序章 弾丸餃子ツアー3~4軒目
3件目は普通の中華料理店だ。倒福があちこちに張られた赤い柱が中国感を醸し出している。
ここは最初に羽根付き餃子を作った店らしい。それが本当かどうか知らないけれど元祖と自称するだけあって店構えは立派である。
この店での注文は、ちょっとオーバーペースだからと言う事で、餃子それぞれにつき50個となった。150個も食べればそりゃ飽きるだろう。これは総意として納得。
「あ、わたし角煮食べたい!」
「おれ、五目おこげ」
「じゃ俺もなんか頼もうかな」
え、食べ過ぎって言ったばかりじゃない。
その舌の根も乾かぬうちに、バカですか皆さん!
「み、皆さん。勘違いしてます! お腹いっぱいだから餃子を少なくしたのに別のを食べてどうするんですか!」
「だって、興味があるものあったら頼むじゃん」
「頼むじゃんじゃないですよ。自分のお腹と相談してください。皆さん煩悩に素直すぎます!」
「じゃ梓ちゃんは頼まないの?」
「……」
「なんか興味あるのない」
「……」
「食べたいものがあってもガマンするの?」
「……フカヒレかけご飯が……」
「ほら、食べたいんじゃん」
「素直じゃないなぁ。そうやって自己抑制して生きたってなんもイイことないんだって」
「人生は一度きり、ご飯は常に真剣勝負。美味いモノ食って勝ち越しで終われるかが勝負だ」
「そんな勝敗考えている人なんていません!」
「イヤいるぞ、ほら周りを見ろ。なんとなく納得してる空気になってるだろ」
私が周りを見ると、みんな一様に目を伏せるが、どうやらこんな所で昼から餃子を食べてる人達だ。ただならぬ食へのこだわりがあるらしい。勝田よく言ったっていう空気に満ちてる。
「……素直じゃない私が悪かったです。フカヒレかけご飯よろしくお願いします」
ちょっとふてくされて言う。
ここは餃子より他の料理がおいしかった。
特に弥生さんが頼んだ角煮が良かった。八角の香りがすーっと抜けて、味付けも濃すぎず、何より肉がいい。脂身がとろっとろ、赤身は噛むと肉の繊維が崩れる柔らかさ。
あんまりおいしかったので、もう一個頼んでしまった。
「いやー、うまかったね角煮」
「時々店の看板とは違うものがうまい所ってあるからさ、ピンときたときは頼んだ方がいいよ。そう言う直感って当たるからさ」
「そう言うもんですか」
「そう言うものよ。食べ物に愛されている人はね」
非論理的だ。
だが確かに弥生さんの直感は当たったんだけど。
4軒目。
「皆さん、お腹はどうですか」
「うーん、腹6分目くらいかな」
「あたしも。梓ちゃんは?」
「私はまだ半分もです。勝田さんもですか?」
「おれもまだ半分だな」
「ほら、もう折り返し地点なのに、まだ半分なんだよ。1400いけんじゃん」
ほらじゃない。前の店は50個にペースダウンしてるんだから結果論じゃない。それをあたかも計算してました的に言える度胸が私にも欲しいよ。
もしかして、就職したら皆そうなるのかな?
「ここはね、俺の勘だと小龍包が美味い」
「なんで?」
「看板に書いてる」
「それ勘じゃないですよ」
なんか楽しくなってきた。このメンバー。
面白い。年の差が10以上もあるのに、みんな子どもみたい。学生のノリってカンジ。
裏表もない人達だし、また一緒に来てもいいな。
店に入って入り口近くの席にちょんと座ると、何の躊躇もなく准さんが注文を頼む。もちろん小龍包も。理由は食べたいから。
餃子3種と小龍包を50個ずつ頼むと、店員さんが目を白黒させていた。
やっぱり皆、同じ反応をするよね。
それを見た弥生さんが、「私達この店の前に3軒寄ってきて四人で750個の餃子を食べてきたんですよ」と教えてあげたら店員さんは中国語で奇声をあげて驚いてた。
そうですよね。
それを厨房で話したのだろう、お玉や食材を手に持った料理人が続々と出てきて、これまた中国語で何か嬉しそうに私達に話しかけてくれる。
店員さんの通訳によると、「こんなにかわいい御嬢さん達が、そんなに食べるなんて信じられない。他の3軒に負けない料理を作るから何でも言ってくれ」と言ってるそうだ。
「じゃ一杯頼むから安くしてくれる?」と准さんが聞くとそれはダメだと。
中国の方は商売に辛いね。
ここは最初に出てきた小龍包が美味しかった。
でも上手に食べることができず四苦八苦してたら、勝田さんが蓮華に乗せて先に袋を破ればいいと教えてくれた。
そのまま噛り付くと肉汁がこぼれるか、口の中に飛び出てでヤケドしてしまうが、先に破いておけば肉汁までしっかり味わえるのだ。
勝田さんありがとう。
おいしい小龍包だったけど、私には中の具のごろっと感が気になった。
私の好みは、包の中の具材がほろほろになってる小龍包だ。そんなのに出会ったことないんだけど、どこかにあるといいな。
准さんが、この蒸だったら蒸し鶏もウマいいんじゃないかと言い始めたので、私たちは『蒸し鶏の四川ソース』と言うのも頼んでみることにした。
これは名のとおり蒸した鶏肉、ほぼ一匹に四川特有の麻辣ソースがかかってるものだ。
ソースをたっぷり含ませて薬味をのせて、ぱくっ。
鶏肉のぷるんとした歯ごたえと麻辣ソースが混ざり合った肉の風味。
あ、最初に鳥だけ食べるんだった。
急いでいま食べた鶏肉を飲み込み、水で口をリセットして鳥だけを食べてみる。
鶏肉は思いのほか良いものを使ってるらしく変な酸っぱさがない。
「どうですか、准さん。私はいい鶏肉だと思いますけど」
「うん、いい鳥肉だと思う。変な臭みもないし、ゴリゴリしたところもないし。水っぽくもないし」
「身がしまったいい肉だ」
「ね」
弥生さんもよい反応だ。
だったら北京ダックもいいんじゃない、なんて話になったが、ここは四川だから北京ダックは違うだろうとなってサイドメニューはこの鳥だけになった。
と思ったら、弥生さんがの我儘が炸裂して「桃のシャーベットを食べるー」と。
しょうがない人だ。いい大人なのに。
だが誘惑に負けてしまい。私も食べてしまった。
残念。
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