ブラナポリ 2~3軒目

「あ、ここナポリタンありますよ!」

 商店街を出て大通りに面した道路沿い。小綺麗な木の看板に店の名前が書いてある。

「トラットリア ボーノ」

 ベタな名前だなぁ。


 そうそう、茜商店街は張り出し看板や自発光の看板は禁止ね。看板は必ず照らすモノと決まっている。

 それは、落ち着いた雰囲気を出すための景観上の配慮と、治安維持のためだ。

 たぶん、そんな根拠やデータはないと思うけど、ライトが落ち着いてると人の心も落ち着いて、喧嘩や騒動が減るかもしれないと期待している。

 私は街が目に優しいから今の方針は好きだけどね。

 それはさておき、よくぞまぁ店先のメニューの中からナポリタンを見つけたなぁ。真夏ちゃん。


「ホントだ。メニューにちっちゃく書いてる。よく見つけたね~」

「ナポリタンナポリタンって思いながら歩いてたら、目に飛び込んできました」


 カクテルパーティー効果ってやつか。

 真夏ちゃんは集中力があるなぁ。店主ネタで盛り上がってたのに。


「じゃ入ってみましょ」

「はい」


 今日2軒目のナポリタンはトラットリアだ。本場イタリアにはナポリタンは無いというけど、トラットリアでナポリタンなんか出していいのだろうか?

 イタリア人に怒られない?

 まぁ、どうせイタリア人はここには来ないからいいか。


 だが、さすがトラットリア。

 マルゲリータ、クアトロフォルマッジ、ボスカイオラといったピザがある。

 ペペロンチーノ、ボロネーゼ、ペスカトーレといったパスタがある。

 他にもフォカッチャやブルスケッタとか真面目にイタリアンメニューの中に、なぜかナポリタンがある。

 なぜ? ここまで真面目にイタリアンなのに?


「ナポリタンってイタリアにないって知ってる?」

「そうなんですか? 名前がいかにもなのに?」

「うん、なんか横浜が発祥らしいよ」

「なんでヨコハーマとかじゃなくて、ナポリタンになったんでしょうね」

「なんでだろうね。こんど薀蓄大王の勝田さんに聞いてみるよ」

「どんなこと言うか楽しみ」

「私も」


 ここのナポリタンは、茹でた麺を一度寝かせるそうだ。そうすることでモチモチ感が高まると言う。

 いろんな手法があるんだねと、真夏ちゃんと感心しあった。

 実際食べると、確かにモチモチ。


「ふごい、モヒモヒしてる」


 食感に感動したのだろう。真夏ちゃんが食べた瞬間の感想を漏らす。


「確かに。歯に吸い付くようなモチモチ感っ」

「おいひいーです」

「ナポリタンってソフト麺を想像しちゃうけど全く別物だね」

「はひ」


 こりゃ大分気に入ったな。

 さっきの倍のペースでもっしゃもっしゃ食べてるよ。

 いっぱい食べる小さい子って、なんか見てるこっちが幸せになっちゃう。

 あー、先生もこういう気持ちだったんだなぁ。

 私がおいしい、おいしいって、うれしそうに食べるの見て、きっと胸の真ん中がぽかぽかしてたんだ。

 頬杖をついてニコニコしながら「梓ちゃん、おいしいかい」って言ってた先生を思い出したら、なんか嬉し涙が出てきたよ。

 ちょっと涙腺が緩んでほろほろしてたら、真夏ちゃんがどうしたの? なんて聞いてきた。


「ううん、なんでもない。嬉しいこと思い出しちゃったの」

「えー、なに~」

「うふふ、秘密」

「もう、教えてよ~」

「さって、私も食べよっと。次はパルメザンチーズをかけちゃう」

「私も!」


 チーズをかけて、麺となじませていたら麺に焼き目があるのを見つけた。

 そうか、それでこの味!


「ここのナポリタンは、フライパンで結構焼いちゃうみたいだね。ほらこの麺ちょっと焼き目がついてるよ」

「ホントだ。それでちょと香ばしい感じなんだ」

「そうね。それにお肉も多いから、その脂の味ものっててボリュームがある感じだし」

「チーズに合うかな?」

「食べてのお楽しみだね」


 良くパルメザンチーズと絡んだパスタを口に運ぶと、うーん香りは引き立つけど味がクドくなったような。

 これは私の感覚かな。真夏ちゃんはどうだろう?


「真夏ちゃんどう、ちょっと重くない?」

「そうですか? 私はちょうどいいかなって」


 そうか、ここらへんはもう好みの世界だなぁ。真夏ちゃん結構こってり系好きだもんな。


「真夏ちゃんの好きなお肉って、カルビとかロースだっけ」

「はい、ホントは太りそうでダメだと思ってるんですけど」

「微妙に好みだね。ここらへんってどう書くか、グルメ雑誌の編集って大変かもね」

「そうですね。好みって人それぞれですもんね」


 なんかプロっぽいこと言っちゃった。

 でもおいしいのは間違いないんだから、困ったときは「とにかくウマイ」とか書いておけばいいか。


 ここでもお互いに大口を開けてナポリタンを食べてるところを写真に収め、店の雰囲気も良かったのでお店の方に許可をもらって店内を撮影した。

 うん、いい調子だぞ。


 ここのお店は夜はライトを落として、テーブルのキャンドルに火を灯すそうだ。

「キャンドルの明かりは、男性はかっこよく女性はより美しく見せてくれるんですよ、ぜひ夜にも」

 だって。

 糸目で優男風のイケメン兄ちゃんが、耳元でささやく様に教えてくれた。

 私だけに言うのって、小学生がいるから気を使ったのかしら?

 まさか私を誘ってるとか?

 わたくし人妻ですわよ。なーんてね。


 でも、いいこと聞いちゃた。

 明らかに客寄せの文句だと分かりつつ、同じ説明で先生を誘っちゃおうっと。

 本格的なピザ窯で焼くピザも食べたいしね。さっきからマルゲリータの香りによだれが止まんないんだ。

 ナポリタンを食べたばっかりなんだけどさ。えへへ。



 駅と駅をつなぐ幹線道路沿いには暫くお店はなかったのだけど、隣の駅が近づくにつれて飲食以外の店も増えてきて、喫茶店なんかもちらほら見えてきた。

 そろそろナポリタンがある店が有りそうなので目を凝らしていたら、また先に真夏ちゃんがお店を発見!


「ありました! ここの2階の喫茶店にあるみたいですよ!」

「うう、今度は先に見つけようと思ったのに~」

「エヘヘ、私の勝ち~」


 勘がイイのか目がいいのか、あなたはカルタクイーンですか?


 狭い階段を上がり自動ドアを開けると、駅チカの喫茶店は客層も変わって何だか働く人の休憩所って感じ。

 店の中は分煙されていて女性の店員さんに「喫煙ですか禁煙ですか」なんて聞かれちゃった。

 わたしタバコ吸うように見えるかしら?

 もちろん禁煙ですよ。


 案内された二人掛けの小さなテーブルに無造作に置かれたメニューが一つ。

 それをパラパラとめくると、ナポリタンはランチメニューにしかない。どうやらココはもっぱらお昼に使われる店らしい。


「ランチしかないですね、どうしましょう」

「うーん、せっかく来たんだから単品で出来ないか店員さんに聞いてみるよ」


 あ、ちょうど店員さん来た。

 ここはお姉ちゃんとして、真夏ちゃんに大人の交渉力を見せてあげたい。


「すみません。ランチの時間じゃないですけど、ナポリタンだけって頼めますか?」

「単品ですか? えー、あの、少々お待ちください確認してまいります」


 若い女性の店員さんが踵を返し、メニューを胸に抱えて厨房に走ると、

「うわっ!」

 目の前に飛び込んできたのは店員さんの太もも。真夏ちゃんと顔を見合わせる。


「前からだとエプロンで見えなかったですけどナマ足ですね」

「ねー、キュロットだけど超ミニ!」

「ここの制服?」

「えー、違うでしょ。でも男の人が多そうな店だから何かあるかも」

「どういうこと?」

「だって結構かわいい子じゃない。店員さんがかわいくてエッチだったら男のお客さん増えると思わない」

「えー、なんかやらしい~」


 なんて、こそこそ話。


「お待たせしました。できるそうです。ナポリタンと他ご注文はお決まりですか」

「ナポリタン2つでお願いします」

「お飲み物は」


 ちょっと真夏ちゃんと顔を見合わせる。


「あ、いらないです。これだけで」

「食後のデザートは」


 また、真夏ちゃんと顔を見合わせる。

 出来ると言いながら、どうしてもランチにしたいらしい。


「大丈夫です。これだけで」

「はい、ご注文を繰り返させていただきます。ナポリタン2つ。以上ですね」

「はい」

「少々お待ちください」


 ボブヘアーのかわいい店員さんは、私達に少々逞しい太ももを見せつけて、また店の奥へ。

 バイトの子かな……店長好きそうだな。ああいうムチッっとした子。

 むっちりか……私はしてないけど。全然。

 全くしてなかったけど。たぶん。


「店員さんがアレだけど、フツーのお店だね」

「フツーのお店ですね」

「デザートなんて今まで聞かれなかったね」

「押してきますね」

「ね」


 色々なお店に入ると色々な特徴に出会えて面白い。接客スタイルも色々だ。

 こんなプチ情報も書いておこうね、なんて真夏ちゃんと話していたら、ナポリタンがあっというまに出てきた。

 余りの早さに、二人で声をそろえて「早っ!」と言っちゃった位。


 そしてお味は……私たちがふつーに想像するナポリタンでした。なんの変哲も驚きもない、よく言うとオーソドックス。悪く言うとパスタのトマトソース合え。

 うーん、これどうコメントしよう。

 真夏ちゃんヘルプ~。


「真夏ちゃん、コメントどうしよう」

「うーん、そうですね……スゴイ普通ですよね」

 真夏ちゃんは、はむっとフォークを噛みながら斜め上なんか見て、どう表現しようかと考えてるみたい。

 ・

 ・

 ・

 ・

 かあいい~。


 結局、真夏先生にして鋭いコメントは出なかったんだけど、母性本能をくすぐられる仕草を一秒でも長く見たくなった私は引き延ばし工作をするべくデザートも食べることにした。

 本当は、私のお腹が所望してるからですが。


「ねぇ、やっぱりデザートも食べちゃおうよ」

「へっ?」

「甘いモノは人を幸せにするんだよ」

「うん……そうだと思うけど」

「お姉ちゃんは今、ちょっと幸せを噛みしめたい気分なんだ」

「なんで?」


「すみませーん」

 手を挙げて遠くにいた店員さんを呼びつけつつ、メニューを真夏ちゃんに渡す。急いで選ばないと食べれなくなっちゃうぞ。


「すみません。デザートをお願いします。えーっと、私はティラミスで、真夏ちゃんはどうする?」

「え、え、ちょっと待って。えーっと。アマレッティを」

「じゃそれをお願いしまーす」


 太もも店員ちゃんはメモを書きながら「ありがとございます。少々お待ちください」とマニュアル的に私たちに頭を下げて厨房へ消えていった。


「アマレッティか~。なんかイメージ的には私がそれで、真夏ちゃんがティラミスだよね」

「すみませんっ、何も考えなくて。目にとまっちゃったものだから」

「ううん、気にしなくていいよ。好きなのアマレッティ」

「はい、前食べた時、ナッツみたいな味がしたのが衝撃的で、ココでみたら食べたくなっちゃいました。でも食べたのはそれっきりで」

「へー、よく味覚えてるね」

「うーん、わたし一度食べた味は忘れない方だから。でも覚えてるのは味だけですけど」

「私はたくさん食べるばっかりで、忘れちゃうよ」

「でも、スゴくおいしそうに食べるの、いいと思います!」

「ふふふ、ありがと」

 なんだろう、微妙な顔したけど。


 デザートがやってきた。

 ティラミス、意外においしい!

 ナポリタンがあの味なんだから、コンビニくらいの味かなと思ったら、あにはからんや! しっとりスポンジはシェリー酒の薫りも高く、エスプレッソのほろ苦さが後味をキュッと引き締めてておいしいじゃないか。


「ティラミス、おいしいよ真夏ちゃん」

「アマレッティも、サクサクです。おいしい!」


 両方とも味わいたいから、二つのデザートを半分ずつ分け合って食べる。


「ほんと!」


 また二人の声がハモった。


「なんだ、この店デザートの店だよ」

「そうですね、やっぱり食べてみないと分からないものですね」

「だね~」


 これか! 弥生さんが言ってた直感ってやつは。ついに私の胃袋の上のチャクラが開いたかも。

 それにしても明らかにサラリーマンの昼食処、しかもおっさんのたまり場と思ったら美味デザートの店だったとは、力の入れ所が違うのでは?

 もしかしてスイーツ男子のオアシスかも。


 それよりグルメマップに書くナポリタンのコメントどうしよう。とりあえずデザートが食べたくなるナポリタンとでも書いてやろうかしら。

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