序章 弾丸餃子ツアーシメのひと品
店を出て、これで今日の餃子7軒ラリーは終わるかと思ったら、弥生さんが飲もうぜ! と言ってきた。
「みなさん、満腹中枢が壊れてますよ。自分のお腹みて下さいよ。そんなお腹で飲み屋に行く人なんて見たことないですよ」
「一番壊れてる人に言われたくないなぁ」
「それ、私ですか!?」
「そう!」
「私だって、もうお腹一杯で屈めないくらいなんですよ!!」
本当にそうだ、下っ腹から胸まで餃子でみっちり。
「でもそれはお腹が張ってるだけで、気持ち悪いわけじゃないだろ」
「ええまぁ、気持ち悪くはないですけど」
それを言われると確かにそう。
あれれ? ということ一杯一杯で食べられないんじゃなくて、気持ち悪いから食べられない人もいるってこと?
准さんに聞くと、俺は一杯じゃなくても気持ち悪くて食えなくなる時があるよと教えてくれた。
大食いにも二種類いるんだ。へー。ほー。なるほどー。
「ほら、梓ちゃんは生まれながら脳がおかしいんだよ」
「脳がおかしいっ!!」
ちょっと言い方を考えろ! まるで私が満腹バカみたいじゃないか。
「そ、梓ちゃんは満腹バカなのよ」
言った! その言葉を! 言ってはならぬ言葉を弥生さんが!
「そんなぁ~」
「いいじゃない。だから一杯食べれるんだし。ね、行こうよ!」
「イヤですからね。わたし行きませんからね」
「じゃ一人で寂しく帰んなよ。深夜バスのチケットは使えないから電車乗り継いで~」
「ううう~」
「まだ時間も早い。あと2時間はあるんだ。のんびりバーで語り合おうじゃないか」
「飲みませんからね!」
・・・・
飲んじゃいました。未成年なのに。
お腹一杯だからと言うと、勝田さんがクレマンとかマイヤーズとか少しのやつを飲めばいいんだよ、と教えてくれたのがよくなかった。
強いお酒だなとは思ったんだけど、まさか一発であんなに酔うとは思わなくて。
でも始めて体験するような陽気な香りがふわっと広がって、飲むとひゃーっ言っちゃうくらいビリビリするんだけど、それもまた新鮮で、うっかり一気に飲んでしまいました。
酔っぱらって記憶が飛んだ私は、出るにいいだけ出たお腹を弥生さんにこすり付けて、べたべべた全身を触りまくって甘えた挙句、准さんと勝田さんに説教してしまった。らしい。
「准さんは女ったらしです。ダメです。不謹慎です」
勝田さんには呼び捨てで「勝田! 薀蓄がうるさい!」と。
それを見て弥生さんは、いいぞいいぞとはやし立て、男性二人は「弥生よりひでーな」と言ってたそうだ。
私のイメージが……。慎ましい清廉なお嬢様で行きたいのに、あっさり崩壊。
もう飲んで記憶はなくさないと誓ったのに~。
それが私達四人のなれ初め。それから三人に気に入られて、いやいや言いながらも一緒に大食いの旅をしてあるいて、毎回私が大量に食べさせられ、梓ちゃんはまだまだ伸びるなぁと言われる次第だ。
自分でも10キロも食べる女の子ってどうなのと思うけど、いいんだ。
私には先生がいるもんね。
先生はいっぱい食べる子が好きだから。
私は食べるほど先生に愛されるのだ。
……と思う。
けど、さすがに食べすぎか。いいか太らなきゃ。
後日、勝田さんから郵便物が届いた。
~~~~
拝啓
茜ちゃん
先日は餃子おいしかったね。
キミとご飯を食べるのは最高に楽しいから、また行きましょう。
さて、お金は払うと言いましたが奢るとは言ってませんので、茜さんが食べた分を請求します。
といっても、かわいい茜ちゃんのために少しおまけしてあげます。
以下の口座に振り込んでおいてください。
よろしくお願いいたします。
敬具
勝田
銀行名:xxx
口座番号:xxxx
金額:25,000円也
~~~~
まじか! 請求書!
しかも餃子だけで2万5千円も食べるって、ほんと満腹バカだわ。私。
・・・・
「それって払ったんですか?」
「しょうがないわよ。おかげでバイト代がなくなっちゃった」
「大変でしたね」
「ええ、それから払うと驕るの言葉にはすっかり敏感よ」
「お姉ちゃん、おもしろーい」
「あいつらと関わるとロクなことがないのよね」
「でも楽しそうです」
「そお? 今度紹介してあげるね。真夏ちゃんは私の一番弟子だもんね」
「一番弟子?」
「そ、食い友」
「そうですね。食い友ですっ」
「ねえ、お姉ちゃん、私達もここら辺のお店の食べ比べしませんか。私、引っ越してきたばかりだから、どこのお店の何がおいしいかよく分かんないんです」
「私も何年もココに居るけど、意外にそう言うの分かんないな。いっつも先生に連れてってもらうから」
「先生も大食いなんですか」
「ううん? 先生は普通だよ。いやむしろ食べない方かな。でもおいしい店を一杯知ってるんだ」
「いいなぁー」
「でしょ、へへ、ステキな旦那様なんだ」
「お姉ちゃん照れてる」
「もう、からかわないでよ!」
「ね、私達のお店ガイドマップ作ろうよ、お姉ちゃん!」
「うん、作ろっか二人で」
「はい!」
そんな話をしたのが、暑さも盛りになる7月の初旬だった。
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