心の声を聴いてみた
真夏ちゃんの勉強の事を先生に相談したら、先生に怒られた。
梓はいつも安請け合いし過ぎると。
「だって、ちょっと勉強を教えるだけだよ」
「僕の言ってる事は違うよ。勉強を教えても本人の為にならないって言ってるんだ」
「だって、真夏ちゃんの役に立ちたかったんだもん」
「本当の彼女にとって必要な事を考えてあげなよ。そしたらそんなに簡単に約束できないはずだよ」
私がぶすーっとしてると、先生は大きなため息をついて、お昼を食べながらゆっくり話そうと言ってくれた。
ちゃんと聞いてくれて、しかもお昼のことも覚えててくれてよかった。
やっぱり先生は大人だ。気配りが違う。
「どこに行きたい?」
「じゃ『木苺』。この前ナポリタンを食べたんだけど、チキンカツも食べたくて」
「……食いしん坊め」
「だー、先生私がいっぱい食べるの好きって言った!」
「うん、まぁ好きだけどね」
これ私の殺し文句です。ベイサイドで初デートの時に言ったもんね。
忘れたとは言わせませんよ。
デミグラスソースのチキンカツを食べる私を前に、先生がさっきの話を説明してくれる。
「魚の釣り方の話があるだろ」
「はかなのふりはた?」
「飲み込んでから話しなさい!」
「んぐ、はい。ごめんなさい。それ何の話?」
「お腹が空いてる人に魚をあげても一時しのぎにしかならない、自分の力で魚を手にいれられるようにならないと解決にならないって例えさ」
「うん」
「それと同じだよ、勉強を教えても教える人がいなくなったらまたできなくなっちゃう。だから学び方を知らなきゃいけない。でもそれを身に着けるのは大変な事だと思うよ」
「……うん」
「真夏ちゃんのやる気や家庭環境を変えないと結果はついてこないと思うけど、梓はそこまで考えた?」
「考えてなかった」
そうか。だから先生は安請け合いだって言ったんだ。
先生の話を聞くと確かに納得する。
私も大学受験のときは先生に近づきたくて看護を取ったんだよな、勉強も自分でいろいろ考えてやったっけ。
あれがパパやママから勉強しなさいとか、こうやって勉強しなさいって言われてたら絶対合格できなかったよ。きっと。
「そうだね。私、真夏ちゃんに今の話、もう一回してくるよ。真夏ちゃんがやる気だったら、真夏ちゃんのお父さんやお母さんにも会ってくる」
「もしうまく説明できなかったら僕も一緒に行くよ」
「ホント、先生! やっぱり先生大好き!!」
向かい合わせに座っているのに、わざわざ先生の横まで行って両手で先生の頭をギュッとした。
座っていると、ちょうど頭が私の胸の位置にあるからギュッとしやすい。
先生は、「梓、苦しい恥ずかしいって」なんて言ってるけど。
うふ、愛情表現よ。
あら、お店のおじさま方が、羨ましそうにこちらをチラ見してるわ。
またやってしまった。てへ。
真夏ちゃんには、食べ歩きの前に先生の話をした。
勉強じゃなくて学習の仕方を考えようと。
始めキョトンとしていた真夏ちゃんだったけど、先生の説明の通りに話して聞かせたら、ふんふん頷いて納得してる。
おー、先生凄いです。子供にも分かる分かりやすさ。やっぱり私が惚れるだけの事はある!
「凄く分かった!私、今までも勉強してると思ってたけど、ただノートを書いてただけだったと思う」
おお、好感触。
「じゃ、お父さんお母さんに、この話をして協力してもらわないと。あ、その前に、真夏ちゃん! ビジョンシートを書かなきゃいけないんだった」
あぶな! 先生の話を忘れるところだった。
先生は、私がこの話をして彼女が納得したら、真夏ちゃんに「何で勉強をしたいのか」を心に決めさせてからご両親に話しなさいと言っていたのだ。
・・・・
「先生、どうしてすぐご両親に話しちゃだめなの」
「うーん、梓から聞いた話だと、真夏ちゃんは勉強する事と成績を上げる事がイコールになっている気がするんだ。それじゃ意欲も続かないし、大人になってテストがない世界になったとき困っちゃうだろ」
「そういうものかな~」
「自分に置き換えてごらん」
「うーん、純粋にテストの点数が上がって、成績表の上位に行くのは嬉しそうだけど」
「じゃ、上位に行ってその後はどうする?」
「順番をキープするかな」
「ずっと1位で居続けるの?」
「うん、そしたらずっと嬉しいじゃん」
「いつまで?」
「いつまでって……テストがあるまで?」
「テストがなくなったら」
「……ううう、先生! 質問攻めが苦しいっ」
「ごめんごめん、でも苦しくなるってことは、その通りなんだよ。ここで質問してる事はいつか自問する事なんだから。いつか苦しくなるんだよ」
「そうだよね。ん? 何でそんな事がスラスラ出てくるの?」
「そりゃ、僕がそうだったからだよ」
「え、先生って初めからお医者さんになりたかったんじゃないの!?」
「そんな訳ないよ。どんな子供だよ、それ」
そうだよね。私が小さいころからお医者さんの先生が普通だったから、てっきりそうなんだとばっかり。
先生もどこかでお医者さんになろうと思った理由があったんだ。
「先生はなんでお医者さんになろうと思ったの?」
「それは、いつかちゃんと話すよ。今は真夏ちゃんの事だろ」
「はぅ~、そうでした」
「真夏ちゃんに何で自分は勉強ができるようになりたいか考えてもらって、『私はこういう理由があるから勉強できるようになりたい。だから学び方を見直したい。だからお父さんお母さんも協力して』と言えるようになって欲しいんだ。そしたらご両親も協力しやすくなるだろ」
「うん、そうだね。そうだ。先生はやっぱり凄いなぁ。うん、白衣が本体じゃないよ。うん」
「なんだ? それ」
「いや、こっちの話でして」
・・・・
なんて事があったから、ビジョンシートを書くのはとっても大事な事なのだ。
この事を真夏ちゃんに話すと、真夏ちゃんは早速シートに目を落とし、うーんと唸りながら自分が何で勉強したいのかを考え始めた。
水を得た魚というのかな?
ちょうどいいタイミングでこういうのに出会ったんだね。
シートは上に大きく「私の願い」とあり、その下は2つに分かれていて左側には、
・いまの状態は?
・そのときの心の声は?
と書いてあり、右側には
・いまの状態をどんな状態にしたいのか?
・どんな心の声ならそうなれるのか?
とある。そして一番下に、「具体的にどんなことをしますか?」と書いてある。先生が学生時代に出会ったシートだそうだ。
真夏ちゃんは目をつむったり、腕を組んだり、鉛筆を回したりしながら沈思黙考。でもうーんしか出てこない。
もしかしておしゃべりした方が考えやすいタイプかしら。
「ねぇ、真夏ちゃん。もしかして私が質問した方が考えやすくない。一緒にご飯食べてる時みたいにさ」
「うーん、そうかもしれない。私じっくり考えるの得意じゃないから」
「じゃあさ、真夏ちゃんは大きくなったらどんな大人になりたいの? これから中学いって、次はJKだよ。大学も行くかもしんない。そしてお父さんやお母さんと離れて働き始めて……」
「わたし、お姉ちゃんみたいになりたい!」
「え、えーっとそれって大食いってこと?」
「じゃなくて、病院で私の話聴いてくれたじゃん。お姉ちゃん、すぐ食べる方に行く」
「いやぁ、だって私ってそのくらいしか無いかなぁって」
「そんなことないよ。優しいし、友達も一杯いて皆に声をかけてもらって、近くにいてくれると安心するし」
「そ、そうかな、えへへ」
「私も、そんな風になりたいもん」
「ううん、何かテレるけど、それって皆にとって真夏ちゃんがどんな存在になりたいってこと?」
「存在? 難かしいなぁ。何だろ、お日様みたいな、私といると皆ぽかぽかするみたいな?」
「ぽかぽかかぁ~。いいね。聞いてて私もぽかぽかしてきたよ」
「そしたら、わたしも嬉しいかなって」
「真夏ちゃんの周りにいる人も幸せになっちゃうね」
「うん」
なんで皆にぽかぽかになって欲しいのとか、ゆっくり質問しながら聞いていくと自分が転校が多くて寂しい想いをしていたことに行きついた。
自分が辛かった時に手を差し伸べて欲しかったけど、それを私ができたらいいと思ってるみたい。
なんて心洗われる願いなんでしょう。
あまりに純粋すぎて、こみ上げてくるものがあったよ。
ちょっと泣きそうになって眉がハの字になりかけたが、そこは大人の自制心でぐっとがまんして、具体的にどんな人に手を差し伸べたいのか聞いてみる事にした。
先生はお医者さんだったけど、真夏ちゃんはどうなんだろ。
「真夏ちゃんが周りの人とかテレビとか見てて、この人のお手伝いをしたいって思うの、どんな時なの?」
うーん、こんな質問でいいのかなぁ。
そしたら、ピタッと沈黙してすごーく深く考え始めた。超真剣なので話しかけるのはやめておこう。
2、3分もじっとしていた思う。
こっちの方がそわそわしてきて、何か言いかけようとしたとき
「わたし、人を騙してお金を取っちゃうようなニュースを見ると、すごく腹が立つの。もう犯人がいたら叩きたくなっちゃうくらい。でも騙されちゃったお年寄りとかみたら、すごく悲しくなって泣きたくなって、なんとかしてあげたいて思っちゃう。どうにもできないけど」
「そうなんだ。ホントに腹も立つし、悲しくなっちゃうんだね。真夏ちゃんの声が全然違ったよ。びっくりしちゃった」
「ごめんなさい! 想像したら本当にイライラしちゃって、つい」
「ううん、そのくらい気持ちが動くんだもん。本当なんだよ。それ」
「うん、本当に腹がたつし本当に悲しくなる」
「真夏ちゃん、私さ、真夏ちゃんはスゴイと思った。なんか感動しちゃった。小学生なのに気持ちの中に強い願いがあって。真夏ちゃんがキラキラしてるのはその願いなんだなって思った。あーもう何言ってんのかな、よく分かんないけど、詐欺師をやっつけてお爺ちゃんお婆ちゃんを助ける大人になってもらいたい!」
何かを言わずにはいられなかったので、つい口走ってしまったが、私が真夏ちゃんにお願いしてどうする。
でも真夏ちゃんはコクコク頷いて、それをこのシートに書くと言い出した。
結果オーライ、人間万事塞翁が馬。
そこからの真夏ちゃんの集中力はもの凄く、食べ歩きに行くのも忘れて夕暮れまでずっとシートを書いていた。
真夏ちゃんのお母さんが言ってた集中力がないってホントかしら?
むしろ私は、この子の集中している姿しか見てないんだけど。
集中し過ぎて、おやつに出したフォンダンショコラにも手をつけないんですけど。
うわーん、真夏ちゃんを置いて私だけ食べるなんてできないよ。
食べたいよう。フォンダンショコラ。とろ~りチョコが待ってるのに。
お腹がぎゅーぎゅー鳴ってます。
何か食べたい。食べさせてください。真夏様。
お腹の音を止めるためにひたすらお茶を飲み続け、飲み続け、飲み続け。
もうお腹がガポガポです。
それにも気づかず一心不乱にシートに向き合う真夏ちゃんを見て苦笑いするしかなかった。
足が痛くなったので、よいしょと座り直したら、お腹からちゃぽんと音がした。
「あ、お姉ちゃん。いまお腹がちゃぽんっていったよ」
そこだけ気づくな~!!
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