やけ食いコロッケ

 その後、最初に行った双璧の2店を超える味は出てこない。

 コロッケは庶民的で簡単な食べ物だけど、本当においしいものに出会うのは意外に難しい。

 揚げ方も、しっとりだったりガチガチだったり。肉がおいしくても玉ねぎやジャガイモなどの具材とのバランスが悪かったり。

 捏ね方も軟すぎると満足感がないし、固すぎると残念な感じになるし。


 4、5、7軒目は街のレストラン。

 4軒目でクリームコロッケ定食、ホタテクリームコロッケ定食。5軒目で国産牛コロッケ定食。7軒目で山芋コロッケ定食、椎茸コロッケ定食を食べたんだけど、どこも揚げ方がイマイチ。特に5軒目はいいお肉だったので勿体なかった。

 ところでクリームコロッケは樽型でポテトコロッケは小判型なのは何でだろうね。


 6、8、10軒目は、お昼に開いてる居酒屋さん。

 どこも奇抜で凝ってるコロッケなんだけど具材の質がイマイチ。いくら沖縄の自然塩で食べてと言われても素が悪きゃ話になんない。

 特に10軒目の青臭いじゃがいもには、真夏ちゃんも私もげんなりした。


 9、11軒目は、スーパーの惣菜コロッケ。

 油がくどくて、これはちょっと。午後に行くと油が悪くなるのは分かるけどC級グルメで売ってる商店街なんだから、商店街の外の店とはいえ味は常に気にして欲しい。

 こういう微妙な店はコメントに困るなぁ。


 そんなコメントをどうするかなんて話も真夏ちゃんとしたけれど、話の大半はお互いの家のしょっぱい話。

 こんな話、小5の女の子とコロッケ屋さんを回りながらする話じゃない。

 しかも、ずーーと。


 いい加減コロッケも食べ飽きてきたし、いいかげんしょっぱい話も飽きてきた。

 そして、いいかげんお腹も張ってきた。だって、ここに来るまでに27個のコロッケと5つの定食を食べて来たんだもん。自分の満腹感だと5キロは食べたかな。


 一気に食べてないからお腹の膨らみに気付かなかったけど、真夏ちゃんのお腹も凄くなってきた。

 さすがにコート着た上からでも実の存在感がはっきり分かる。


「真夏ちゃん、コートが妊婦さんだよ」

「うん。お腹にのってるよ」

「お姉ちゃんは目立たないね」

「えっへん、私のコートはお腹が目立たないように作ってもらったんだ。いいでしょ」

「いいなぁ」


 コート越しに両手でお腹をなでなでしている手つきが、本当に身ごもった子供を愛でる妊婦さんの様だ。

 なんだかなぁ。清瀬家では真夏ちゃんが一番大人だから納得の風景だけど。


「苦しくない?」

「まだ、全然」


 あら? まだ全然大丈夫なんだ。ちょっと前の真夏ちゃんなら限界量の筈なのに随分パワーアップしちゃったもんだ。

 真夏ちゃんは、まだ全然大丈夫なことを見みせようコートのボタンを外して、お腹を私に見せてくれた。

 あらっ! セーターがまん丸!


「ウエスト細いから、すごいなぁ」

「でしょ、ぽんぽん叩きたくなっちゃう」

「あ、食べるって分かってたのにショーパンなの?」

「うん、もうボタン締まんない。でもコートで見えないからいいやって思って」

「もう、ウエストホック貸したげるよ」

 これ、もうほとんど真夏ちゃんの物になっちゃったな。


 しかし小さい子の大食いしたお腹ってインパクトがある。

 横から見たら鏡餅みたい。お腹のお餅の上に、かわいい顔が乗っかってる。

 その強烈な違和感とセーターを押し出す存在感が、私に触って触ってと囁いている。

 固いのか柔らかいの知りたい。

 意思の弱い私は、その好奇心に逆らえずちょっと触ってみることにした。


「ひゃ! 冷たっ!」

「ごめん! 手冷たかったね」

「もう! 一気に寒くなっちゃったよ」

 ゴメンゴメンと言ってるのに撫でまわしちゃう私。


「凄いなぁ」

「自分だってこうなるじゃない」

「そうだけど、なんか人のを見るのって新鮮。随分入るようになったよね」

「うん、最近バカみたいに食べてるからね」


 認めます。私達ここ毎週バカみたいに食べてる。

 もう食べてないとやってけないから。



 12軒目。

 この店では私達に大きな試練が待ち構えていた。

 コロッケバーガーはコロッケなの?

 コロッケとして今回食べるべきか、それともハンバーガーとして別の回にすべきか。

 もしコロッケーバーガーに手を付けたら、ピリ辛ソースとデミグラスソースの二種類を食べることになってしまう。

 しかも、もれなくバンズつき。

 そして真夏ちゃんの満腹は確定となり、今日の食べ歩きは12軒目で終わりとなるだろう。


 私はまだまだいけるんだけどね。

 こう見えてもこの世界じゃ日本代表級だ。もしオリンピックの競技に大食いがあったら、強化選手に選ばれているに違いない。

 選ばれたくないけど、これ以上強化もされたくないけど。


 真夏ちゃんも同じ事を考えているようで横でメニューとにらめっこ。だかその真夏ちゃんが無言でうんと頷いた。


 コイツ、やる気だ!


 本当に溜まってるんだ。ストレス。

 もうお付き合いするしかない。


「お姉ちゃん」

「真夏ちゃん」

 二人でうなずき合って気合を入れてレジに注文する。


 テーブルにならぶ様々な組合せのコロッケバーガーが壮観だ。さしずめハンバーガーのピラミッド。

 その数、二人分合わせて24個。

 テーブルに乗り切りません。


 それを女の子二人で食べるんだもん。

 あとで気付いたが、私達は何で二人分も頼んだんだろう。こんなにあるなら一個ずつ頼んで半分にすればよかったのに。

 食べ過ぎてバカになってしまったのかも。それとも目的がやけ食いだけになってしまったからだろうか。


 気合い十分の真夏ちゃんは、デミコロバーガーを手に取り両手で掴むと、それを顎も外れんばかりの大口で、はむっとかぶりつく。それをまっふまっふ咀嚼すると一気にごくっと飲み込んだ。

 蛇の丸のみかっ! 喉を落ちて行く塊を目で追うと、それが胃に落ちたと思うタイミングで次の一口。

 今度は三日月になったらハンバーガーの右側からガブリ。

 豪快すぎ。

 このままでは3口で食べ終えてしまう。


「そんなに一気食いしなくても」

「ハンバーガーなんだから、ガバッといったほうが味わえるじゃない」

「そうだけど」


 噛んでないよね。ほとんど。

 背中に白い羽根がある天使の真夏ちゃんが、鵜飼な鵜になっていく~。真夏ちゃん戻ってきてー。


 真夏ちゃんはそれをホントに3口で食べ終えると、これはソースが油っぽくてだめと残虐なコメントを残して次なるハンバーガーへ。


「……」

 言葉がでません。私。


 ポテトコロッケバーガーも、お腹に突っ込む様にバクバク食べて、味にインパクトないと一刀両断。

 栗カボチャコロッケバーガーに至っては、無言の4口で食べ終わった後、これにピリ辛ソースが合うわけないじゃないとご立腹。

 かわいそうな店主。


 あのー、真夏ちゃん、私にもコメント言わせてくれないかな~。お姉ちゃんまだ1個も食べてないの気づいてるかな~。


 ここは店舗内なので真夏ちゃんはコートを脱いでいるのだけど、セーターのボリュームがモリモリ膨れていくのが分かる。

 真夏ちゃんはソースが口の周りに付くのもお構いなしに、勢いに任せて一個1分くらいのハイスピードでコロッケバーガーを食べている。

 たぶんハンバーガーは一個200グラム位だから、わずか12分で2キロも太っている計算だ。体重30キロ台の少女にとって驚異的だ。

 こりゃ私が5年生の時より食べてるんじゃないかな。


 本当に一口毎にセーターがググッと伸びていく。あの白の毛糸の中にはここまでに食べたコロッケとハンバーガー達がひしめいている訳だけど、よくあんなにグイグイ胃が膨らむものだ。

 人のことは言えないけど。


 そんな勢いで手を止めずに食べていた真夏ちゃんだけど、10個目からピタリと手が止まった。


「ぐぷっ」

「大丈夫?」


 げっぷの回数が増えてきた。

 ゆるゆるだったセーターは、へその位置が分かるほど。

 真夏ちゃんのお腹がはち切れそうだ。


「コロッケって結構くる……」

「だから最初に言ったじゃん、油が凄いもん。だぶんカロリーすごいよ~」

「そんなの、いいもん」


 カロリーなんてどうでもいいなんて女の子の台詞じゃない。でも真夏ちゃんは負けじと食べ続けている。

 それに感化されたか、店じゅうから私達に声援が飛んでくる。


「がんばれー、あと2個!」


 経験者なので言わせてもらいますが、


「頑張れるなら食ってるわ!」


 私らの箸が止まるってのは、本当にもう限界なんだって。ちなみに普通の女の子の「もうたべられな~い」てのは当然ウソ。

 学生の頃、そんなこと言う友達がいたので先生に教えて貰った超おいしい店に連れて行ったら、ちゃっかり1人前食べてたし。

 殿方が思うより女の子は食います。世の中に可憐な女性などいないのです。


「あずぼんと食べている子は誰だ」なんて声も。

 また、あずぼんか!

 それ嫌いなの、皆、早く忘れてくれないかな。


「ハンバーガー12個だぜ、すげー」だって。

 その前に5キロ食べてきてますよ。私達。信じられます?


 真夏ちゃんは、その声援に応えて全部食べきった。

 お腹を伸ばすように座って肩で息をしてる。

 こりゃもうだめだ。息もできないくらい詰まってる。


「真夏ちゃん、なんか電球みたいな体になってるよ」

「ひどい、人が苦しんでるのに~」

「あはは、ごめん。ごめんね。あと2軒どうする?」

「無理、ほんとに無理。もうコロッケが生まれちゃう」

「じゃ、それは私が後で取材するよ」

「お姉ちゃん、お願い」


 あずぼんの妹か凄いはずだ、なんて声が聞こえてくるのがちょっと嬉しい。

 妹みたいでしょ。私も本当に妹みたいに思ってる。


 この後、真夏ちゃんが余りに苦しそうなので家に帰らずカラメールで一休みすることにした。

 最近はこのルートが多い。どっちの家に行っても気まずいので、お腹を落ち着かせるまで奥の部屋で今日の感想をまとめたり構成を考えたりする。

 今回みたいに真夏ちゃんが食べ過ぎて身動きが取れなくなったときは、この畳の部屋で真夏ちゃんは大の字になって寝ている。

 そんな時、私は真夏ちゃんの上下に動く大山みたいなお腹の上に、店長のフィギュアを置いて遊んだり、耳をあててお腹の音を聴いたりしてる。

 お腹をポンポンしながら子守唄を歌った事もあった。

 今日もそんな日だ。


 カラメールのお客さんが引くと、優花理ちゃんも混じって、やいのやいの楽しいおしゃべりタイム。

 優花理ちゃんは名家のお嬢様らしいとか、黒塗りの車でバイトに来てるって本当とか、うわさみたいなおしゃべりで盛り上がる。


 時間が遅いと、明らかに余りそうなケーキが無料で食べれちゃう。真夏ちゃんは、お腹一杯なのに~と言いながら食べちゃうんだけど。


 でも本当はここに居ついちゃいけないのは分かってる。

 どんどん家から離れて行くよ私達。

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