赤い炎青い炎

 真夏ちゃんがどんどん太っていく。


 言った方がいいものか、でも分かってそうなことを敢えて言わなくても。

 とはいえ無関心が一番良くないってマザー・テレサも言ってたし。

 ご両親も絶対気づいてると思うけど、真夏ちゃんのお母さんの性格からすると言わなさそうだし。

 私から言った方がいいかしら。客観的な視点って大事だし。


 ちらちらと真夏ちゃんぽってりしたお腹や、すっかりむっちりしてしまった二の腕や太ももを見ながら、ぐるぐるしてたら真夏ちゃんがため息交じりに腕を組んで一言。


「太ったって言いたいんでしょ」

「いや、そんなことは……」

「お姉ちゃん、言いたいことあったら言ってよ!」


 うぁ~、相当ササくれてるな。

 そうだよね。こんな状態だもん。


「うん、ちょっとふっくらしたよね。何ていうか、女らしくなった~とか……」

「いいんだよもうデブで、いくら太ってもどうせボッチなんだから」


 自虐的な事を……。

 でも学校でも一人ぼっちで、ウチでもきっと話なんてできる状態じゃないだろうし。

 平日は時間が合わないから私とも会えないし、土日はこんな状態でも続けているグルメガイドマップ作り。それも無言でバクバク食べてるだけで、私も話しかけるチャンスを失っちゃってるし。

 どうしたらいいのよ。


 ・・・・


 仕事が終わってベッドにごろんとしていたらラインが鳴った。実子ちゃんからだ。


「ご飯食べようよ。ボーノで待ってるから」

「……」


 また一方的な連絡を。私の都合は関係なしか。まぁどうせ暇だからいいけど。

 待ち合わせの時間は8時。お店はキャンドルの明かりでロマンチックになっている時間帯だ。

 何が悲しくて女二人でロマンチックにならなきゃいけない訳と思ったら、店には優花理ちゃんも居た!

 女子会?


「梓ちゃん、コッチコッチ~」

 店の奥から手を降って実子ちゃんが私を呼ぶ。声デカイっつーの。


「実子ちゃん、恥ずかしいって。おばさんじゃないんだから」

「ごめんごめん、気付いてないかと思って」

「気付くわよ、実子ちゃん無駄に目立つんだから」


 私達のやりとりを割って、しっとりと優花理ちゃんが入ってくる。


「梓さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう優花理ちゃん」


 ごきげんようですか。居住まいを正してキチンと座る優花理ちゃんと相変わらず椅子に斜めに座って私を見下ろす実子ちゃん。このコンビまるで漫画だ。


「ここの席、暴君とお姫様ってカンジで可笑しな事になってるわよ」

「あら優花理ちゃん、暴君だって。何か悪い事でもしたの?」

「暴君はあんただ!」

「わお、気づかなかった~」


 ニッカり笑って何が「わお」だよ。優花理ちゃんも「ほほほ」じゃないって。

 それより、いつの間に仲良くなってんのかなぁこの二人。


「どうしたの? 二人で珍しい」

「まぁね、まずは好きなの頼んでよ」

「え、おごり!?」

「違いますわよ。梓さんにご馳走してたら私でも破産してしまいますもの」

「ひどーい、優花理ちゃん」


 優花理渾身のギャグらしい。お嬢様ギャグはかわいいけどセンスが分からない。聞く人が聞いたら嫌味だと思われちゃうよ。たとえ小首をかしげてもね。


 好きなのを頼めと言われたので、ピザとパスタを頼むことにした。テーブルにはコーヒと紅茶しかないから、まだ飲み物しか頼んでないんでしょ。

 例のイケメン風のお兄さんを呼び出してオーダーをし終わると、それを待って実子ちゃんが口火を切った。


「真夏ちゃんの事よ」

 やっぱり。

 やっぱり私呼び出されたんだ。


「でも梓さんの事でも」


 いつもニコニコ笑顔を絶やした事のない優花理ちゃんが真顔で私を見ている。真顔の優花理ちゃんは目力が強い。ストレートヘアに切れ長の目、すっと通った眉からは折れない意思の強さを感じさせる。命令でもされたら逆らえない雰囲気だ。

 その口がゆっくり動いた。


「梓さん、真夏ちゃん学校で大変な事になっているのはご存知?」

「う、うん」


 うう、急に息が苦しくなってきた。

 やたらドクドクいう鼓動が店の囁きより頭に響く。


「真夏ちゃんとお話されてますか?」

「ごめん……話す機会がなくて」


「んなわけないじゃん。一緒にマップ作ってるんでしょ。ヤバいって分かってて何でほっぽってるの?」

「放っとくだなんて、ただ……どうしたらいいか分からなくって」

「真夏ちゃんは一人で戦ってるのですよ」


 二人の視線が痛い。

 優花理ちゃんも怖いが実子ちゃんも怖い。優花理ちゃんが冷たい炎なら実子ちゃんは赤い炎だ。

 優花理ちゃんは言葉こそ丁寧だけど追い詰める気迫がある。実子ちゃんは語気からして荒い。そのうえいつも鋭くて核心をついてくる。

 今日もそうだ、いきなり私の心を鷲掴みにしてきた。


「真夏ちゃん、学校帰りは毎日カラメールに来てるんです。でも奥の間に籠ったきりずっと天井を見てるだけで。私が話しかけても返事もないんですの」

「私も時々見に行ってるけど相当キてるよ、あれ」

「出来るだけ気にかけているのですが平日でも午後は結構忙しくて、あまり構ってあげられなくて」


 優花理ちゃんが支えてくれていたのは知っていたが、実子ちゃんも時間を作って会いに行ってたのは知らなかった。

 いま一番接点があるのは優花理ちゃんだ、優花理ちゃんが受けとめてくれているからギリギリ持ってるんだと思う。カラメールがなかった今頃……


「毎日会ってやんなよ」

「分かってるよ、分かってるけど……看護の仕事サボって先生と今の状態になってんだよ私」

「けどじゃないよ。真夏ちゃんを助けられるの梓ちゃんだけなんだよ」


 そうかも知んないけど、私にも事情があるのよ。

 口をついて出そうになったが、この言葉は飲み込む。


「梓さん、逃げないで真夏ちゃんの気持ちに踏み込んであげて。真夏ちゃんご両親ともうまく行ってないと伺ってます。私達は守ってあげられるだけ。助けられてあげられるのは梓さんだけですわ」


 分かってるよ。でも両親との原因を作ったのは先生でしょ。私じゃないもん。

 先生がキレてなかったら、こんな事になってない筈なんだ。なのに先生は仕事の事ばっかりで、みんな私に押し付けて。

 何で私が二人から責められて袋叩きにならなきゃいけないのさ。


「なに、ぶすっとしてんの!」

「してない! 私だって先生とギクシャクしてて一杯一杯なんだよ」


 お互い頑固なのかもしれないけど、会話もほとんど無いしもう何日も家で笑ってない。『私だってにっちもさっちもいかないの分かってよ!』

 その心の声を見透かされてか、実子ちゃんが大きくため息をついた。


「梓ちゃんさ、いつまでもネコかぶってんじゃないよ。あんたが本気になんないと何も変わんないよ」

「被ってないもん!!」


 私が悪いの!? こうなってるのは私が悪いって言いたいわけ?

 ウチがすれ違ってるのも真夏ちゃんがボッチなのも、真夏ちゃんが家で孤立してるのも。

 スカートをぎゅっと握って唇を噛んで心の中で思っていたら、優花理ちゃんが粛然と座りなおして見据えていた視線をふっと落とした。

 優花理ちゃんまで、私のせいだっていうの!



 ピザが来た。食欲をそそるチーズの焦げる香りがテーブルから立ち上り、窯から出てきた焼きたて暖かさが頬を包む。

 でもとても食べる気分じゃない。


「わたくし梓さんのこと大好きですわ。もちろん真夏ちゃんも。お力になりたい。でも私達じゃダメなんです。これは梓さんじゃないと。真夏ちゃんは梓さんしか助けられないんです」


 優花理ちゃん、これ以上私にどうなれって言うの!?

 分かんないよ。

 二人とも私に何を求めてんのよ。私だって真夏ちゃんの事考えてるわよ。

 打開したいわよ、打開したいに決まってんじゃん。

 私も真夏ちゃんも、この状況から抜け出したいに決まってんじゃん。

 一緒にやけ食いしてる場合じゃないのも分かってるよ!


「……考えさせて。私もう行くから」


 重々しい空気が耐えられなくて、居た堪れなさから逃げるように私はそそくさと店を出た。

 背中から声が聞こえる。


「梓さん!」

「ほっとけ。あいつも考えてんだから」

「梓さん!」

「優花理ちゃん、いいって!」

「じゃなくて、この大量のピザとパスタ。どうしましょう」


 テーブルには私が頼んだ4枚のピザと4種類のパスタ、カルパッチョが来ていたけど、一つも食べずに席を立ったから。


「……ああもう、あの大食いバカめ! 私達で全部食べるよ、優花理ちゃん!」

「ええ! こんなに! 無理ですぅ」


 ・・・・


「あたしだってなんとかしたいんだよ!」

 目の前に空き缶でもあったら全力で蹴りたい気分だったが、実子ちゃんも優花理ちゃんも悪くない。このムカムカは自分への怒りだ。それをぐっと我慢して血が出るほど拳を固く握った。

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