終章 魚づくし3軒目
次は普通のドライブインだ。
ここでは、きんきの煮付けを頂く予定。
靴を脱いで座敷に上がると、そこは大きな紫檀のテーブルがある大部屋だ。
座る距離と話題って関係があるのかもしれない。
さっきとは違うくつろいだ雰囲気に、話題はプライベートなちちくり話から急にまともな話になった。
「グルメマップはどうなったの?」
徐に弥生さんが真夏ちゃんに聞いてきた。メールでそのことはずっと話してたから弥生さんは覚えてたんだ。
「続いてますよ。見てみますか?」
「持ってるんだ」
「見せてあげたいなと思って持ってきたの」
「どれどれ」
弥生さんが4つ折りになった先月の茜グルメガイドマップを丁寧に開いて静かにテーブルに広げる。
ガサツな人だと思ってたけど意外。
「おースゲー完成度。これどんなメンバーで作ってるの?」
「商店街の人達と茜商店街の近くに住んでるボランティアの方々です。2チームに分かれて隔週で企画と取材を交互にやるんです。レイアウトとか校正は専門のメンバーがいますけど」
「いいね。競争心が出ていいやり方だよ」
「ありがとうございます。弥生さん、もし良かったらアドバイスをいただけませんか。初めて見た人の意見って大事だから、よろしくお願いします!」
プロの顔つきだ。
私が居なくなってから1年以上編集長をやってるんだもんな。中学生なのにクオリティや納期に対する責任、問題が出た時に自分が引き受ける覚悟が顔からにじみ出ている。
最初の頃、私の後ろに隠れながらグルメガイドマップを作っていた真夏ちゃんが今はこんなに成長している。それを間近で見るのは嬉しいけど、寂しさも覚えてしまう。
「アドバイス? そんな大げさなー。でも、もし一言いうなら情報量が多過ぎかしら。この量なら二回に分けてもいいよ」
「情報量?」
「そう。例えばね、この回は焼き肉じゃん。これをお客さんのニーズ別にすんの。ワイワイ楽しく食べたい人と、ジックリ美味しく食べたい人とか。と言っても飲食ニーズって三つ位しかないけどね。他にもTPOとか価格帯とかにセグメントした方が見やすいよ」
「へー、なるほど」
そうだ。弥生さんの仕事って雑誌関係だったんだ。だからか。
「弥生さん、まだ出版関係で働いてるの?」
「そうよ、誰かさんと違って一人もんですから、辞めらんないのよ」
「うわ、嫌み」
「リア充め」
「すみません。超充実してます」
「ちっ!」
舌打ちですか。それと中指立てるのやめましょうよ。
「あと何かありますか?」
「季節イベントとか使ってる? 女性とか子供がターゲットだとハロウィーン特集とかひな祭りとか商店街のイベントに連動するのもいいよ、連動企画は雑誌じゃできないから地元のグルメマップならではだよ」
「なるほど、プロは違うなぁ」
「いや、中学生にここまで作られたらウチらがヤバいって。コメントの気配りとか凄いもん、レイアウターも腕がいいし、うちの新人に見せたいわ」
「梓さん、何をニコニコされてるのですか?」
「ここまで育て上げたの私」
ゆかりん、よく気づいた。
ここは自分の鼻に指をさしてわたくしの功績を自慢するポイントだわ。
「お姉ちゃん食べてばっかだったよ。始めから」
「え、真夏ちゃん、ここはお姉ちゃんの顔を立てる所でしょ」
「そうですわね。イラストはわたくしですしレイアウトは実子さんが監修されてますし。そう言えば梓さんは何をされてたんでしたっけ?」
「ヒドイみんな」
「優花理さん、お姉ちゃんは私の胃袋を育てたんだよ」
「えー、そんなー」
弥生さんが腹を抱えて笑ってる。
ちくしょー! みんなして私をバカにして。グレてやる。
「真夏ちゃんはどのくらい食べれるの?」
「最近、限界まで大食いしてないからなぁ。無性に食べたくなったらお姉ちゃんに連絡するんだけど」
「そーですよ。私は食べるだけの女ですよ」
「お姉ちゃん拗ねないでよ~」
「そんな私ですが最近大食いしてないよ。真夏ちゃんとの時だけだよ。大食いするのは」
「いつでしたっけ?」
「何が?」
「天丼の時が最近で一番食べたんじゃないですか?」
「あーアレ! 4キロ天丼を完食したら1万円てのがあって二人で行ったんだよ」
「ふーん」
「そこで二人で2個ずつ食べたら、店長に呼ばれて『後生だからチャレンジメニューの注文はもうやめてください』って言われたんだ」
「あれ申し訳なかったですよね。店長さん真っ青でしたもん」
「アンタら二つはやり過ぎだよ。8キロ食べる人なんて滅多に居ないもん。お店は暴食テロにあったようなもんだわ」
「でも私もお姉ちゃんも、まだ行けたんですよ。だからその後、焼肉食べに行っちゃいました」
「そんなに食べて更にですか!?」
「二人ともギッチギッチだっんだけど途中で競争になっちゃって」
「あれは真夏ちゃんは私を挑発するから」
「違いますよ、お姉ちゃんが先に『負けないわよ』とか言い始めたんじゃないですか」
「そうだっけ? あ、思い出してきた。真夏ちゃんが極上カルビばっかり頼むから、割り勘じゃ損だと思ったんだ!」
「そんな理由なんですか!? あのとき全身からカルビ脂が出そうなくらい頑張って食べたのに」
「二人で50皿だっけ?」
「違うよ、お姉ちゃんだけで50皿だよ。私覚えてるもん。割り勘だと私がすごく損するからイヤだって言ったんだから」
やばっ、だんだん思い出してきた。お姉ちゃんの威厳を見せつけようと限界まで食べたんだ……。
焼き網に手を伸ばすとお腹が突っかかるねって笑いあって、真夏ちゃんがカルビばっか食べるから私もって一気に20皿食べたらフリルチュニックの下からお腹が出ちゃって、さすがにギチギチで背中も痛くなるくらいだったけど、それでも真夏ちゃんが食べ続けてるから、追加で30皿食べてショートパンツのウエストホックが弾け飛んで、それからどうしたんだっけ。意識が朦朧とするくらい食べたから覚えてない。
「お姉ちゃん、覚えてないんでしょ」
「はい……」
「最後は『苦しいよう、真夏ちゃん助けて~』って私に泣きついて、壁にもたれて1時間くらいうんうん唸ってたんだよ」
「……」
「覚えてないんだ。あんなに苦しそうだったのに。私だって9キロ以上なんだからお姉ちゃんは10キロは食べたと思うよ」
「バカじゃなのアンタらお。似合いの食べ過ぎ姉妹だよ」
「ひと皿が小さかったんだよ、あれは一皿100グラムもないくらいだから行けるかなって」
「ふっ!」
わわっ、大食い仲間なのに失笑された。
弥生さんには笑われたくなかったのに!!
「だって弥生さんもわかるでしょ。炭水化物ばっかり食べたらお肉が欲しくなるじゃないですか」
「梓ちゃん、もう私や勝っちゃんじゃどうにもならないレベルに行っちゃったのね。はやくギネスに乗りなさい」
「バ、バカにしてるでしょ、弥生さん」
昔話はさておき、ここの「きんきの煮付け」は超おいしい。
ぷりっとした身の弾力と旨みがしみ出たとろっとした煮汁。
アツアツのきんきをふーふーしながら口に放り込み「はふっ」と噛むと、じゅわと広がるきんきの甘さ。なにより食欲をそそる醤油の香りがもう!
びっくりなのが魚の大きさだ。きんきってこんなに大きな魚だったんだ。
この味にはみんな驚きだったので追加で2個頼んでしまった。
ここの店は煮つけだけじゃなくて、てんぷらも良かった。
アナゴのてんぷらは、さく、ふわ、ふぎゅの三つの食感が楽しめる優れもの。てんぷら油から微かに香るゴマの香りが食欲を限りなく増幅させてくれる。
名前の分からない白身魚のフライときたら、ふかふかの白身のやさしい海の香りはもちろん、さわさわと口に響く衣のあがらいがたまんない。
あー、ご飯が進む。
ダメだ。ご飯が止まんない。お米おいしい。何でこんなドライブインなのにご飯が上手に炊けるんだろう。お米が立ってるって昔の人はよく言ったよ。
「弥生さん、私ここで飛ばしていいですか」
「どうしたの?」
「お米がおいしくて、スイッチ入っちゃいました」
「大食い話もしちゃったしね。でもあと7軒あるけど。いいの?」
「調整します。ここでご飯10杯食べても、後は1キロペースでいけば大丈夫ですから。それにいつもの私の役割は真夏ちゃんが担ってくれそうですし」
「ちゃんとペース考えなよ」
あんたに言われたくないわと思いながら、我慢しきれずここでアナゴときんきとカレイの煮つけ、サバの照り焼き、ぶりの照り焼き、アナゴの天ぷら、白身魚の天ぷら、芝海老の天ぷら、きびなごの掻き揚げを注文してしまった。これは皆で食べたんだけど、ご飯は私だけで9膳も食べてしまった。ついでにすまし汁も3杯。
漁師街だから1膳が大きい。普通の倍はありそうだけど、このくらいじゃまだまだお腹いっぱいにならないぞ。
「お腹、ぽんぽん。満足満足! 女同士だと気兼ねなく食べれていいね」
マタニティルックだから全然苦しくないし。
まだ半分にも満たないお腹を軽く叩きながら、お腹の重さを味わう。このくらいの満腹具合のお腹を自分で揉むのも気持ちいい。下っ腹から持ち上げる様にポムポムを楽しむのだ。えへへ。
それを横目にゆかりんが暗い顔になってきた。
「どうしたのゆかりん、顔色悪いよ」
「優花理さん大丈夫?」
「……大丈夫です」
「そうは見えなひよ」
なおもご飯をほお張りながらゆかりんの心配をする。このクセは先生に注意されても直りません。
先生に「お前は人並み以上に美人なのに、どうしてそのクセが直らないんだ? 勿体ない」と言われたんだけど、私はそれは褒め言葉と受け取ってしまいました。
「あの……お腹が」
「痛いの?」
「いえ、苦しくて」
「どれ?」
見てみると
「やだ、ウエストぎゅーぎゅーじゃない!?」
「お腹がパンパンで」
「そりゃ顔も青くなるよ」
「なにお嬢様ぶってんの! ベルト外しなさいよ」
ぶってないです。本当にお嬢様なんです。この人。
「だって人前ですし」
「あんたバカ? 食べるって分かってて何でそんなおしゃれしてくんのさ」
お嬢様相手にバカ扱いとは。弥生さん凄い。
「皆さんとご一緒するのに変な恰好はできないと思いまして」
「もう!」
「殿方の前ですがスカートを緩めてもいいですか」
「いいから外しなさいよ。本当にお腹痛くなっちゃうよ」
ベルトをゆるめてスカートのホックを外すと、思いのほか大きなお腹がずどん、ぽよんと下に落ちてきた。おおー、大したボリュームだ。
「ほら、ウエスト無いくらいなんだから」
「やめてください! そんな皆さんに聞こえるような声で」
「事実なんだから受け止めなさいよ。あんた残念だけど食べる口よ」
「言わないで! 恥ずかしい」
「私らにつられて、いつの間にか食べれるようになったのよ」
「でも、もともと才能あったかもね優花理さん」
「最近自分でも怖いんです。わたくし明らかに太ってきましたよね。真夏ちゃんと一緒に取材に行くとつい一杯食べてしまって」
「なんか私が悪いみたいじゃない」
「いえ、そんなつもりでは。でもこのお腹をお母様に見られたら何と言われるか」
「諦めなさいよ。ちょいちょい見てたけど、あなたもう3人分は食べてるはずよ」
「やめて! ごはんがっ! ご飯がおいしいだけなんですっ」
言ってる事とやってる事が合ってないよ、ゆかりん。
「そもそも何でゆかりんはバイトしてんの? お嬢様なんでしょ」
「それが事情がありまして。わたくし今家出中なんです」
「ええっ、そうだったの!?」
「とうことは2年間も」
「はい、お母様が諦めてくれなくて」
「何を?」
「結婚です。政略結婚から逃げてきたんです」
「まじ、なんて古典的な」
弥生さんの言うとおり。なんて古典的な。
「あるんですのそういう話が。お母様の見栄で」
「大変だね」
「小さい頃から厳しく育てられましたわ。お母様の家系は明治時代に華族だったとか。本当かどうか疑わしいのですが」
「多分、娘に夢を託してんだろうね」
「でも、わたくしお母様の道具ではありません」
「そうだ、よく言った! じゃお母さんなんていいじゃん、どうせ家出中なんだし、おもいっきり腹膨らませようよ。はいベルトも取る!」
と言い終わる前に、弥生さんはゆかりんのスカートに手をかけて、妙に慣れた手つきでベルトをしゅるしゅると引っ張り上げちゃった。
妙に手馴れている理由は聞かないでおきましょう。
「ああっ、楽になりました」
「これでまだ食べれるね」
「でもこれ以上食べたら、太っちゃいます」
「逆だよ。小刻みに中食いするより、一気に大食いしたほうが太らないんだよ」
「え、そうなんですか」
「そう。どかんと食ってモリモリ出す」
「だめですわ弥生さん。女の子がそんなこと言っては」
「お嬢様ぶんなって。だから政略結婚に巻き込まれんだよ」
関係ありませんよね。それとこれとは。
「優花理さんがワイルドだったら相手も逃げ出しちゃうんじゃない?」
「それはそうかも。ゆかりん! 今日限界まで食べて明日はモリモリ出そう」
「出しません!」
「スカートホックも貸したげるからさ」
「なんで梓さんはいつも私に食べさせようとするんですか?」
それはぽっちゃりしたゆかりんがかわいいからに決まってるじゃない。
でも言わない。
「なんなら大食い用に途中で服買おうか?」
「ナイスアイデア弥生さん! ゆかりんもりっぱな大食いファイターだから戦闘服を買おうよ」
「戦ってません! 真夏ちゃん、助けて下さい~」
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