仲間が増えたら

 優花理ちゃんの思わぬ才能を発見!

 マンガチックなイラストが超うまい!


「うわぁ、うま~い」

 休憩時間に優花理ちゃんが何の気なしに書いた私達の似顔絵を見て、真夏ちゃんが目が輝かせた。


「ホント、上手だね」

「ありがとうございます。人様に見せられるものではございませんが、こういうのが幼少の頃から好きなんですの」

「漫画も好きなの? 優花理さん!」

「ええ、とっても!」


 両手をぱんと合わせて白い歯をチラッと見せて微笑む表情が上品なんだよね。

 真夏ちゃんから見ると20歳近い優花理ちゃんはさん付けだ。優花理ちゃんは優花理さん。私はお姉ちゃん。勝った。


「どんな漫画読むの?」

「そうですね、真夏ちゃんは知ってらっしゃるかしら?」


 そういうと、私の知らない漫画のタイトルをポンポンと言い始めた。

 どうやらいろんなジャンルの漫画があるらしく、少女漫画は真夏ちゃんにも分かるようだが、それ以外のタイトルはピンとこないようだ。もちろん私は全然分からない。

 優花理ちゃんの言ってる事は何の暗号でしょうか?


 ぽかんとする私に「知らないのが普通ですからご安心くださいまし」と言ってくれたけど、きっと電撃何某というのは、こういうぷにぷにっとしたかわいいキャラクターが出るくる漫画なのだろう。


 でもそんなにイラストが上手いし好きなら……

 私と真夏ちゃんは目を見合わせた。

 もう半年も苦楽を共にしてきた私達姉妹のテレパシーを舐めてもらっちゃ困ります。


「優花理ちゃん、このグルメマップに私達のイラストを描いてくれない?」

「え、イラストですか?」

「私からもお願いっ!」

「そんな、個人的な趣味ですし、わたくしの下手なイラストをお二人の大切な物に乗せるなど滅相もない!」

「ううん、全然凄いもん! 私たちの顔だけでいいから。笑ってる顔とか驚いてる顔とか何パターン描いてもらって……」

「それをお店のコメントのところに付けるからっ」


 真夏ちゃんと顔を見合わせて、これはいいアイデアだと納得しあった。

 優花理ちゃんは、始めこそ困りましたねぇという顔を浮かべてたが、私達がイラストがあるとどんなにコメントが引き立つか、キャッチーで見たくなるかを噛んで含んで説明したら、そこまで言うなら描いてみようかしらと気持ちが揺らぎ始めた様子。


「分かりました。描いてみますので、もしお気に召しましたら使ってください」

「やったー!!」


 二人で手を取り合って大喜び!

 その輪に無理やり優花理ちゃんも入れて三人で輪になってキャンキャン大騒ぎしてたら、お店に出てる店長に「静かにしてよ、もうっ」と注意されてしまった。

 ごめんなさい!


「ところで真夏ちゃん、ナポリタンにベイカリー、お蕎麦にコロッケのグルメマップができたけど、これからどうしようか?」

「まだ続けていくけど、せっかくだから冬休み自由研究に出そうかと思って」

「いいね~。じゃここで一回刷っちゃおうか」

「刷っちゃう?」

「印刷するんだよ」

「うん!」

「あのう印刷するって。そんな大それたものにわたくしのイラストが乗るのでしょうか?」

「そうよ」

「そんな恐れ多い!」

「大丈夫だよ、私たちに任せて!」


 ちょっとオロオロするお嬢様ってかわいい。

 いやんギュッてしたくなっちゃう。

 はっ、もしかして私って女の子が好きなんじゃないのか! 先生との擦れ違い生活の果て、違う世界に目覚めつつあったら怖い。



 数日後、優花理ちゃんからイラストが上がって来た。

「すごーい! カラーだぁ!!」


 真夏ちゃんが大はしゃぎ。でもホントカラーになるとインパクトが違う。

 これはウチのお爺ちゃんが初めてカラーテレビを見たときは感動したと言ってた意味が分かる。


「ぷにぷにしててかわいい~」

「お二人の可愛らしさは伝わっているでしょうか?」

「もう、大満足だよ! いやこんなに可愛くなっちゃっていいのかな。実物見てガックリされたらどうしよう」

「わたしも。実物の方が太ってるとか言われそうだなぁ」

「いえ見たまま描いてますので、そんな事はないと思いますわ」


 もう三人とも満面の笑顔だ。

 いいね。こういう顔をしたのは私も真夏ちゃんも久しぶりだ。憑き物が落ちた気がする。



 このイラストを写植して、実子ちゃんの所に持っていく。


「梓ちゃん、真夏ちゃん、できたんだ」

 実子ちゃんは相変わらず、例の椅子に斜めに腰かけて背もたれに腕をかけて、くるくる左右に回ってる。


「実子ちゃん、あいかわらず態度が大きいよね。私達お客さんなんだけど」

「なーに言ってんの梓ちゃん。お金払ってないじゃんこの仕事に」


 はぅー、そうでしたー。

 しまったクセでお金払ってるつもりだったよー。


「うぐぐ」

「いいの? 私にそんな事言って。いいんだよ、ここで引いちゃっても」

 やめろ、その顔。虐げられている私を真夏ちゃんが見たら、私のお姉ちゃんレベルが落ちるだろ。

 がしかし……背に腹は、


「すみません。よろしくお願いします」

 テーブルに両手をついて平にお願い。サタンめ悪魔め第六天魔王め。

 ごめんよ真夏ちゃん……お姉ちゃんはまた悪魔に負けてしまったよ。


 実子ちゃんは、真夏ちゃんが「忙しいのにごめんなさい。でも実子さんが作ってくれるのを楽しみにしてます!」なんて殊勝な事を言ってくれたおかげで、「よっし! お姉ちゃんはガンバるわよ」なんて調子よくなってた。

 マズイ、お姉ちゃんの座まで奪われそうだ。

 実子が力を付ける前に、私自らの手でヤッておかねばなるまい。



 初稿は思ったより時間がかかった。そうだよね12月にお願いしてるんだから、POP屋さんは一番忙しい時期だろう。

 出来上がったのは12月26日。

 実子ちゃんからメールにその意味の全てが詰まっていた。


「できた」


 その一言。よっぽど疲れてるんだろう。


 二人で実子ちゃんのところに初稿を取りに行くと、目の下にクマを作った10歳くらい老けた実子ちゃんが出てきた。歩き方までヨボヨボしてるんだけど。大丈夫?


「あのー、グルメマップ……」

 真夏ちゃんが申し訳なさそうに言うと、実子ちゃんたら震える手で親指を出して「お姉ちゃん、頑張ったヨ……」なんて本当に死にそうに答えるし。


「実子ちゃん、大丈夫? ちゃんと寝てる」

「ダイジョウブ……毎日2時間寝てる」

「2時間!?」

 驚きのあまり二人の声がハモった。


「やだ、ちゃんと寝なよ! 若いからってムリしてもいいことないよ」

「年は……梓ちゃんより、いってる……ぜ」

「そこ自慢するところじゃないよ!」

「この時期がんばらなくて、いつ頑張んのよ~。季節労働者なんだから」


「実子さん、ごめんなさい。そんな忙しいときに」

「いいのよ、やるって言ったのは私なんだから。約束は守るよ」

「実子ちゃん、やっぱりお金払うよ、ごめん」

「い・や・だ! 絶対受け取らない」

「なんで!?」

「あたしプロなんだよ。私が決めた事は結果を出すのは当たり前なの! あんただって看護師なんだから仕事の責任わかるじゃん」


 ぐっ。

 実子ちゃんの言葉が心に刺さって抜けて行った。先生と同じことを言われた。全然関係ない事なのに。

 結果を出すのは当たり、仕事の責任。堂々とそんなこと言えるのは自分で店を持って切り盛りしてるからなの、それとも年上だからなの、それとも私がただ甘い人間だから……

 やっぱり私が……。


「どうしたの? お姉ちゃん」

 真夏ちゃんが私のことを不安そうに見ている。


「ううん、なんでもない」

 実子ちゃんもどうした? って顔になっている。


「どうした? 梓ちゃん。わたし何か言った?」

「ううん、実子ちゃんは全然変なこと言ってないよ」


 ここ最近、食べ続けることで現実逃避していたけど、何となく癒されつつあった心のメッキは一気に剥げ落ち、厳然と存在する問題の前に意気消沈してしまった。

 しゅるしゅると抜けた空気は戻らない。かりそめの安寧など一言で吹き飛ぶ紙の楼閣のようなものだ。


 ……いけない!

 ここで私が沈んじゃったら、ここまで頑張ってきた真夏ちゃんが気を使っちゃう。

 ムリにでもテンションを上げていかなきゃ。

 ここは女優になるところだと自分に言い聞かせて、心の中で自分の両ほっぺをパチンと叩く。

 よし!


「真夏ちゃん、今度、実子ちゃんを今度私たちが見つけたおいしいお店に連れていってお礼をしようよ」

「そうだね」

「実子ちゃん、なんでも好きなものおごっちゃうよ。でもまだナポリタンとパンとお蕎麦とコロッケだけだけど」

「えー、わたしシャトー・ブリアンって言おうと思ったのに」

「ナシ! ぜったいナシ!」

「残念だわ、じゃ校正のときにね。それはそうと仕上がりを見てみてよ」


 そう言われて改めて出来上がった初稿を見ると、これもう自分達が作ったものとは思えない出来栄え!

 真夏ちゃんは感動のあまりか驚きのあまりか、口をぱくぱくさせてる。

 今度は実子が撃った豆鉄砲が真夏ちゃんに当たったか。


「すごいキレイ。プロが作ったみたい」

「プロがつくったのよ、真夏ちゃ~ん」

 にやっと笑ってる。


「そ、そうでした」

「やっぱさ、地図とかイラストがちゃんとしてるとそれっぽいよね」

「レイアウトがプロだからよ、梓ちゃ~ん」

 こっちにも、にやっと笑いかける。


「そ、そうでした」

「ま、でも満足してもらえたらなによりよ。嬉しいわ。おいしいごちそうよりね」


 実子ちゃんの言葉が私の救いになった。

 ありがとう実子ちゃん。やっぱりこれからも実子の所に発注するよ。



 その初稿を見て盛り上がったのか、真夏ちゃんが珍しく積極的に私の手をぐいぐい引っ張っぱる。

 口角上がりまくり。

 懐かしいなぁ、ひまわり笑顔の真夏ちゃん。あの頃の私達に戻ったみたいだよ。


「優花理さんのところに行こうよ! お姉ちゃん!」

 もはやカラメールと言われないのが悲しい。店長、同情するよ。


「優花理さーん、できました~」

 ドアを開けるなり、初稿を高々と掲げて店に入る真夏ちゃん。

 なに? 勝訴でもした?


 優花理ちゃんはカウンターにA2サイズ4枚の初稿を並べ置いて、手を合わせて「すごーい」「すごーい」を連呼。

 自分の描いたイラストを見ては、ほっと胸をなでおろし。イラストの口から出ているコメントを見ては「ピッタリですね」とつぶやき。小首をかしげた私達のイラストを見て、自分が描いたのにもかかわらず「かわいいですね」とコメント。


「だから言ったじゃん、かわいいって」

「本当ですわね。印刷されると急に本物っぽくなりますわね」

「ねっ」


 どうやら気に入ったらしく何度も見返しては「うふふ」と口元を手で隠しては笑い目を細めている。

 いやぁ喜んでくれてなにより。私達も頼んでよかった。


「わたくし、こういう仕事がや病みつきになってしまいそうですわ」

「優花理さん、ピッタリだよ!」

 真夏ちゃんがノリノリで答える。


 それから私達3人はケーキをつまみながら、現実を忘れてきゃあきゃあ盛り上がった。

 それも一日中。

 人の店の部屋でいったい何をやってるんだ。


 優花理ちゃんも私達につられて5個もケーキを食べたちゃった。


「お恥ずかしながらスカートがキツイです」


 言われてお腹周りを見ると、ウエストがぴっちりしててキツそう。

 優花理ちゃんの制服は黒のメイド服だ。でもメイド喫茶みたいなふあふあのじゃなくて割ときっちりしたそれだけど。

 店長の念願かなって、6年目にして遂にメイド服のバイトさんか。

 でもスカートはハイウエストのロングギャザーフレア。私の時はミニスカートを要求しておきながら優花理ちゃんはロングか!

 でもハイウエストにするところに、店長のエッチっぽさが出てる。

 ハイだと胸が強調して見えるのに、よくOKしたな優花理ちゃん。


「優花理ちゃん、いまさらだけどその制服かわいいね」

「あら、ありがとうございます。でも少々胸元に殿方の視線を感じることがありまして、恥ずかしいんですの」

「やっぱり、ちゃんと店長に嫌なことは嫌って言わなきゃだめよ」


 ケーキのフォークを口に付けながら、真夏ちゃんが私たちの会話をきょろきょろと追っている。


「店長に、これが制服だと言い渡されましたもので、わたしくそういうものかと思いそのまま頂戴いたしましたの」


 うーん、店長がずる賢くなったのか、優花理ちゃんがぽやんとしてるのか。

 このままだと優花理ちゃん、悪い大人に騙されないかしら。

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