終章 魚づくし1軒目
ずっと勝田さん達「大食い三銃士」とご飯を食べに行きたいと言っていた真夏ちゃんだが、実はまだ私は彼らと真夏ちゃんを会わせていなかった。
それは茜グルメガイドマップ作りから始まるあの大事件と、いくら真夏ちゃんのご両親と打ち解けたからといっても小学生を大食いに連れまわすのは気が引けたからだ。
でもその約束はずっと気になってたんだよね。
ということで、真夏ちゃんが中学生になったのを機に大食いツアーデビューを画策することにした。
それを大食い三銃士に伝えると大喜び。「大食い四天王」が「大食い戦隊」になるぞだって。
あう~。私、四天王に数えられてたんだ。お互い腹の中であだ名で呼び合ってたなんて同じ穴のムジナかも。
マップ作りに精を出す真夏ちゃんと優花理さんを喫茶店に呼び出しその話しをすると、優花理さんが「楽しそうですわね」なんて目を輝かせている。
これはもしや。
「優花理さんも一緒に行きたい?」
「でもわたくし一杯食べられませんし、お邪魔になりませんか?」
行きたいんだ。
この「お邪魔になりませんか」は、優花理ちゃん用語で「是非誘って下さい」なのはよーく知ってます。
「全然大丈夫だよ。別に私たちと同じ量を食べろって言ってる訳じゃないんだから。それに優花理さん自分が思ってるより食べるし」
「ええっ! そうなんですか!」
やっぱり気付いてない。取材とは言え出された4、5皿を完食するのは客観的に見て食べる方だと分からないらしい。
世間知らずだなぁ。私に言われたくないだろうけど。
「うん、多分普通にいたらかなり食べる女の子だと思うよ。私達といるからすごく小食に見えるけど」
「ショックですわ、わたくしが食べる女だったなんて」
本気で落ち込んでる。
面白い。これは是非連れて行きたい。
「優花理さんも行こうよ!」
ほら、私達の会話をニコニコ見ていた真夏ちゃんも背中を押してくれてるよ。
真新しさが抜けない制服の真夏ちゃん。
紺のブレザーに卯の花色のタータンチェックスカートだから高校の制服っぽいんだけど、この前まで小学生だったんだよね。
いっちょまえにスカート丈短くして膝なんか出したりしてさ。
子供が大きくなるのは早いなぁ。
「一泊旅行だと思っておいでよ。それに優花理さんがいると絶対楽しくなる予感がするし」
「私も優花理さんと行きたい!」
「梓さんのオモチャにされる不安がありますが、もしお邪魔じゃなければご一緒させて戴きますわ」
「やったー!」
無理矢理に優花理さんの手を取って三人でハイタッチ。喫茶店の中なのになんて迷惑な。
すみません。テンション上がっちゃいました。
「今回は女の子が多いから、弥生さんだけ誘って四人で行こうよ。男の人がいると食べにくいでしょ」
「お気遣いありがとうございます」
「えー、勝田さんに会いたかったなぁ」
「何時でも会えるよ、もう中学生なんだから」
「は-い」
・・・・
さて今回のプランは弥生さん立案。漁港を回って魚料理を満喫する、「女四人魚尽くしのことりっぷ」だそうだ。
車を借りて半島の海岸沿いをドライブしながら漁港や小料理屋や道の駅に寄って魚料理を満喫する。
食べるのは魚介料理のみ! 海の幸に全く関係ないモノを食べたら罰金、お肉が食べたいと言っても罰金だそうだ。ただしデザートは四人が合意したときのみお魚じゃなくてもOK。
そして車の中で居眠りしたら額に「魚」の落書き描くからねと念押しされた。
弥生さん、よく思いつくよ。
車は弥生さんが借りてくれた、だって免許があるのは弥生さんだけなんだもん。
不甲斐ない私達は電車を乗り継いで現地集合。いつもの通りのパターンだね。
しかし朝が早い!
なんと3時起き、4時始発で現地に向かわないといけない。看護師って結構ハードな仕事なのに休日が休めないのは辛い! 眠くて吐きそうです。
でも朝市の美味しい魚にありつくにはこの位の努力はしなくちゃ。
そんな私の溜息をよそに、真夏ちゃんは「遠足みたい!」と大はしゃぎだ。
うふふ、まだまだ子供ねぇ。
と思ったら優花理ちゃんも浮足立ってるじゃない。
「みんなで電車で旅行なんて、わたくし興奮です!」
ハイハイ何でも楽しいのね。もう私の体力じゃついて行けないよ。
・・・・
まだ朝もやの立ち込める現地の駅前で弥生さんを待つ。
五月の暖かな風が山から湿りを帯びた空気を運んで来て、ほんのり線路脇の若葉を撫でていく。なんか日本のよき田舎の原風景って感じだ。
遠くにみえる山肌や堤防もジブリアニメのアートみたい。
その景色の中をつば広の帽子を押さえて、スカートをはためかせた優花理ちゃん佇んでいる。
うわ~絵になる~。
立ち姿が凛として綺麗なのはお嬢様だからかしら。子供の頃に歩き方とか立ち方とか教育されるのかもしれない。
そんな薫風の中ほんのりしてたら、遠くからバロバロという車の音が響いてきた。
なんだ朝っぱらか暴走族か、いやまさか……。
その車がレースのピットさながら私達の前でピタリと止まった瞬間、予感が確信に変わった。
ドアがバッと開き中から銀色のサングラスに赤の革ジャケットを羽織った弥生さんが登場!
「ハーイみんな。私がこの旅を仕切らせてもらう弥生よ。よろしく。梓ちゃんから聞いてるわよ。えっとあなたが真夏ちゃん? それであなたが優花理ちゃん?」
いきなり自己紹介ですか。二人ともポカーンとしてるでしょ!
「は、はい! 真夏です。今日はお世話になります!」
正気を取り戻した真夏ちゃんが元気よく頭を下げる。
こういう所は小さい頃から全然変わんない。こんなに大きくなっても真夏ちゃんは真夏ちゃんだ。
「本日はお世話になります。藤原優花理と申します」
「おー言葉使いがお嬢様だねー。よろしくねー優花理ちゃん」
「本当にお嬢様なんだよ。優花理さんは」
「梓さん、そんなにお嬢様って言わないでください。いたたまれなくなりますわ」
「そうだよね。優花理ちゃんもハメはずして盛り上がりたいもんね」
「はい!」
優花理さんは元気いっぱいに答えてもいいよ。でも弥生さんはいっつもハメはずてるでしょ。というかハメが嵌ったところを見たことない。
まるで今日だけ特別みたいな。
「なに? 梓ちゃん。私がいっつも破天荒な事ばっかりしてるくせにって目で見て」
「う! そんなこと考えてませんって」
「まぁ、弥生さんは占い師みたいですわね」
「いやぁそれほどでも」
「弥生さん占いできるんですか! 私も占って!」
いや例えだって、真夏ちゃん。
「ん、占い? そうだな真夏ちゃんは大食いでしょ」
「凄い、当たったてます!」
ここに居るんだから、そうに決まってるじゃない。
よくもまぁこんな調子のいいキャラばかり集まったもんだ。
だから楽しみなんだけど。
「じゃ早速いくよ、車乗って!」
・・・・
ここはリアス式海岸が続く天然の良港となっており、漁に適した入り江には小さな港が点々と存在している。
それを繋ぐように海岸線沿いに国道が走っており、今日はこの道を車で走りながら隠れた名店を回る予定だ。
水平線をお供に白い雲がぽっかり浮かぶ群青の空の下、風を感じながらのドライブ。
なんて気持ちがいいんでしょう。
これで隣にいるのが先生だったらなぁ~。弥生さんじゃなくて。
その弥生さん曰く、今日はこの道を100キロくらい踏破するそうだ。車の中で予定表を見せてもらったら、なんと10軒も店の名前が書いてあった。
本気?
「弥生さん、今日だけでこんなに行けるんですか?」
「大丈夫じゃない? 1軒1時間で10時間でしょ、余裕余裕!」
「でもそれじゃ移動時間が無いじゃないですか」
真夏ちゃんよく言った! そうだよ、この人、何から何まで計算がざっくりでそのツケをあとで無理して払うのが習い癖なんだよ。
「ん? だって漁港から漁港まで近いよ、車であっというまだよ」
「いえ、確かに一つ一つは近くでも合計100キロの移動ですから時速50キロで走っても合わせて2時間はかかるんですよ」
「あ、そっか。真夏ちゃんアタマいいね」
アンタがバカなんだよ! よくそれで大人やってるよ。
助手席の私が妄想でそう叫んでいたら、弥生さんがキッと私を見て「梓ちゃん、いま私のことバカだと思ったでしょ」
「いいえ、そんなこと全く思ってません」
心を読まれぬように表情を殺して答える。
「いいや絶対そう思った。中学生にやり込められてよく大人やってんなくらい思ったでしょ」
「いいえ全く存じ上げません。それより前見て下さい。前。危ないから」
しぶしぶ前を見やがったが相変わらず凄い読心術だ。下手な事を考えられない。
早く漁港に着かないかな。この緊張の助手席から逃れたいよ。
後ろの座席では優花理ちゃんと真夏ちゃんがお喋り。きゃっきゃと笑って楽しそう。
次はお前ら心読まれろ!
「後ろは楽しそうね」
「は、はい。全くですね」
絶対、優花理さんを助手席にしてやる。
・・・・
最初の港町にはあっというまに到着した。
小さい言えども街の近くの漁港なので、近隣にはお店も多くセリから戻る仲買人だろうか沢山の人が往来している。
ここらへんの食堂はどこも今朝揚がったばかりの魚が食べられるらしい。
ステキ!
だが目利きはどこにでもあるらしく、同じ鮮魚でもおいしい店とそうでない店があるんだそうだ。
弥生さんは元漁師が開いたという知る人ぞ知るようなお店を第1軒目に選んだ。
暖簾をくぐる。
返事がない。ただのしかばねのようだ。
じゃない、店主がいらっしゃませと言わないのだ。
それをモロともせず「こんちわー」と弥生さんがご入店。私達も恐る恐るその後ろに続く。
「ここではお刺身を食べるよ。旬の魚がごまんとあるからさ」
「おじさん、旬の刺身盛りとご飯と磯汁ね、四人前」
「ええ! 弥生さん! わたくしこのお店だけでお腹一杯になってしまいますわ」
「大丈夫、梓ちゃんが残り食べてくれるから」
「またですか! 弥生さん私を掃除機か何かと勘違いしてませんか!?」
「あ、お姉ちゃんが食べないんだったら私が食べるよ」
「いいね。すっかり老け込んだ誰かとは違って若いっていいね~」
何だよ。ウインクとフェイスブックな親指は!
「老けてません!! 食べますよ。全部食べますとも」
こうやって担がれるんだ。何で私ったら……バカ。
最初のお刺身が何の飾り気もない大皿に盛られてやって来た。
それをつまに話は真夏ちゃんのことに。
あれ? 逆か? お刺身のつまがおしゃべりか。
「しっかし、真夏ちゃんわがままな体してんよね」
「わがまま?」
弥生さんが目一杯手を広げて、体のサイズの事だよってサインをする。
その手が私にガンガン当たってるんですけど、わざとですよね。私の顔や胸にバシバシあてるの絶対わざとですよね。
そんなに私に構って欲しいのかしら。
「ああ、太ってるってことですね」
私が食べ歩きから外された後、真夏ちゃんはグルメガイドマップの編集長になって随分活躍した。
その間、真夏ちゃんはどんどん太り続け、いまじゃすっかりどっぷりとした巨体の持ち主。
太りやすいと言ったのは本当だったんだ。お父さんもあのサイズだもんね。
肉の付き方もお父さん似で、首から下にもりもり肉がつくタイプらしい。
顔だけ見るとそんなにって感じがするんだけど、胸から肩から厚みからすんごい!
顔が小っちゃく見えちゃう。
でも高級ホテルのビュッフェのときダイエット前の食べ納めだなんて言ってたんだけど、あれは虚言だったの? 今更だけど真夏ちゃんらしくない。
「なに? グルメガイドマップ作りで太っちゃった?」
「それもあるんですけど、このままの方がいいかなって」
「真夏ちゃん、痩せた方がいいよ」
「いいんだよ。だって今の方がモテるもん」
「え! そうなの!」
弥生さんが色めきたった。
「うん、いまマシュマロ女子ブームなんだよ。私めちゃモテだよ」
「ホント?」
「本当だって。男子が気楽に話しかけてくれるもん。逆に美人の子とかかわいい子なんかクラスでポツンだもん」
「いたいた確かに。私が学生の頃もそんな子いたよ」
「そうなんですか? わたくしの学校ではそのよう事はなかったのですが」
「ゆかりんは特殊な学校だったんじゃないの」
「ゆかりん?」
「そう、ゆかりん。だめ?」
「ゆかりん……ゆかりん……いいです! とっても素敵です! あだ名を頂くのは生まれて初めてです。感動ですわ!」
「あ、そう? おもしろい子ね」
「皆さんとの距離がとても近くなった気がいたします」
だって。なんてお安い感動なんでしょう。
「ゆかりんがいた学校は特殊なのよ。普通は美人過ぎると婚期を逃すのよ。私みたいにね」
「……」
「……」
「……」
「なによ、文句ある!?」
「あ、あとさ……えへへ、抱き着かれるんだよね。かっこいい男子からも!」
「まじ!」
「なんでだろう? 私も分かんないけど、なんか敷居が低いんじゃない。これは痩せられないでしょ!」
「わたしも太ろうかな」
なんて短絡的な。刹那主義の弥生さん。
「真夏ちゃんはかわいいから太ってもOKなんだよ」
「なんだと! 梓ちゃんは私がかわいくないとでも言うのか!」
「いやもうかわいいとかいう年じゃないでしょ。30代だったら只の太ったおばさんになっちゃうから止めた方がいいですって」
「ひどいよー、ゆかかりん、梓ちゃんがいじめる!」
「梓さん、めっです」
めっって。私は子供ですか。
「でも流石に太り過ぎだから、すこし痩せようと思ってるけど。最近ちょっと体キツイ」
「そうだよ。成人病になっちゃうよ。初めて会った時はあんなにちんまくて細かったのに急過ぎるもん」
「へー、そうだったんだ」
「写真見る?」
「うん」
スマホから会ったばかり頃の写真を検索。
私のスマホには真夏ちゃんの写真が一杯だ。先生の次に多い。その先生の写真は見せないように手早くページをめくる。自撮りの先生に甘えてる写真なんか見られたら恋愛ぼっちの弥生さんの逆鱗に触れて、この漁港に置き去りにされかねない。
「これ2年前かな」
『木苺』で一緒にナポリタンを食べた時の写真だ。
「うわー、めっちゃ細い! ちっちゃい! 何これ超かわいい!」
弥生さんの裏声が店中を駆け巡る。
「懐かしいですわね」
「……何か今かわいくないみたいなリアクションなんですけどっ」
ぶすっとほっぺたを膨らませている。
もうすっかり弥生さんと打ち解けちゃったみたい。
「今も別な意味でかわいいんだけど、線が細くて天使みたい!!」
「すみませんねー線が太くって。40キロ以上太りましたよ」
「えー! 40キロ!!」
「2年で」
「2年で!!」
「あの頃は10センチ以上私より小さかったよね。いまじゃ同じくらいなのに体重は倍だけど」
「倍もない! お姉ちゃんだって60キロ近くあるでしょ」
「ないよ! 53キロだよ!」
また大声を出してしまった。そして店中に自分の体重を晒してしまった……。
バカ。私のバカ。
「しかし、天使に何があった!」
「やけ食いと食べ歩き。仕事柄ほぼ毎日商店街じゅうのお店のご飯食べてるから」
「それだけでこうはならないでしょ」
「一日5食食べちゃうんだよ。朝食べてお昼でしょ。夕方に取材で食べて晩御飯。勉強しながら夜食でしょ」
「真夏ちゃん、食べ過ぎですわ」
「しょうがないよお腹空くんだもん。それでも朝減らしてるんだよ。昼まで辛いんだから」
「分かるー」
「取材の時はつまむだけでいいじゃないですか、全部食べなくても」
「まぁね、でも一品だけと思っても、お店の人が気前よくに三品、四品出してくれるし」
「分かる! うちの商店街、大食いにエサ与えるよね!」
「夕御飯はいらないのではないですか?」
「やだよ、家族団らんの時間だもん、またウチがぐちゃぐちゃになるの絶対やだし」
「じや、夜食は」
「これは確かに。でも10時位にお腹空くんだよね」
「そんなに食べてるのに!?」
「アタマ使うからかな」
「分かるー、私も……」
「梓さんは黙っててください!」
すみません……
「夜食はお腹が空くのもあったけど、もうちょっと太りたいと思ってたから」
「なんで?」
意外な答えに声がそろった。でしょ。あんまり太りたい女の子はいないぞ、しかも真夏ちゃんの年頃で。
「ふふふ、それは……それは今は言えないな」
「えーなになに!」
次々出てくるエビにホタテにカツオにアジ、スズキにサザエに太刀魚のお刺身は脂が乗ってプリプリ。
きっと包丁が切れるんだと思う。身が全くグズグズしてなくて刺身が舌につるピタッと張り付いてくる。
そしてさすが元漁師の店、一つ一つが大きくて充実の食べごたえだ。
他にもなめろうや塩辛に海鞘といった珍味も皆でつまみながら、「お刺身だけだと口が脂っぽくなるわね」とご飯もぱくぱく食べて小一時間。
楽しい話はあっという間に過ぎちゃうなぁ。
「続きは次に店で聞くよ。お勘定!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます