いたい、いたい

 真夏ちゃんが学校に行ってる間に、優花理さんに会い行った。

 あの後、もう一度話そうと思ってたんけど、仁木さんと一緒だったので込み入った話はできなかったし、実子ちゃんと優花理さんをセットにするとまた赤い炎と青い炎の信号機コンビにフルボッコにされちゃう。

 それは避けたい。


「優花理さん、この前はごめんなさい。途中で帰っちゃって」

「いいえ、梓さんがお辛いのも知ってましたのに厳しい事を言ってしまって。こちらこそ失礼いたしました」

「いえ、あれは私が悪いんです。それと……ご飯も」

「いいえ、おかげさまでスカートが留まらなくなるまでピザを頂きましたわ。お腹がパンクするかと思うほど」

「ごめんなさい! でもそんな無理に食べなくても」

「実子さんが、『私達が太った分は全部梓のせいにしてやる』とおっしゃいまして私も賛同しましたの」

「全部食べたの!?」

「ええ、わたくし一人でピザ2枚にパスタ3皿も」

「優花理さん、意外に食べますね」

「梓さんの大食いがうつりましたの。それとお食事代は梓さんにツケてますので」


 まじか。

 優花理さん、ちょっと悪い顔をしてる。まさか日歩でついてないよね。

 優花理さんったら意外とダークな面を持ってる。やっぱり実子ちゃんと意気投合するだけのことはある、ただのお嬢様じゃない。

 それより真夏ちゃんの事だ。


「優花理さん、真夏ちゃんの様子を教えてくれませんか?どんな話をしたとか気になる事とか」

「正直、お話はほとんど出来てませんの。でも気になることがありまして、月曜から急に元気がなくなったんですの。それまでは怒ってらしたんですよ」

「どうしたの?」

「わたくしも心配で何度もお声を掛けたのですが、何があったのかは教えていただけませんでした。でも一言だけ『優花理さんは学校で特別じゃなかったの』って聞かれましたわ」

「どういうこと?」

「わたくしにも分かりません?」

「優花理さんは何て答えたの?」

「『きっと特別だったと思います』とお伝えしましたわ。そうしましたら『平気だったの』と言われましたので、『わたくしはわたくしですから』と答えましたの」

「それで?」

「それっきりですわ。それっきり」


 それって優花理さんに助けて欲しくて聞いてみたんじゃ。

 なんか、もう頑張れない事があったんじゃないのかな。


「優花理さん、嫌な予感がするんです、何かあったら絶対連絡をください」

「はい、わたくしもです。真夏ちゃんのお力になれるなら何でもさせていただきますわ」

「優花理さん! ありがとう!」


 真夏ちゃんの最後の接点にいる優花理さんが、まるで自分の事のように真夏ちゃんの事を心配してくれるのが本当に心強い。

 私達はガッシリお互いの手を取って、本当に真夏ちゃんの身の上に何もないことを祈った。


「あと、優花理さんはぽっちゃりしてもかわいいよ」

「え! わたくし太りました?」

「じゃねー」


 謎の一言だけ残して帰っちゃう。忙しい、忙しい。病院が始まっちゃうよ。


「梓さん! わたくし太ってませんよねー!!」


 ちょっとだけ優花理さんに仕返し。ごめんねゆかりん、ゆかりんはちょっとしか太ってないよ。

 ほっぺたに手をあててワタワタする優花理さんを振り向きざまに見送りながら、ゆかりんはかわいいなぁなんて思う。

 女の子の前で可愛いのに、男の前で媚びないのがいい! ゆかりんとはずっと仲良くしたいね。


 実子は……怖いからからかわないでおこう。触らぬ神に祟りなし。


 ・・・・


 数日を経ずして優花理さんから電話が来た。


「お仕事中に申し訳ございません。仕事が終わったら来ていただけませんか。真夏ちゃんが梓さんとご飯食べるってきかなくて」


 平日なのにご飯だなんて。やっぱり何かあったんだ。

 仕事を終えて急いでカラメールに向かうと、奥の部屋から顔出した真夏ちゃんが勢いよく私の胸に飛び込んできた。

 私のブラウスを両手でぎゅっと掴んでで顔をうずめている。


「どうしたの真夏ちゃん」

「お姉ちゃんとご飯たべにいく」

「えっ」

「お姉ちゃんとご飯たべにいく!」


 真夏ちゃんは、もう限界だったんだと思う。

 こんな短い話しても怒ってたり泣きそうになったり、情緒が不安定で放っておける状態じゃない。


「わかった、ご飯食べながらお話しようね」

 無言でぽくっと頷く姿が心痛い。


「商店街の食べ放題のお店にしようか」

 また無言でぽくっ頷く。

 とても食べ歩く感じではないし、ここで言ってるご飯を食べるは夕食が食べたいじゃなくストレス発散に思いっきり食べたいだと思えたので、一杯食べれるこの店にした。


 優花理さんに口パクで「ありがとう」を伝えてお店を出る。店長も心配して見送りに来てくれた。

 色んな人に愛されてるよ。真夏ちゃん。



 いつぞやの銭湯の帰り道と同じような夕暮れを、同じように真夏ちゃんの手を引いて歩いてるのに、この夕焼け空はうら寂しさが増すばかりで気が滅入る。

 力なく私の手を握る小さな手。どこを見ているのかわからないぼんやりした眼差し。

 ぺとぺとと歩く姿を見ながら、本当に大丈夫なのかと思う。

 いやダメだから私を呼んだんだろう。


 そんな状態にもかかわらす、お店に入ると真夏ちゃんは信じられない猛烈な勢いで一気食いを始めた。

 セルフで好きなものを好きなだけ取れる店なんだけど、とにかく一皿に持って来る量が半端ない。

 日替わりのパスタやチャーハンは皿の上の富士山状態。

 筑前煮なんて大皿一杯に持って来るものじゃないでしょうに。

 それにご飯物が被ってる。チャーハンがあるのにパエリアとおはぎって。確かに真夏ちゃん炭水化物が好きだけど、それは間違ってるよ。

 グラタンや串揚げ、サイコロステーキとかカロリーの高そうなものも躊躇なく大盛りに持って来る。

 それを表情のない顔つきでバクバク食べている。


 すっかり太ってしまったうえ、モリモリお腹が膨らむものだから、ピチピチのTシャツが少しずつズリ上がってくる。

 下っ腹がチラっと見えちゃうんだけど、それをどうするでもなく食べ続けるんで、時々私が隣りに座ってシャツを引っ張って直してあげる。


 すっかりお肉がついたぷよぷよのお腹。

 背中とお腹の厚みが凄い。

 胸のあたりも肩から肉づいて重苦しい。

 10キロは増えちゃったんじゃないかな。もうパンパン。背が低いから凄く変わったように見える。



 ほどほど食べたらひと段落するかと思ったけど、全然そんそんな気配がないので何があったのか私から聞いてみることにした。


「学校でなんかイヤな事があったの」


 できるだけ優しい声色で聞くと、よっぽど辛いことがあったんだろう。食べる手がピタリと止まった。

 泣きそうな顔。「ううっ」と漏れる嗚咽。

 そんな顔されたら、お姉ちゃんも辛いよ。


「真夏ちゃん、何があったの? よかったら話してみて」


「……もうだめなの、もう頑張れない」

「どうしたの!?」

「もうどこにもないの、私の居場所。学校もイヤなの、ウチはもっとイヤ。誰も私の周りにいないしもう全部イヤなの!」


 怒ったような泣いたような混濁を抱えて固まったまま、真夏ちゃんはぼろぽろ泣き出した。

 かけてあげる言葉が見つからない。

 何もできないから真夏ちゃんの固く握られた手に自分の手を重ねるしかない。

 だめだ、つられて私も涙が出てきた。

 しっかりしなきゃ。


 横に寄り添い、何度も何度もハンカチで涙をぬぐってあげる。


 嗚咽だけが漏れる時間が、ほどほど過ぎると真夏ちゃんは、ぽつぽつと学校で起きたことを語りだした。


「学校、ずっと一人ぼっちなの。私、悪くないのに」

「うん」

「この前、修学旅行の話があって、みんな私と一緒になりたくないって」

「ひどい……」

「そしたら先生が無理やり班組して。そしたら同じ班になる子に」


 また嗚咽が上がって話せなくなっちゃった。肩をぎゅっと引いて抱き寄せてあげる。

 小さな肩が震えてる。


「イジメられるの」


 絞り出したような言葉だった。

 そして『イジメ』という言葉は、私を動揺させるには十分な言葉だった。

 昔、同じクラスでイジメられていた子のことが頭をよぎった。

 怖い。

 あれが今、真夏ちゃんに起こってるんだ。


 真夏ちゃんは苦しい心の内を吐露し続けた。


「上履きや教科書が無くなったりノートに落書きされるの」

「……」

「すれ違いに『ウソつき』って言われたり、『イイところ持って行くし』って」

「……」

「怖いの、もういっそ一人にして欲しい」


 一人にして欲しいだなんて。


「なんてこと……、お父さん、お母さんに話したの」

「言えないの、言える訳ないじゃないっ!」

「でも……」

「助けてなんて言えないじゃない! もう、どうにもなんないよ、助けてくれないよ!!」


 真夏ちゃんは泣きながら怒りを爆発させ、手元にあった山盛りの激辛カレーを一気にかっこんだ。

 そして、それに飽きたらずピザを口に押し込む。

 真夏ちゃん。本当は言いたいのに言えないんだ。もう押すも引くもできず。



 ところが、その押し込んでたピザを4,5切れ口に入れたところで手がピタリと止まった。

 なんか様子がおかしい。

 常人にしては異常な量を食べているが、多分まだ4,5キロだ。真夏ちゃんの胃袋から考えて止まるような量じゃない。なのにピザをお皿に戻すなんてどうしたんだろう。


「どうしたの?」

「なんか急にお腹が……」

「えっ」


「痛っ、いたい! 痛い!!」


 急激に痛みが強くなってるのだろう、身を屈めてどんどん丸くなっていく!


「ちょっ、ちょっと、大丈夫?」

「ダメ、痛くて座ってられない。苦しい、気持ち悪い」


「真夏ちゃん!!」

「うっ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 増悪が早い! 返事できないくらい痛いんじゃないこれ、ちょっと、すごい脂汗!


「うう、お姉ちゃん、助けて」


 ど、どうしよう! どうしよう! 尋常じゃない苦しみ方だよこれ。顔も真っ青。

 ヤバい! ヤバよ! ヤバいって!!


 もう私は完全にパニックになった。

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