先生、熱過ぎます

 北海道にいる先生の後輩さんから、時々スイーツのプレゼントが送られてくる。

 今回は、お酒がたっぷり練り込まれた期間限定のチョコだ。

 ココアパウダーがまぶされた、ちっちゃな煉瓦みたいなチョコ。

 フランスのショコラみたいに綺麗なお化粧はしてないけど、これが信じられないくらいおいしい。

 食べ始めると止まらない無限スイーツだ。北海道、なんて恐ろしい兵器を作るところ。一度行きたい。


 初めてこのお方からスイーツが送られてきたときは、先生の不倫相手かと思った。

 だって、送り状の名前が仁木浩美だし、中身はチョコとかフロマージュとか先生には似合わない、かわいいスイーツ。

 しかも宅急便に入っていた手紙には、

『先生の事が忘れられません。感謝の気持ちは物には替えられませんが、せめてもと』

 なんて書いてあるんだもん。



「先生! 仁木さんって誰!」

 ソファで呑気に本を読む先生の前に仁王立ちに立ちはだかり、腰に手を当ててキッと睨む。

 私以外の女は絶対認めませんからね。


「仁木、誰のこと?」

「先生のことが忘れられない女の人よ!」

「え、え?」


「北海道から届いた宅急便に手紙が入ってました! これはどういうこと?」

「あー、仁木くんか。大学病院のときにお世話した僕の後輩だよ」

 何、何事もなかった顔してるんですか先生! 私は怒ってるんですよ!


「でも、いやらしい手紙が入ってましたっ」

「仁木くんは男だよ」

「へ? だって浩美って」

「写真見る?」

「うん」


 大学病院の白衣で居並ぶメンバーの中に、ひときはガタイのいい男の人がいる。

 何ですか、この赤ひげ先生みたいな人は。この人が浩美さん? いや熊でしょ。


「この通常の3倍くらい大きい人が浩美さん?」

「そう、恰幅いいだろ。これでプリンとかチョコとか好きなんだ」

「プリン!? この顔で?」


 失礼しました。スイーツは顔じゃありません。

 浩美さんが送ってくれるスイーツに外れナシです。さすが甘党のヒロミちゃん。

 私は発酵バターケーキが好き。また送ってくれないかな。



 今日は先生と真夏ちゃんのお家に行きます。

 真夏ちゃんの本気を、真夏ちゃんと一緒にちゃんとご両親に伝えなきゃいけない。

 何事も最初が肝心。


 真夏ちゃんの家は商店街の外れのアパートの二階。私は何回か来たこ事があるけど先生とお邪魔するのは始めてだし、真夏ちゃんのお父さんに会うのは始めてなので緊張してきた。

 でも、先生は大丈夫だよね。

 と思ったら、やだ、私よりガチガチじゃない!? 目! 目が怖いよ。


 肘で先生を突っついてヒソヒソ話。

「先生緊張し過ぎ。往診とかで人の家に上がるのは慣れてるんじゃないの?」

「今日はアウェイだからダメ」

「えー」

 やっぱり白衣が本体だったんだ。先生は!



 呼鈴を鳴らすと真夏ちゃんのご両親が、にこやかにお出迎えしてくれた。

「いつも真夏がお世話になっております。すみません散らかったところで」

「こちらこそ、突然おじゃましてしまいまして」

 なーんて月並みな挨拶が交わされて、2LDKの居間に通された。

 相変わらず物が一杯な部屋。散らかってるというか広がってる?


「いつも家内がお世話になっております」

 先生が折菓子を渡して頭を下げる。


 家内! うわ~家内だって。

 先生の横顔をうっとり見ちゃう。

 私、この人の家内なんだ……

 でへー、いゃあ参ったなぁ、夫婦ですから当たり前ですが、なんか夢見心地だよ。


「梓、梓!」

「はい?」

「挨拶」

「はい? あ、つ、妻の梓です。いつも真夏ちゃんを引っ張りまわしてごめんなさい。一緒に美味しいもの食べて仲良くしてもらってます」


 先生に見とれちゃって、グチャグチャな挨拶に。

 わーん先生、バカな子的な苦笑いしないでよ!


「まぁお掛けください」

 うおー、真夏ちゃんのお父さん、迫力のあるいい声してるなぁ。

 体も大きくて赤ひげの仁木さんくらいドーンとしてる。高校、大学でラグビーをしてたんだって。

 食品関係の営業をしてるんだけど、笑い声もうわっははなんて大声で、なんて豪放な方なんでしょ。


 お母さんはスレンダーで物静かな方。

 真夏ちゃんの横に座ってるんだけど、物静か過ぎて声が聞き取れない。

 うわー、今日も爪キレーだなぁ。私、仕事柄、爪は短くしなきゃだから羨ましいよ。

 それに色白で、真夏ちゃんはお母さんに似たんだね。


 この静と動のオセロ夫婦と私達。

 それと真夏ちゃんを挟んで、微笑ましいスタート。

 初めはグルメマップ作りの話とかして、いい感じじゃない。


 紅茶なんか飲んで、そろそろかなって頃、真夏ちゃんが私に目でサインを送ってきた。私もうんと答えると両親の間にいた真夏ちゃんは、つととと私達の方にやって来て私と先生の間に座って例の説明を始めた。

 タイミングバッチリ、さすが自称姉妹だ。


 真夏ちゃんの夢はなんと弁護士になること。

 警察官じゃないの? と聞いたら事件をなんとかするんじやなくて、そういう悪い事が起きない世の中にしたいんだって。

 お姉ちゃんは、その気高さにホントに感動だよ。


 それを真夏ちゃんが真剣に伝えると、お父さんが真夏には無理だろう、お母さんが無理しなくていいのよといい始めた。


 ここからが大変!

 私がフォローする前に先生がキレた!

 私はこの人の知らない一面を見たと思う。まさかこんなに熱い人だったとは。だったら夜も熱く頑張れっての、いったい何のスイッチが入ったのよ。


「僕は人の可能性を否定する人は嫌いです。ましてやそれが実の娘さんに対してならなおのことです」


 あわわ、何言い始めちゃってんの先生!

 相手の面貌も厳しくなっているのに、お二人は彼女の本当の姿を知らないとまで言う。先生言い過ぎでしょ!


「伊藤さんは、ウチの娘の何をご存知なのですか」

 お父さん、声が声がっ!


「彼女は元々深く考える力があります。記憶が苦手と言いますが高い集中力もあり、見たもの体験したものを細かに覚えています。それを梓は見てきました」


 ひー、先生止まんないよー。

 何が緊張してるよ、ひとんちでぶちギレて!


「何か言いたいんですか」


 真夏ちゃんのお父さんと先生は同じくらいの歳だ。二人とも年齢的に脂が乗ってるのか譲る気配が全くない。

 女三人はただオロオロするばかり。


「言ってもよろしいのですか」

「聞かせてもらわんとわかりませんな」

 きゃー、関西弁怖い!


「真夏ちゃんが学びにとり組めないのは、環境に問題があるからではないのですか?」


 信じらんない! 言っちゃったよ!

 当の本人を置き去りにバトルを繰り広げる二人。何と張り合ってんのよ。どうするの? どう落とし前つけんの?


 先生は、家族の在り方が成績に出る、これは真夏ちゃんの問題じゃない家族の問題だとか、部屋が散らかってるのと気持ちと頭が散らかってるのは同じことだとか、やる気と学び方と家族がサポートがあれば自ずと結果につながる、と言ったと思う。

 だけど私は頭が真っ白で先生が言ったことを覚えてられなかった。


「伊藤さん、そいじゃ真夏の出来が悪いんは、ウチらが悪い言うことですか!」

 ちょっとー、真夏ちゃんがいるんだよココに!

 止めてよ、頼むから、止まってっ!!


「悪いとは言ってません。家族の問題だと言ってるのです」

「なら、おなじやないですか!」



 私の隣にいる真夏ちゃんが小さく震えている。

 もうだめ、収まりがつかない。もう耐えられない。


「すみません! 先生が主人が好き勝手申し上げて、まるで知ったようなことを。真夏ちゃんが勉強のことで凄く悩んでて、何かお手伝いしたいと思った私の我が儘なんです。そしたら真夏ちゃんの夢とか想いに心を動かされちゃって、夫婦そろって差し出がましいマネを」


 チラッと見たその先に肩を震わせてうつ向く真夏ちゃんがいた。泣いてるの? 怒ってるの? それとも悔しいの?


「一つだけお願いします。真夏ちゃんと食べ歩きをするのは禁止にしないでください。真夏ちゃんも私もグルメマップを作るのもを楽しみにしてましたし、最後までやり遂げたいんです。本気でやってることを取り上げることだけは」


 お父さんは、それは認めてやると言って、私達はそれだけを成果に半ばお父さんに追い出されるように真夏ちゃんの家を出た。

 ・

 ・

 ・

 ・

 とぼとぼ歩く足取りが重い。


「先生、私、疲れた。なんか甘いもの食べないと倒れそう」

「僕もだ」

「……先生のせいだよ」

「わかってる。反省してる」


『本当かよ』

 一瞬そう言いそうになったが、その言葉はぐっと飲み込み先生の顔を見上げる。

 への字口……

 確かに落ち込んでるようだ。


 真夏ちゃん大丈夫かな。私達は出ちゃったら終わりだけど、お父さんお母さんに何を言われてるんだろう。

 ごめんね。真夏ちゃん。

 それを考えると胸のあたりがギュッーと締め付けられる。


 無力。

 何が妹みたいだ、お姉ちゃんだ、何もできないじゃない。

 はぁ~


 オレンジのタルトも、お気に入りのヘーゼルナッツのフール・セックも、みんな美味しくない。

 幸せだからご飯が美味しかったんだ。最低の一日はそれだけを私に残して過ぎていった。

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