序章 弾丸餃子ツアー5~7軒目
「食べ続けて何時間ですか」
「もう4時間くらいかしら、16時近いし」
四人とも、お腹がひどいことになってる。私と弥生さんは頭から被るような服だからお腹の存在感が増して見えるだけだけど、准さんはTシャツが見苦しい。
お腹の下が見えると裸の大将みたいで、アタマの悪い子みたく見えるのだ。
「男の人ってお腹が出たらどうするんですか?」
「ベルト緩めるよ」
「そうじゃなくて、女の子の頭から被る服があるからベルトがなくてもいいけど、男の人はベルトがなかったらズボンが落ちちゃうじゃないですか」
「ああ、サスペンダーとかしてるよ。今日は違うけど」
そう言って准さんはTシャツをぺろんとめくると、ズボンのジッパーを開けたお腹を見せた。
いやん、パンツ見えてる。
「准ちゃん、そりゃないわ。あたしも引いたよ」
弥生さんが私の心を代弁してくれたよ。
「梓ちゃんから聞いてきたんだぜ!」
だれも見せろなんて言ってませんっ!
勝田さんはボタンのついたシャツだけど、ジャケットでお腹を上手に隠してる。やっぱり経営者は違うわ。シャツのボタンはバツパツだけど。
5軒目。
このお店は、今までのお店と全く違った。
全ての餃子の格が違う。
一つ箸にとり口に運ぶと「さくっ」という音。薄目の皮はパリッパリ。キャベツの量とひき肉の量も絶妙で計算された歯ごたえ。
そして、皮をプツっと破ると中から「じゅっわ」と濃厚な肉汁が口の中に弾ける。
その芳醇さったら、もう!
香りも大葉が入ってるためかニンニクばかりが前に出ず絶妙。私のボキャブラリーじゃ表現できない!
なんだこれは餃子か! 餃子ってこんなにこだわる食べ物か!?
「どう梓ちゃん、ここれは私の一押しよ」
「焼きがいいだろ、しっかり焼きなのに焦げてない。たぶん他の店より低めの温度だと思うけど、それなのにぱりっとしてるんだ」
「准さんも来たことあるんですか?」
「弥生が見つけてきて、俺たちを連れてきてくれたんだよ」
「ここは俺もうまいと思う。焼き餃子はナンバーワンだ」
「だから……、あたしはここでビール飲んじゃうよ!」
「え、純粋に味わうんじゃないの?」
「ウマいんだから、もっとうまく食べちゃうのよ」
「あんたらどうする?」
准さんは俺もう結構いっぱいだからいらないと。そうだよね、
この上ビールなんて気が狂ってるでしょ。お腹はアレだが頭は常識人だ。
勝田さんは今日は純粋に餃子をリスペクトしたいから遠慮しておくのだそうだ。餃子リスペクトって、餃子様も随分偉くなったものだ。
「梓ちゃんは?」
「私、ビールはちょっと……色々あって、それに未成年ですし」
「なんだ、梓ちゃんもカクテルとかそう言う女子っぽいのか。女子力~」
「いえ、日本酒の方が」
「きたー、攻めてきたよ!」
「いえ飲まないんですけど、もし飲むなら香りがスッキリしたお酒の方が好きかなって」
「スタート地点が吟醸酒だよ。こりゃエンゲル係数が高そうな子だわ」
「そんなぁ、私が燃費が悪いみたいな」
「悪い。悪いって。梓ちゃんを満足させてたら破産するよ」
「車だったら、マスタングかランボルギーニだな」
「何それ? 大体わたし毎日こんなに食べてませんよ」
食べてないと言いながら、ここの焼き餃子があまりにおいしくて焼き餃子だけで一人で6皿も食べちゃった。1個で2個分くらいの大きさがあるし一皿8個だから、ここだけで100個分くらい食べちゃったことに。
やばいなぁ。
「すげーなぁ、やっぱり」
「俺の1段上をいくよ。梓ちゃんは」
「でもさすがにきつくなってきました、ズッシリしてきてますもん」
「じゃ次ね」
6軒目。
ここで初めて揚げ餃子を頼んだ。
「みんな揚げ餃子って得意?」
弥生さんが聞く。
みんな大丈夫だけど揚げ物は結構胃に来るので、ここは少なめに注文することにした。
焼き餃子40、ニラ餃子40、揚げ餃子40、水餃子40、
それでも40個は食べろと言うことね。
ここは食べ物系サイトにも乗ってる有名店だけど、味は……
コメントは差し控えさせていただきます。
有名だから必ずしもおいしいと言うわけではないのね。
おいしいお店を探すって体当たりで大変なんだ。それを考えると先生の苦労が偲ばれた。ありがとう先生。
もしかして、私のために下見とか行ってたりして。だって今まで行った店に外れがなかったもんな。
そのくせ、わたしより先生の方が味音痴だし。
おくびにも出さないけど、けっこう頑張ってるのかも。
後で先生にありがとうメールしよう。
ついに最後のお店となった。
「今日の最後よ。みんなよく頑張った。ここで最後だから好きなだけ食べていいよ」
いやもう、十分食べました。
見てこのお腹。はちきれんばかりですって。
「じゃ、とりあえずメニューにある餃子は全部食べてみるか」
「ええっ!」
「すみません。焼き餃子40、エビ蒸餃子40、小龍包40、フカヒレ蒸餃子40、水餃子40、焼売40……」
「ちょっと勝田さん頼み過ぎですって! 准さんとか一杯いっぱいじゃないですか!」
「え、俺のお腹で頼んじゃったよ」
「弥生さんは?」
「さっき飲んじゃったからもうパンパン。見てみ」
「うわっ! もう信じられないお腹になってるし!」
「どんくらい食べれます?」
「わかんない。まぁ来たら食べるよ」
言ってるうちに240個の包みものがどんどん来るんだけど、二人は20個も食べないうちにダウン。
「あー、あたしもうお腹一杯。あと、梓ちゃん食べて」
「俺もー」
「何でですか! 私だって皆さんと同じだけ食べてるんですよ!」
「だって、俺、食細いもん」
「300個以上食べてる人が何言ってるんですか!」
やばっ、大声になっちゃった。店が一瞬静まりかえったよ。
「このメンバーでは、准が一番食わないな」
「……わかりました、この中で准さんの食が一番細いのは認めましょう。それと私が残りを食べるのと何の関係があるんですか!」
声のトーンを落として不満を伝えると、弥生さんはお腹をぽんぽん叩きながら、食べれるからに決まってるじゃん、と事も無げに言うではないか。
「食べれます。確かにまだ余裕ありますが」
「餃子嫌い?」
「好きですけど」
「じゃ、いいじゃない」
「自分の限度を超えて頼むのが間違ってて、さらにそれを人に食べさせるのが間違ってるんですって」
「だって頼んだの勝ちゃんだもん」
「だもんじゃないです。止めない皆さんは何なんですか!」
「今迄も何とかなってきたし、余したことなかったから今回も大丈夫でしょ」
ダメだ、通じない。
残りの餃子は、私と勝田さんで食べることに。
だが、出るわ出るわの餃子の行進。
二人の眼前に積み上がる皿を前に、雰囲気は大食い競争の様相を呈してきた。
・・・・
私は餃子。
さっきから私の全身が餃子になってるイメージがリフレインするんですけど。
もう何個食べたろう。一皿8個だから、もう104個。
さすがに苦しい。
「勝田さん、まだいけます?」
「もう限界だけど、茜ちゃんが食ってるから」
「梓です。何と張り合ってんですか」
「男の意地」
「……男の人ってバカですね」
「よく言った梓ちゃん! 私はそういう梓ちゃん好きよ」
「勝田さん、新人に負けんな!」
「でも私、何個食べたか数えてませんよ、残念ですけど勝敗は分かりません」
「梓ちゃんは、433個よ」
「俺は424個だ」
「何で!?」
「大食いの人は、そういうの数えるクセがあんのよ」
「へー、じゃ9個勝ってますよ。勝田さん」
「だから負けられない」
最後の一皿が来たので、私たちは猛烈な勢いでそれを食べて、結局わたしが436個、勝田さんが429個食べて私の勝ちになった。
あれ、いつの間に勝負になってたんだろう。
「ぷふー、もう限界です。もう入んない。もうムリ」
食べ過ぎて胃が張り裂けそうだ。
その前にワンピがはちきれそうだ。かなりゆるゆるのフレアボトムワンピのはずだったのに、お腹にぴったり張り付いてるし。
まさかこんなに食べるとは思わなかったから、隠すもの持ってこなかったよ~
「梓ちゃん、そりゃそうよ。あなた一人で10キロ以上の餃子を食べてるんだから」
そんなの大声で言わないでよ。店じゅうの視線が私に集まるじゃない。そしてお腹に。
うわわ、皆見ないでっ。
隠したくても隠せないよう。まるでワンピの下に風船でも入れたみたいになってるんだから。
「堂々とすればいいじゃん。あたしなんて皆に見られても平気だもんね。ほら」
どどんとお腹を見せつける弥生さんに、お客さんがおーと声を上げる。
「この子はあたしより100個多く食べてるからね」
店じゅうに言うな!
その声に、すげーと声があがる。
もう、酔っぱらってテンション上がっちゃってるんじゃない?
「ねぇ出ましょうよ。わたし恥ずかしいです」
「もう梓ちゃんはうぶだなぁ」
「うぶって言葉の使い方間違ってますよ~」
「はいはい」
恥ずかしから身を小さくして店を出いのだが、お腹がパンパンすぎて小さくなれない。
うう、屈むとアンコが出るー
屈めないからブーツも履けないし、背を丸めることもできない。
それを弥生さんに耳元で伝えると「もう、しょうがないなぁ」と言いながら弥生さんは私のブーツを取って横のジッパーを上げてくれた。
「梓ちゃんは食いしん坊なだぁ、そんなに食べる人いないよ」
「食べさせたのはあなた達です!!!」
「ほいほい食べたのは梓ちゃんよ」
「うう、そうですけど、だって出されたモノは全部食べるじゃないですか」
それを聞いて、准さんも勝田さんも笑ってた。俺達と同じ人種だって。
すみません。おっしゃる通りです。
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