終章 魚づくし2軒目
また車に乗って次の漁港に向かう。次は民家みたいな食堂だ。
道路沿いの店で駐車場もない。暖簾もメニューも出てなくて、扉も戸窓もないただのスチール製だからまさに普通の家。本当にここでご飯が食べられるのかな。
「ここは海鮮丼が食べれるんだよ。料理人の目利きが良くって色々な魚貝が仕入れされるんだって」
へーと感嘆の声を上げながら今日のお品書きを見ると、ふむふむ日によって入ってくる魚が違うからメニューも日替わりなんだね。
海鮮丼は何種類かあって、「どれもおいしそうで選べませんわ」なんてゆかりんが言うものだから、「そういう時は全部食べればいいよ」と三人で教えてあげた。
ゆかりんは目を白黒させてるけど、大食いって特技はこういう時便利だ。食べたいもので悩む必要がない、全部食べればいいんだから。
どうだ羨ましいでしょ。
もともと民家を店にしてるから店内はとても狭くテーブルは三つしかなかった。その一つを陣取るなり真夏ちゃんからさっきの話の続きを聞き出そうとする私達。
海鮮丼も好物だけどこっちも好物。こういう秘密話には目が無いのよさ。
「で、何があったのよ。教えなさい。お姉さんに」
テーブルの真ん中まで身を乗り出して、オモチャを見つけた猫みたい。
「えー、どうしようっかな」
「真夏ちゃん、わたくしも知りたいですわ」
珍しくゆかりんも前のめり。ゆかりんは最初に会った頃と比べてちょっと変わったと思う。段々素が出てきたら普通に世間話が好きなノーマルガールだった。相変わらず言葉遣いはお嬢様だけど。
育ちは違っても同じ年頃なら、中身はさほど変わらないんだね。
「でもな~、プライベートの事だし~」
「がー! 言わないとココの海鮮丼一人で全部食わすぞ! お姉さん! 海鮮丼30個!」
「分かった分かったって!」
「で、何!」
「実はね。でへへ~、コクられたの」
「え!」
「男!? 女!?」
「男に決まってんじゃん!」
「どんな男よ!」
えー! 私も知らなかった! 真夏ちゃんに男の影が!
弥生さんじゃないけどこんな美味しいネタは絶対逃しません。
「オーダーはお決まりですか?」
「同い年の子? それとも年上?」
真夏ちゃんの情事にすっかり心を奪われた弥生さんは、全然店員さんの存在に気付いてない。
「……あの~、オーダーどれになさいますか?」
「弥生さんオーダー。どうします?」
「えっ? ああ、オーダーね」
弥生さんは面倒くさそうにチラっとメニューに眼を通すと一言。
「上から全部ね。でどんな男さ」
「えっ、このメニュー全部ですか?」
「うん」
目も合わさず答える弥生さんに対して、目をぱちくりさせる店員さん。
そりゃ狼狽えるよね。ここにいるのは女の子だもん。
「四人ですと明らかに量が……」
「大丈夫、大丈夫」
「あの、わたくしも頭数に入ってるのでしょうか?」
「もちろん」
「無理です~、皆さんみたいに食べられないですよ~」
「あの、本当によろしいですか」
「とりあえずそれで。足りなかったらあとで追加するから」
ズレテます。多いと言ってるのです店員さんは。弥生さん話聞いてないでしょ。
首をかしげながら戻る店員さんが哀れだ。
「で、誰に似てるの。教えなさいよ」
言われた真夏ちゃんがデレデレだ。ほっぺたがほんのりピンクに。
やめて~こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。
「うんとね、芸能人だと誰かな」
考えながら指を顎に当てるクセまだあるんだ。でもぽっちゃりだからアヒル口でかわいい。
「顔はジョニーズの××くん……」
「えー! まじ! イケメンじゃん!」
「最後まで聞いてよ、ジョニーズの××くんと」
「と?」
「アレなんて云ったけオリンピックに出てた人で金属の玉をぐるぐる回して投げる競技の」
「え? なにそれ」
「ハンマー投げですか」
「それ! その凄い人」
「なにそれ! あのマッチョな人? ぜんっぜん足せないんだけど」
「想像できないよ!」
「真夏ちゃん、似顔絵かきなさいよ」
「無理ですよ」
「あ、わたくしスケッチブック持ってますわ」
「えー、ゆかりんこんな所まで?」
「ガイドマップの仕事で参考になるか思いまして」
「ゆかりん描いてよ」
あいかわらず強引だ。気をつけろよ、ゆかりん。その人ジューサーみたいな人だからカラめ取られたらカスカスになるまで絞り尽くされるぞ。
「えーと輪郭はね……」
真夏ちゃんの言うとおりに、輪郭、目鼻、口、髪型と、さらさらと似顔をを描いていく。
さすがゆかりん! あれよあれよと鉛筆の線が重なって海鮮丼が来る前に似顔絵を描き上げてしまった。
「完成いたしましたわ」
「どう?」
「うん、こんな感じ! でも、もうちょっとシュッとしてるかな」
「○伏に似てねーじゃん! ヒゲもねーじゃん!」
「そんなのありませんよ!」
「どこがジョニーズの××くん? 欠片もないよ真夏ちゃん。ほんとにイケメンなの?」
「かっこいいんです!」
「ね、ね、どこが好きになったの」
恋ばなに花が咲く中、海鮮丼が来はじめた。
弥生さんが話しながら取り皿にざくざく小分けして、みんなの手元に分け前を落としていく。
さながら海鮮奉行だ。
そして出されたものは食べるのが躾なのか、ゆかりんったら小皿を空にしては弥生さんに盛られ、また空にしては弥生さんに盛られてる。
もちろん私達は余裕だけど、ゆかりんそんなに食べて大丈夫なのかしら。
「その前に、どんなシチュでコクられたのよ」
弥生様の圧が凄い。自分にはなかった恋の急展開が余程羨ましい、いや恨めしいのか気迫を越えて怖ささえ覚える。ほら真夏ちゃんがのけ反ってるじゃない。
「う、うん。ちょと色々あって私学校でハブにされちゃったんだけど、みんなの前で謝った後、クラスの男の子に呼び出されてコクられたんだ」
「えーお姉ちゃん知らなかった。ショック」
「でさ、その子が、『清瀬はスゲー勇気があってカッコいい』って。そんでさ、『ぽっちゃりしてるオマエもかわいいって』キャー!!」
「おー、デブ専か」
「デブ専なんだ」
「デブ専ですわ」
「デブデブ言うな!」
「どんな感じ? ちょっと梓ちゃん告られシーンやってよ」
「何で私が!?」
「いいから」
もう完全やる雰囲気じゃない。
このパターンは生半可な気持ちでやるとダメ出し食らって何度もやるハメになるのは学習済み、やるなら本気でやってやろうじゃないの。
私の中の眠れる女優魂、今目覚めよ!
「こほん……いきます」
「ポッチャリしてる清瀬もかわいいぜ。真夏」
どうだ! こう見えてもBL雑誌だって読んだことあるんだぞ。
「きゃー!!」
「どう? どう!?」
「うーん、もっとカッコいいかな。ちょっと照れ気味に真っ赤になっちゃってさ。もうかわいいの!!」
「えーダメ出し~頑張ったのに」
「でね、ぽっちゃりがいいって言うからダイエット止めたんだ。そしたら一気にリバウンドしちゃって」
「一気に?」
「5キロ痩せて、一気に20キロくらい太っちゃった。もともと太りやすかったし」
「うわ、想像できないよ20キロって」
「凄いよ、もうパンパンだよ。急に太るとお腹に赤い線ができるの。知ってた?」
「確かにひと月くらいでみるみる大きくなったよね」
「お母さんに悪いけど、毎月服買い替えたもん」
「うふふふ、私んちに、ぱっつぱつのブラウスで来たことあったじゃない。胸のボタン弾けそうなの。あれ、おっかしかった」
「お気に入りだったから着たの!! そしたら思ったよりきつくて」
「だったら別のにすればいいのに」
「スカートに合わなかったんだもん。他にサイズ合うのなかったし」
「ね、ね、そのデブ専の子の名前は何て言うの?」
「デブ専じゃない!」
「言いなさいよ」
「嫌だ言わない」
「なんで」
「だってお姉ちゃん達、名前言ったら学校まで来そうだもん」
「行くね」
「行きますわもちろん」
「でしょ」
「私は行かないからお姉ちゃんにだけ教えて」
真夏ちゃんの手を取り真摯な瞳で姉妹愛をアピール。
「じゃ、お姉ちゃんだけ」
『ゴニョゴニョ』
「へー、瑛太くんって言うんだ」
「あー! 言わないって言ったのに!」
「残念、女の口は軽いのよ」
「でどうよ。瑛太くんとちゅーした? ちゅー」
「やだよ大人はすぐ。でもさ。ぐふふふ」
「なによ。その含み笑いは」
「えへへへ、言っていいのかな」
「言いなさいよ」
「抱きごこちがいいんだって」
「抱く! 抱き合うのか! ぐがー中学年に負けたー」
弥生さんが机をばんばん叩いて悔しがっている。
やめっ!
店員さんが睨んでるって。アンタだよ! 睨まれてるの!
「ぐやじい~。抱く。抱くのか。ちくしょう! 私も真夏ちゃんを抱いてやる。ねー、ちょっとでいいから抱かせてよ、ねー」
「女同士で?」
「いいじゃん」
「まぁ、いいですけど」
「どれどれ」
席を立った弥生さんが大きく手を広げる。真夏ちゃんも手を広げて受けとめ態勢だ。どんなプレイなのこれ。傍から見ていると急に立ち上がった二人が手を広げ合って何事かという構図だ。
面白いから写真撮っておこう。
「いくよ」
掛け声とともに、すっかり大きくなった真夏ちゃんの胸元めがけて弥生さんが倒れるようにダイブ。
『まっふっ』
「おー! ふわふわ! やわらか! 気持ちいい~」
裏声を上げて喜色満面に大喜び。それに対して微妙な表情の真夏ちゃん。
面白いから写真撮っておこう。
「最高~!!!!」
「うわ、胸に顔埋ずめないで下さい」
「大丈夫。大食いのときはすっぴんだからっ」
「そういう問題じゃなくて~」
うわ、弥生さんの頭が見えなくなるくらい埋まっていくよ。凄いな真夏ちゃんのふわふわ。
面白いから写真撮っておこう。
でも何か私もちょっと……
「すごーい、息できない~」
「うわ、胸のなかで喋らないで、息がっ、熱い!」
「いいな~、わたしも……」
「梓さん、ずるいですわ。わたくしも」
「もう! 二人とも」
「次、わたしね!」
辛抱たまらず弥生さんを押しのけて私も真夏ちゃんの胸にダイブ。
『はふっ』
「ほんとだ、やわらか~い、癒される~」
なんとも言えない暖かさとやわらかさ。そして甘いお砂糖みたいな香り。
天使の翼に抱かれてるみたいな抱擁感。
指を広げて背中をぎゅっとすると指の間にきゅと入り込む肉の感じがもうっ。
大きくて体一杯に包まれる感じが、ううっ最高!
「なに背中もみもみしてんですか!」
「梓さん、私も早くっ」
今度はゆかりんが、私をひっぺがして真夏ちゃんを抱きしめる。
「うわ~大きいぬいぐるみみたい、ぎゅっとしたくなっちゃう」
「私はティディベアじゃない!」
「なんでしょう? この安心感。懐かしいというか。ごめんさい、何か涙が込み上げてきましたわ」
「おかしいって、優花理さん」
「ね、ね、ね、もう一回」
「はぁ~」
『もふもふ』
「かー、たまんねーーーー!」
「おやじ……」
胸に顔をうずめる弥生さんを上からじとーと見つめる真夏ちゃん。
真夏ちゃんは、こんなにわふわふするくらいお肉があるのに二重アゴじゃないのがずるい見た目にかわいいお得なぽっちゃりさんだ。
でもさすがに下をみると、顎にぷにっと肉が寄る。
それもまたかわいいぞ。
「うー欲しい。わたしも欲しい。これは瑛太くんじゃなくても病みつきになるわ」
「もう! そんなに気持ちよければ自分も太ればいいんですよ。いくらでも食べられるんだからすぐ同じになりますよ」
「違うのよ。自分じゃ意味ないじゃん。人の体のもふもふを楽しむのよ」
「分かんないなぁ」
「真夏ちゃんかなり胸あるよね。このやわらかさ何カップかな」
この上半身のふくよかさならやはり興味はそこだ。
「Hとかその位かな? もしかしたら今マックスだからもっとあるかも」
「まぁ、中学生なのに」
「私よりある……」
「だって太いもん。112だよ」
「なにそれ! バストメートル越えかよ!」
「胸だったらお姉ちゃんの方が凄いじゃん。Gだっけ? わたし寸胴だけどお姉ちゃんウエストも細くてモデルみたいだもんなぁ」
「梓ちゃんGカップなの!」
「はい、なんか胸の成長が止まんなくて」
「食った分、全部おっぱいになってんだ」
「それじゃ頭に栄養が行ってないみたいじゃないですか。そんなこと言ったらゆかりんだって相当大きいですよ」
「ゆかりんはなんぼさ」
「え、言うんですか」
「もちろん」
「Fです。でもわたくし肩幅があるから大きく見えるだけですわ」
「ぐぐぐ……みんな! いっぺん死ねー」
「わ、弥生さんが切れた」
「乳、乳がなきゃモテないのか。私がBだから独身なのかよ~」
「や、や弥生さん、ここの海鮮丼めっちゃ美味しいです。ね、ね、食べましょ、目いっぱい食べましょ」
「もう、私も食べまくって胸に肉付けてやる」
まるでご自宅のリビングのように言いたいことを大声で言いまくり、やりたいことをやりまくり大騒ぎしてしまった。
主に弥生さんが。
結局ここでは四人で13個の海鮮丼を食べてしまった。
組み合わせが妙と言いましょうか? イクラとシャケよりもイクラと馬糞ウニの方がおいしいとか、ホタテとエビなら紫蘇を合わせたいとか、お醤油は掛けるより付けた方がいいかとか、いろいろ試していたらそれだけ食べてしまったのだ。
でも、皆まだお腹スカスカだけどね。
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