止められないから暴走なんだよ
真夏ちゃんが自由研究で提出した『茜グルメガイドマップ』は、驚くほど大反響を呼んでいた。
自由研究の大賞を取って校長先生に表彰され、その校長先生が議会でその事を報告したせいで議会でも一度見てみたいとなってしまったのだ。
茜商店街には、商店主、住民代表、主要施設長を常任、街外顧客を非常任とする議会があり、その決定事項を遂行する内閣みたいなのがある。この内閣みたいモノの一部が椎名の会社なんだけどね。
校長先生は、この通常報告としてグルメガイドマップのことを発表したみたいだけど、食の街の食の公報モノなら看過されるはずもなく、ちょっと我々にも見せて欲しいとなってしまったのだ。
何でもやってやろうがこの街の良いところであり節操のない所でもある。
そんなことなど知らない真夏ちゃんは半分パニックで「どうしようどうしよう大事になっちゃたよ」と、私の所に泣きついてきた。
何でも次の議会でグルメガイドマップについて説明せよと言われたらしい。
何だか証人喚問みたい。そりゃ街の仕組みを知らなきゃビビるわよ。
「大丈夫だよ。怒られる訳じゃないから。質問に答えるだけだよ。私も一緒に行ってあげるからね」
「お姉ちゃ~ん」
泣きそうな震える声。
誰だよ真夏ちゃんに証人喚問を要請したやつは、どんな脅しをしたんだ。
議会はフードコートの二階で行われている。ここは広くて多目的ホールになっているから、こういう会合には丁度いい。
私達が議事の時間に合わせて会場に入ると、聞き慣れた無礼な声が飛んできた。
「またお前か! 御子柴!」
なぬ! 誰だ! 旧姓で私を呼びすてる不敬なヤツは。
「椎名! またとは何よ!」
「食い物の話しは必ずお前だな」
「失礼な! これは真夏ちゃんのアイデアです~ぅ」
「何だかお前が噛んでんじゃねーかと思ったぜ」
「うっさいわね! いいじゃない、真夏ちゃんのお手伝いをするのは私の勝手よ。ねー真夏ちゃん」
「お姉ちゃん、ウチに来たのあのお兄ちゃん」
はっ!
真夏ちゃんの顔をみる。
椎名の顔を見る。
マジか、にゃろ!
「椎名! あんた何こんな小さい子を脅してんのよ。あんたが説明に来たとき真夏ちゃん震えてたわよ!」
「はぁ? 知らねーよ。会ってねーし脅してねーよ。しかも怒ってもねー!」
椎名は真夏ちゃんのご両親と話したらしいが真夏ちゃんはそれを影から見ていたそうだ。どうも話の内容と三人の表情を見てると、これは怖い事になっていると思ったと。
にゃろ、やっぱり脅しに行きやがったな!
私達が丁々発止、侃々諤々やってたら、議長がまぁまぁと仲裁に入って来た。
「お二人とも、真夏さんがオロオロしてますよ。椎名くんも普段の冷静な自分を思い出してください」
もう少しで椅子に片足を乗せそうだったが、息を整え直してパイプ椅子に腰かける。
椎名も。
危ない。ラッフルプリーツのスカートで見栄を切るところだった。
「よろしいですか? お二人は何で顔を会わせるといつもいきなり口論になるんですかね。仲がいいのにねぇ」
「良くない!」
「ほら、息ピッタリじゃないですか」
揃った声に辺りの笑いが起こる。笑うな。ドツキ漫才じゃないんだから。
「えー、茜グルメガイドマップですが非常に完成度が高くて、何かしら商店街で使えないかと声が上がってます。それについて作ったお二人に意見を伺いたいと思っております。よろしいですかな」
「はい」
色々聞かれたのだか、権利や公正さはどうなのかといったグルメマップの配布を前提とした質問とか、ここまでに作るのにかかった時間とお金、今後の展開といった作り続けることが出来るかといった質問が主だった。
権利とか難しい所は私が答えたけど、ほとんどの質問は真夏ちゃんが答えた。
その回答の明快さを聞いて議会の面々は感心することしきり。
絶対、真夏ちゃんのお父さんは真夏ちゃんのことを見くびってる。これでテストが悪い理由が分からない。
「真夏さん、私達はこれを見たら、このお店に行きたくなっちゃったんだよ」
「きっとそれはこの商店街に来るお客さんもそうだと思う」
「だからこれを商店街に来る皆に配布したらどうかと思ってるんだよ」
代わる代わる議会の重鎮が、どこからともなく発言するんだけど、その様子が小さい頃みたアニメのシーンみたい。
さしずめ真夏ちゃんは、碇シンジ君か。
「一度、皆で考えさせて貰ってまた連絡するよ。今度はそこの怖いお兄ちゃんじゃない人に連絡させるからね」
椎名が「はぁ!?」て顔してる。
にひひ、いいキミだ。
ゼーレの答えはあっさり出た。手分けしてコメントをもらった店の紹介許諾を貰うから、印刷して2月には配布するとのこと。
2月!? 早っ!
記事は寒い季節なのでコロッケからとなった。
そして恐怖の伝言。
これから毎月季節に合わせたグルメガイドマップを発行するから次号の用意をせよと。
ただし評判次第で打ちきりもあり。
なんと! なにそれ! 頼んでもないのに編集者にされてるし!
やられた! またやられた!
ノコノコ議会に出た所で主導権は握られてたんだ。
あれは『話が聞きたきゃウチまで来い』が正しい対応だったんだ。
くそー、椎名だ。こんなこと考えるのは椎名に違いない。
あいつのほくそ笑む顔が目に浮かぶ。
何度だまされれば気が済むの! 私のバカ!
うぎゃー!!!!
あーもう! やけ食いしたい! なんか猛烈に胃に詰め込まないと気が済まない!
今晩食ってやる。トコトン食ってやる。
昼から5合炊きの炊飯器を二度も回し、怒りに任せてしゃぶしゃぶ肉を10キロも買ってしまった。
先生に何か言われても構うもんか!
その日はいくらでも食べれるように色気の欠片もないグレーのスウェットに着替え、うどんでも食べるようにわしゃわしゃ肉を喰らった。
あー、こんなシーンもあったなエヴァンゲリオンに。
10枚位の肉を箸一杯に掴み、無言でしゃぶしゃぶする私に先生は掛ける言葉を失ってる様子。
いやその前に、炊飯器のお釜をひっくり返して大皿にご飯をぶちまけたのをみて、ただならぬ妖気を感じてたみたいだけど。
肉米肉米野菜なしと黙々と10キロメシを食べた私は、苦しさのあまりスウェットからはみ出た丸っ腹を曝して大の字でそのまま寝てしまった。
先生の前でかぶってた猫がにゃーんと窓の外に飛びた瞬間だったけど構うものか。
これが本当の私だよ、そうだよ! 実家では時々こんなことして、パパにはしたないって言われてたよ。4リットルの業務用アイスを一人で食ってお腹を壊すような女さ!
いいんだ、もう
いいんだもん……。
・
・
・
・
うう、さぶっ。
余りの寒さに目が覚めた。
私には毛布が掛かっていた。先生が掛けてくれたんだ。
でも床に直寝は流石に寒い。きっと猫のように丸まっていたのだろう。体が節々痛い。
身支度をして朝食を作る。私のは今日はいいや、なんかあんまし調子良くないし。まぁ10キロ食べて翌朝快調だったら、それこそ化け物だ。
先生が起きて来た。
なんでベットまで運んでくれなかったのと聞いたら、怒るなよ重くて運べなかったんだとのことだった。
確かにあの瞬間は先生より大分重かったのは認めよう。それをお姫様抱っこで運ぶのが男の器量じゃない。
いいけど、別に。
一休みしてお皿を洗ったりして、先に診察室に向かう先生を見送る。私はちょと遅れて病院に向かうのがいつもの日常だ。
そこから夜まで、私と先生はずっと医者と看護師。
当たり前だけど医者と看護師なんだ。
そこには壁がある。
責任、役割、出来る事と出来ない事が明確に別れている。見えない区分の世界。ある意味、上下関係にも近い。
この壁は時に私達のウチまで着いてくる。
先生は気づいてないけど私はこの壁から自由になりたい。
これから自由なれたら、きっと私はいつでも先生の前で、かわいい清楚な私でいられると思う……。
そしたら、もう首ももたげられないほど爆食することはないんだ。
定期発行の件は、真夏ちゃんのところにも届いていた。
自分が始めた事が大きくなってドギマギしてるみたいだったけど、期待され活躍できる所を見つけて凄く嬉しそうだった。
本当に嬉しそう……
天使ちゃんが微笑んでくれるなら、わたしはこれを続けてもいい。
椎名にコキ使われるのは癪だけど、その怒りは食べ歩きで晴らしてやる!
「真夏ちゃん、お父さんはどう?」
「戸惑ってたよ。迷惑かけないようにしろよってボソボソ言ってた」
「素直じゃないなぁ。お母さんは?」
「食べ歩きなんてはしたないって。だったら最初に言えばいいのに」
「そうだね」
そうなんだけど出来ないんだよ。大人は。いろいろあって。一度ゆっくりお母さんと話したい。何か仲良くなれそう。
私達にとってマップ作りが本業になった。月初の毎週土曜は食べ歩き、日曜はコメントを編集。私と真夏ちゃんの土日はコレにかかりっきりだ。
優花理ちゃんに必要なイラストを描いてもらい、月末はレイアウトや写植をして実子ちゃんのところに持っていき校正。月末ギリギリで印刷して椎名の所に納品。
これを繰り返している。
3月は「たこ焼き&お好み焼き」、4月は「お餅と饅頭」のガイドマップを作った。
ただ、ガイドマップだけが前に進んでいる。
そして、お互いの家の状況には何の変化もないまま真夏ちゃんは小六になった。
コメントに偏りがあってはいけないという理由で、未だに食べ歩きは私のポケットマネーだ。
月4万円近くの出費が痛い。そのせいで、かわいい服が買えないんだよう。
私はまだ24なんだぞ、食べるだけじゃなくて素敵なコートも着たいの! たまにはドレスアップして先生と食事に行きたいの! あのネットでみた赤いシフォンのドレスとか着て、また前みたく先生と……。先生と……。
だけど、二人とも更に家庭から遠くなっていく。
それでも動いているとイヤな事を忘れられるからまだいい。
だが、ついに現実逃避不可能な事態がやってきた。
天災は思わぬところからやってくる。準備なき心には尚のことか。
それはまさかの出来事だった。
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