそうなゴマプリン「食べる?」って聞いたら「一口食べたいです」だって。

 とんだ食いしん坊お嬢様だった。


 弥生さんは、お寿司屋さんからスパートをかけて本領発揮、もともと早食いも出来る人なので前半のスローペースを取り戻す勢いで魚介スープのワンタンとかかっこんでいた。

 いまホテルにいるんだけど、大ジョッキでビールを一気飲みしてる。その量を食ってまだ飲むか。

 ごくごく飲むと服がもう体にピッタリくっついてるものだから、お腹が波打つようにぐいぐい大きくなるのが分かる。

 いま肥満中年の腹が目の前にあります。


「くはーっ、おかわり!」

 どうぞ、好きなだけお飲みください。そのジョッキ一杯で700ccだそうですよ。


 真夏ちゃんは、体の大きさのイメージ通り食べ続けて更にボリュームアップ。

 胸と腹が段々畑だ。太鼓腹とはまさにこの事。太ってから食べられなくなったと言いながら、平気で7、8キロ食べてくる。有望な弟子を持って私は幸せだよ。


 私?

 私は小食ですから、皆さんほどでは。

 今日は多分12キロくらい。

 あとでお風呂で測ってみるけど、時間かけながら食べておトイレなんて寄ったりしてるから半日食べ続けとしてはこんなもんでしょ。

 とはいえ、体を捻ると脇っ腹らがひっぱられて、つんと皺が寄るのが分かるくらいになってる。私のウエストはどこにいったのでしょう?



 そして恒例、お風呂でお腹チェック。

 ゆかりんは私達の体を見て凄い凄いを連発してる。初めて見る人には衝撃だよね。わかります。


「みんなお腹の出かたが違いますわね」


 実はそうなのだ。これは私達にもどうしてそうなるのかは分からないけど、弥生さんはおへそを中心にぽこんとお腹が飛び出てくるのだけど、私は下っ腹から詰まってきて鳩尾からお腹全体がむくむく大きくなってくる。

 真夏ちゃんは、お腹の上の方から膨らんでくるんだけど、今じゃすっかり肉付きがいいので何処がどう大きくなるなんてもう分からない状態だ。

 それを一人一人見比べて、「あの触ってみてもいいですか」なんて恐る恐る聞いてる。


「固い! 固いです、梓さんのお腹。弥生さんも固いですわ。それにおへそも伸びちゃってます」

 でも真夏ちゃんのお腹は、「すみません、ふよふよです」 だって。


「優花理さん、これが脂肪だよ。優花理さんにもあげようか」

 お腹の肉を両手で掴んで持ち上げて嬉しそうに見せてる。


「いいえ、もうけっこうですわ」

「そういう、ゆかりんだってパンパンじゃない。とても乙女のお腹じゃないわよ」

「やめてっ!」


 皮も摘まめぬピチピチ腹を前に現実逃避。こりゃお腹がパンツの上に乗っかる日も近いな。


 そしてお風呂の中ではまた私は弥生さんに乳を揉みしだかれ。最後には諦めて揉むにまかせてやった。構うと余計喜ぶから。


「おもしろくない、いいもんゆかりんの揉むから」


 お陰で露天風呂に『妖怪乳モミ腹モミ』が出現して真夏ちゃんとゆかりんが被害者名簿に載ってしまった。


 お風呂上がりは体重チェック。

 私は秘密。

 ゆかりんは4キロアップ!

 途中で出してないから本当に今日食べた分量だ。


「あら~、こんなにあるんだ。私しーらないっと」

「食べたからです、いつもはこんなにありません!」

 聞こえませーん。


 真夏ちゃんが体重が84キロもあって皆ビックリした。


「だから40キロ太ったっていったじゃん。今日は8キロ増えてたけど」

「ということは75キロ!?」

「その数字も衝撃だよ。真夏ちゃん」

「はぁ~2年前は35キロか」


 自分の丸っ腹をペチペチ叩いてため息をついてる。太りたかったのは自分だけどやっぱり体が重いんだね。にしてもバスト112はド迫力だった。



 みんなで髪を乾かしていると真夏ちゃんの手に懐かしいものを見つけた。


「あ、そのシュシュまだ持ってたんだ!」

「うん、お姉ちゃんとの想い出だもん」

「私も持って来たんだ」


 おそろのシュシュを手のひらに見せ合うと、あの頃がだぶって見えてくる。引っ越したばかりでまだ友達も少なかった真夏ちゃん。両親のこと家族の事で悩んでいた私達。

 でもそれを二人で乗り越えてきた。


「また二人でお風呂に来れたね」

「うん!」


「あのー、私達もいるよ~。かってに禁断の世界に行かないでくれる」

「行ってません!!」


・・・・


 お部屋折角だからワイワイ騒げる四人部屋にしたのに、みんな食べ疲れたのか布団に入ってお喋りしているうちに一人落ち、二人落ち。気づいたら起きているのは私だけになってしまった。

 私も瞼も落ちてきたのでそろそろ寝ようと思ったら、皆ちょいちょいトイレに起きるからうるさくて寝れない!!


「うえっ! 誰! いま私を踏んでったの!」


 せっかくウトウトしてきたのに!

 横を見ると満月の月明かりに照らされて寝息を立てる真夏ちゃんがいる。

 いつも横に先生がいるから、それと比べると大きいというか厚いというか、月明かりのシルエットが富士見台から見る山脈のようだ。


 実は真夏ちゃんとの楽しい食べ歩きの時間は思いのほか短い。私のお節介のせいで二人とも大変なことになっちゃたし、編集はいつも時間に追われてギリギリだから楽しんでる暇はなかなか取れなかった。

 でも真夏ちゃんは私と一緒に歩んでくれて、しかも私達夫婦に新しい命を運んでくれた。

 ホントに天使、ホントにキューピッド。

 そんな自覚など微塵も感じさせず布団を蹴って眠る大きな天使に、私はそっと寄り添い夢の中に落ちていった。


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梓さんよく食べます。 ゆずれない願い 浦字みーる @yamashin3

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