ブラナポリ 1軒目
真夏ちゃんとお友達になってから、先生とのデートが減ってしまった。私の体は一つしかないからしょうがないんだけど、ちょっと寂しい。
「先生と日曜しかデートできない!」
その苦悶を先生に伝えたら、「でも梓とは土曜以外ずっといっしょじゃない」と期待と違う答えが返ってきた。
違うのよ! だって平日は仕事じゃない。一緒にいても病院では先生と看護師なんだよ。
「そう? 僕は梓と一緒にいれて嬉しいけど」
うがー! 先生~
気持ちが違う! だって先生は患者さんを見てるんだよ。私じゃなくて。
それにイチャイチできないでしょ、病院では。
一緒に居るだけじゃダメなの!
私の気持ちをどう伝えたらいいものかしら。
「だって、病院いるときって患者さんがいるんだよ。皆どこか痛かったり具合が悪かったりして……」
「ほにゃらら、ほにゃらら」
「ふにゃらら、ふにゃらら」
伝えたい気持ちが先走り過ぎて、日曜の貴重なデートの時間をひたすら永遠とこの話しに使ってしまった。
先生は、ずっとうんうん聞いてくれたけれど、さすがにちょっとイライラしてきたご様子。
「あっ、ごめんなさい! 私ばっかり」
私が自分の喋り過ぎに気付いて謝ったら、先生は表情を和らて私の気持ちに寄り添ってくれる。
「そんなに不満が溜まってたのに、気づかなくてごめんね。じゃ日曜はもっと一杯、二人でいようよ」
やっと分かってくれた~
先生大好き!
1時間以上も喋り続けたのに、ちゃんと私の話を聞いてくれる。その間にケーキを5個も食べたのに!
余りにうれしかったので、わざわざ席を立って先生の横に座り直して腕をぎゅっとした。
そしたら、先生が私の頭のなでなでしてくれる。
にへ~。
もうこれで満足です。来週もがんばるぞー!
「茜グルメマップ(仮)」が上がって来た!
これを元に私たちが地図にお店とコメントを書き込んで、全部できたら写植して刷り上げるのだ。
本格的ぃ~。
私と真夏ちゃんが実子ちゃんのところに地図を取りに行くと、「どんな地図ができるか楽しみにしてるよ。できたら一番に持ってきて」とさらっと言われてしまった。
真夏ちゃんは感謝たっぷりに「はいっ!」と大きな声で答えてるけど、相変わらず実子ちゃんの態度大きいわ。
こっちもタダでお願いしてるから何にも言えないけど、穢れがない天使ちゃんと、椅子に肩肘ついてる上から目線の悪魔との構図は、ジョルダーノの大天使ミカエルかと思しき。
だが、残念ながら私の力及ばず現在ミカエルの方が分が悪い。
真夏ちゃん、いつか実子ちゃんの弱点を握って、私たちの足元に膝まづかせてあげるからね。お姉ちゃん、ガンバル!
さて、出来立ての地図を手にほくほく顔で食べ歩きスタートだ。
「真夏ちゃん、じゃ『ぶらりナポリタンの旅』いくよ」
「はい、まず、どこに行きましょうか」
「うーん、私さ何度も言うけど、おいしい店を見つけるセンスないんだよね~」
「じゃ、えーと、そこの喫茶店から行きましょうよ。前、お父さんと来たときナポリタンがあった気がします」
「OK! 『喫茶木苺』さんね。ここチーズケーキおいしいよ。カラメールのケーキだから」
「カラメールってお姉ちゃんがバイトしてたところでしょ。嫌いじゃないけどイチゴショートはちょっと重いかなって」
「あー、私もそう思う。店長のこだわりなんだよ。トルテらしいトルテを俺の手で復活させるとか言ってたもん」
「トルテって?」
「ドイツのケーキの事かな? 私もよく分かんないけどね」
そうか、こういう豆知識も地図に書いたほうがいいかもね。真夏ちゃんの質問もメモっておこうっと。
『木苺』は、古典的な純喫茶でクラシック音楽がBGMで流れるような雰囲気重視のお店だ。
必然、お客様もおじさまが多い。
この街もご多分にもれず高齢化しているので、窓から中を伺うと今日も本を片手にコーヒーを楽しみにきたダンディなお客様で一杯だ。
ちなみに店長は雰囲気をすごく重視するので、ステテコで来ようものなら客でも追い出される。
一度、商店街でもそのような横柄な接客がいいのかと問題になったらしいけど、「店は、お客様もいれて全てが完成するのだから、人を中に入れる店ならお客様を選ぶのは権利だ」と言って全員を論破したそうだ。スゴイ。
そんなところに、か弱いレディ二人が入っていいのかしら。
恐る恐る無垢材の重々しい扉を開ける。
「いらっしゃ、よう梓ちゃん」
店主のおじさんがハスキーな声に似合わず、ちゃん付で私を呼ぶ。
綺麗にグルーミングしたごま塩の髭がもふもふ動くのがヨークシャーテリアみたいだ。
「どうも~、お久しぶりです」
「今日は先生と一緒じゃないのか?」
「ええ、今日は私の一番弟子の真夏ちゃんと来ました」
「一番弟子? 何の?」
「何のって……」
「お姉ちゃん?」
いきなり一番弟子なんて言っちゃったけど、大食いの弟子だって言っていいのかな。もしかして子供の頃の私みたいに気にしてるかもしれないし。
私は真夏ちゃんの耳元に口を寄せて、ちょっと確認することにした。
「ねぇ真夏ちゃん、真夏ちゃんが大食いだって言っちゃっていいの? 私うっかり一番弟子って言っちゃったけど」
「うーん、大食いってちょっと恥ずかしいんで、せめて食い友くらいで」
「そうだね」
危なかった、大切な友達の心にトラウマを作るところだったよ。
最近、わたし緩んでるなぁ。みんな私のコト普通に大食いだって認めてもらってるから、なんか自然なことになってたよ。
たぶん、それってココだけだよね。
実家に帰って手羽先200個くらい食べたら、翌日ニュースになっちゃうだろうな。
なんて、くだらない考え事をしてたら先に真夏ちゃんが、おじさんの質問に答えてくれた。
「お弟子さんって、私達、食い友なんです。これからこの街のグルメマップを作ろうと思って、まずその第1号店がここなんです。今日はあちこちのナポリタンを食べようと思ってるんですけど、おじさんのナポリタンの感想もグルメマップに書いてもいいですか!?」
おー、真夏ちゃん。私よりしっかりしてる。
雰囲気に負けない使命感が凄いぞ。
おじさんは、うーんと唸ったあと「いいよ。ただ俺は普通に作るがいいか」と前置きしてきた。
ここはタバコも厳禁だ。おいしいコーヒーと食事を楽しんでもらうのが目的だからタバコを吸うなど言語道断。
ましてや、取材のために特別に料理を作るなどプライドが許さんとのこと。
私達は、そのこだわりも書いていいですかと聞いてみたら、「是非書け、絶対書け」と念押しだ。
こだわりあるなぁ。
店は奥に長いウナギの寝床。タバコ臭くないから店の奥まで行けるんだけど、おじさまをかき分けて乙女二人がズイズイと奥に行くのは気が引けるので入口近辺にちょこんと陣取る。
「どんなナポリタンか楽しみだね」
「はい」
小声で真夏ちゃんとおしゃべり。
「真夏ちゃんは、ここでナポリタン食べたことあるの?」
「ないですけど、すごくいい香りだったんで一度食べたいなって思ってました」
「わたしも初めて」
「お姉ちゃん、食いしん坊だから、ここら辺のお店は制覇してるかと思ってました」
「あはは、食いしん坊ね。合ってるけど。そこまで極めてないよ」
ちょっと私も真夏ちゃんをいじっちゃおう。
「真夏ちゃんも、食いしん坊キャラだぞ」
「えへへ、そうなんです。何でも食べてみたくなっちゃうから、困っちゃう」
「だよね~。私も小さいころ、いっつもお腹グーグー鳴ってたもん」
「ですよね。この街って食べ物屋さんが一杯だから、学校帰りの誘惑が多くて……でも食べると太っちゃうからガマンです」
「あ、そうなんだ」
真夏ちゃんが、ん? って顔してる。
弥生さんと同じだ。私は食べても太らないけど、弥生さんはきっちり太るって言ってた。だから大食いは時々だって。
「もしかして、お姉ちゃんって食べても太らないとか!?」
「ごめん、わたし太らない体質なんだ。でも限度なく食べたら太るよ。うん、前に毎日10キロくらいご飯食べ続けたら、すごい太っちゃったことあったし」
「毎日10キロ!!」
あわわ、真夏ちゃん声が大きいって。
そんな席を立ってびっくりしなくても。みんな椅子の音に反応してるよ。
「ま、ま、ま、落ち着いて! 座って!」
真夏ちゃんの手を引っ張って座らせる。真夏ちゃんも急に大きな声を出してしまったことに気付いたらしく律儀にも辺りにお辞儀をしながらそっと椅子に腰かけ、そしてまた小さな声でのおしゃべりに戻った。
「なんですかそれ。そのうらやましい体質って。それに毎日10キロって、ちょっとあり得ないんですけど」
「だからごめんって。私のせいじゃないけど。太る苦しみ知ってるから、ほんと申し訳ないって思ってるって」
「別にお姉ちゃんを責めないけど、なんか神様って不公平~」
なんか二人に間に微妙な溝が~
「あの~、真夏ちゃ~ん」
「はい?」
う、微妙に声のトーンが低いんですけど……
「真夏ちゃんは、天使みたいでかわいいよ。肌が透明で綺麗だし睫毛が長くって、すごく美人さんの顔立ちだなって思うし。それに素直でキラキラしてるのって私大好きだよ」
「ホント?」
「うん、ホント。もうウチの子にしたいくらい」
それはホント。
おお! ご機嫌が上向き上昇中だ。へへって照れてる姿もまた、かーわいい。
「あ、ナポリタンが来たよ」
「あっ。ありがとうございます。おじさん」
「はいよ」
ヒゲもじゃ店主、子供にはやさしい顔をするなぁ。オジサマ相手には無愛想なのに。
「ありがとう、おじさん」
「おう」
あれ? 私には「おう」ですか? 笑顔も無いんですけど。ちっ。
「じゃ食べようよ」
「はい」
「まずはそのまま食べる。あ、その前に写真だ!」
私はバックからデジカメを取り出して、お皿の向きを変えたり、配置を変えたりして一番おいしそうに見える工夫をして数枚の写真を撮った。
一緒に嬉しそうにナポリタンを眺める真夏ちゃんも撮る。
そしたら真夏ちゃんが、私もお姉ちゃんを撮るというので、『私ったら、もう早く食べたくてたまりません』って表情を浮かべて撮られることにした。
どうせ見るのは私達だけだもんね。思い出に残る写真を撮ろっと。
「じゃ冷めないうちにどうぞ」
「はーい」
二人でフォークにくるくるパスタを巻きつけて、ぱくっ。
うん、うん、うん。
やっぱ、学校給食のナポリタンとは違うわ。麺のコシ。ケチャップソースのコク。うん。全然違う。
「お弁当の横にあるナポリタンと全然違う!」
真夏ちゃんも同じ感想だ。
「どんな感じ?」
「うーんと、しっとりしてるのに麺に弾力があって、口の中でブツブツ切れないの。でねピーマンの太さが麺とそろってるから、ナポリタンソースときれいに絡んで歯ごたえに違和感がなくて。ソースもケチャップのどぎつさがないというか、マイルドなのにコクがあるの。これきのこの味かな?」
えっ、う……コメントが……凄すぎ。
ちょっと真夏ちゃん、あなた何物?
お姉ちゃんの威厳が。
真の食いしん坊はあなただよ。
「お姉ちゃんは?」
そこまで全部コメント言って私に振るか! ハードル高っ!
「え、えーと。こ、これハムかな。ハムの味でてるよね」
「え!? ウインナーですよね」
「えっ! そ、そうだね。ウインナーね。うん。それとチーズの香りがいいよね」
「チーズはまだかけてないよ」
「あ、はっ。そうでした。あはは。ちょっと気持ちが先走っちゃって」
「? 粉チーズかけてみましょうよ。ケチャップ味もいいけど、深みが出そうな気がしません?」
「そーだね」
はぁはぁ、なに心臓バクバクしてんの私。
落ちつけー、落ちつけー。
考えてみたら、私の周りっていつもの年上の人ばかりだから、こういうパターンって初めてだ。
一瞬、真っ白になって目が泳いだよ。
年下だからって、何も気の利いたことをムリに言わなくてもいいんだ。私は私の思ったことを言えばいいんだ。
お姉さんぶるな私。
「大丈夫? お姉ちゃん? なんか変だよ」
「うん、変だった。だから今の忘れて、真夏ちゃん」
「はぁ……」
チーズをかけたナポリタンは、まぜまぜすると真夏ちゃんの言うとおり一層深みが増して味わい深い。
上からパラパラかけるだけだと、直チーズですって感じで味が分離してしまうから、よく混ぜた方がいい。
そういうところも、真夏ちゃんは鋭い観察眼で見抜いている。
恐るべき子供。コクトーか。
最後の2口くらいはタバスコをかけてみた。ナポリタンといったらタバスコだからね。
これは真夏ちゃんにはきつかったみたいで、目をバッテンにして辛い辛いと大さわぎ。
おじさんから水をもらって、立て続けに3杯も飲んではぁはぁいってる。
そんな真夏ちゃんもかわいいぞ。
お姉ちゃんはその姿をそっと写真に収めておいた。
後で見せてあげよーと。
最後にここのナポリタンの味を二人で言い合ってメモ帳に書いてお終い。
お店の入り口の写真を撮り忘れたので、レジでお金を払っている間に真夏ちゃんが外に出て写真を撮ってきた。
「おいしかったね」
「はい、なんか私のナポリタン像がいっぺんに変わっちゃいました」
「わたしも」
「あのヒゲもじゃのおじさんが作ってるって信じられないです」
「だよね、なんか骨付き肉とか丸ごと焼いてそうな人だもんね」
「ですよねー」
店を出た後、おじさんの過去を勝手に作って二人で盛り上がった。
あの店主は20歳のとき船乗りになって、一人アフリカ大陸に置き去りにされて、現地の食材を見つけながら生き延びた……とか。
仕舞にはネタに白鯨がはいってきちゃって、昼間の喫茶店は仮の姿。実は息子を殺した幻のマグロに復讐しにいくという設定になった。
そんなわきゃないって。
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