序章 弾丸餃子ツアー2軒目

 2軒目は、この店の隣だ。

 ライバル店らしく、同じ値段、同じメニューで張り合っている。

 店の名前もよく似てて、まるでパンダの名前みたい。上野動物園のパンダってリンリンとかランランとかミンミンとかそう言う名前でしょ。


 ここでも勝田さんは、何を血迷ったのか焼き餃子、蒸餃子、水餃子を100個ずつ注文した。

 さっきと同じように店がどよめく。


「勝田さん、私達もう75個も餃子食べてるんですよ。ちょっとペースを考えたほうが」

「大丈夫。時間をかけて食べるから、俺の予想では一人400個くらい食べるだろう」

「え……勝田さん、計算間違ってます。行くの7軒ですよね。なら55個くらいでは?」

「え? ちょっと電卓」


「勝ちゃん、大丈夫? あんた経営者でしょ?」

「え、経営者って社長さんなんですか?」

「そうだけど」

「だからみんなにタカられてるんですか!?」

「梓ちゃん、人聞きが悪いなぁ」

「そうよ、タカってないわよ。おごってもらってるんだから」

「違うだろ! 日本語が! 意思の問題なんだよ。俺が出したいと思わなかったらタカりだろ!」

「だって勝ちゃん、私が一杯食べるの嬉しそうに見てるから、てっきりおごりだと思って」

「何こんなときだけ、かわい子ぶってんだよ」

「ぶってないもん、かわいいもん。ごらぁ、そこ! 笑うな!」


 美女豹変。野太い声で准さんを怒鳴る弥生さん。なんて仲がいいんだろう。

 それより、既にオーバーペースですが大丈夫ですか皆さん。


「ここで100個頼むと、40個オーバーですけど」

「うん、へーき、へーき、もしダメだったら梓ちゃんが食べてくれるから」

「へ? なんで私が?」

「だってこの中で、勝田さんの次に食べるじゃん」

「それとこれとは別ですよ」

「大丈夫だって」


 何を根拠にこんなに自信があるんだろう。ヒトのお腹の話しなのに。でも、この表情に出るほどの自信が羨ましいよ。



 今度は水餃子から出てきた。

 透明度の高いスープにぽっかり頭を出した白い餃子の島。

 その餃子島が、ふわふわふわふわスープに踊る。

 なんてロマンチックで心おどる食べ物なんでしょう。


「梓ちゃん、見とれてるねー」

「はい、ここの餃子キレイですよね」

「ねー、作りが丁寧だよね。手作りだと思うけど皮の織り目も綺麗だしツヤツヤしてるもんね」

「ええ」

「このテラテラ感がまた食欲をそそるんだよな」

「ああ、うまそうだ」


 また四人が申し合わせたように、ぱくっと餃子に食らいつく。


「うわ、あちっ」

 中からぴゅっと熱々の肉汁が飛び出てきて、スープの中に溶けていく。その脂が浮いたスープもまたおいしそう。

 水餃子はたぶん脂みっちりなんだと思うけど、さっぱりしてて何かヘルシーな感じがする。

 いや多分、脂肪の塊なんだと思うけど。


「うん、こっちのほうが旨い」

「うん、確かに。さっきの店もおいしかったけど、水餃子はこっちの方が分があるわね」

「そうですね、具が濃厚ですね」

「となると蒸餃子が気になるな」


 だんだん私も美食倶楽部の一員にとりこまれてきたようだ。いっぱしのコメントを吐いちゃう。


 期待の蒸餃子も出てきたので、みんなでどれどれと言いながら醤油を付けづに食べる。

 もう覚えちゃったもんね。食べ方。


「どうです? 准さん」

「うん、ちょっと皮が厚いかも」

「私もそう思った」

「オレもだ」

「あ、私もです」

「同じ意見だね」


 勝田さんが語り出す。

「ここは水餃子に合わせて作ってるんだな。水餃子は破れてしまわないように皮が厚い方がいいんだろう。その皮で作ると蒸餃子にはもっさりした感じになる」

「はーい、そこまで勝ちゃん。梓ちゃんが引いちゃうから。あのね勝ちゃん、女の子は自慢げに語る男はキライなの。覚えておいてね」

「……そうかい、済まなかったな」


 あらら、拗ねちゃった。


「いえ、私はそんな風には思ってませんでしたよ。勝田さんの解説、勉強になります」

「梓ちゃん……心にも無いことを」

「このメンバーなら、思ったまま喋ってもいいんだよ。ご飯の前では平等だろ」

「そー言うこと」


 そんなこと言われても皆私より随分年上だし、連れてきてもらってる身でそんな好き放題できないし、なにより勝田さんのおごりだし。

 言えるわけないじゃないと思いつつ、場の空気で「はい」と言ってしまった。

 こう言うところで、さくさく本音で喋れる人っていいなぁといつも思う。

 絶対無理と思いながら、弥生さんみたいなあっけらかんとした表裏のない人に私は憧れる。琴音もそういうタイプだから、琴音は私にとっていつも眩しい親友なのだ。


 新しい餃子が来るたびに餃子批評を繰り出しながら、ここではさすがにご飯は控えめに2、3杯に抑えてちまちま食べて、それでも餃子は四人で300個を平らげた。

 大部お腹が出てきたぞ。まだ2軒目だと言うのに。


「あずさちゃん、お腹出てきたじゃん」


 なにを嬉しそうに言うんだ。この人は。


「弥生さんだって」

「うん出てきた。やっぱさ同じだけ食べると同じだけ出るよね。あのおっさんどもも腹でてるんだよ」


 そうですよね。言わなくても分かってます。

 ちらりと二人をみやる。


「おっさんかよ」

「へへー、私なんか梓ちゃんのお腹なでちゃう。お前らにはできないだろ~」


 弥生さんは、男性二人に当て付けるかように、ぴたっと私の背中にくっつくと、妊婦さんがお腹の赤ちゃんの存在でも確かめるように、優しくまるまると私のお腹をなで始めた。


「う、悔しいができん!」


 准さんが本当に悔しそうだ。


「ほら、横っ腹だってモミモミできちゃう」

「う、やめてくださいよ。くすぐったいっ」


 あひゃひゃ、もう止めて!

 体をくねらせて、くすぐったさを我慢するも……だめ、こちょこちょは弱いの!!


「やめろ! エロい、エロすぎる!」


 准さんが頭を抱えてのた打ち回ってる。

 いやっ、弥生さんいいがげん、その手を止めて!

 別にこちょこちょをガマンしてるだけで、エロい訳じゃないって!!

 ほら勝田さんなんか、そんなの全く興味ないって感じで地図とにらめっこしてるでしょ!


「勝ちゃんは、悩殺されないの?」


 だからって弥生さん、聞かなくていいのに!!


「うん、ああ。茜ちゃん、前屈みになると胸元が見えるよ」

「へっ?」

「俺の所からちょうど見えんだよ。そうやると胸の谷間が」


 くすぐったくて体をよじると、ちょうどワンピースの襟ぐりが開いて……


「やん!」

「うわー、准ちゃんよりエロいわ、このおやじは」

「ひどい誤解だな。確かに下着が見えたが、俺は准と違って見ようと思って見た訳じゃない」

「え、ブラも!」

「うわー! オレも見たかった!!」

「准さん!!」

「俺もそこに立ってればよかった!!」

「もう遅いわよ」


 こちょこちょはピタリと終了。勝田さんの横に駆け寄る准さんが首が落ちんばかり失意している。

 そんなにがっくりしなくても。准さん。もう二度と見せないけど。

 それより弥生さんだ。なんてコトしてくれるんだ。

 私は先生のモノなんなのに、これじゃ本当に弥生さんの玩具だよう~。


 でも『先生のモノって』なんか自分で言って、ちょっとイヤらしいと思っちゃった。

 いやでも、先生ならいくらでもOKなんだけど。

 そうだ! 今度こんな偶然を装って先生を悩殺しちゃおう。

 奮発してちょっと透けちゃうサテンレースの黒とか赤の下着で、前屈みで腕なんか寄せちゃって「先生~」とか。

 そしたら先生が「梓、今日の僕はどうかしてる。梓から目が離せないよ」とか言っちゃったりして、キャー!


「梓ちゃーん、何、でへーとしてるのかな?」

「あい? なんですか?」

「何かよからぬこと、考えてたでしょ」

「考えてませんよ全然、恥ずかしいかなって思っただけです」

「ふーん、そのエロ妄想の方がよほど恥ずかしいわねー」

「なんで! 分かるんですか!」

「ビンゴー! あっさりひっかかったー」

「弥生さん!!」


 うぐぐ、ずるい。ずる賢い!

 私がうっかり口を滑らせのを見て小躍りして喜んでる。本当に小躍りしてる人を見るのは初めてだ。


「お腹が一杯になったら、そっちの方に行くのは自然だよ。あ、勝ちゃん、その手の薀蓄はいらないから」


 言いそうになってた勝田さんがシュンとしてしまった。

 この人から蘊蓄を取ったら、きっと死んでしまうだろう。

 元気がないときは時々聞いてあげよう。私が元気な時だけだけど。



 四人で大騒ぎしながら、古びた商店街の中を歩き3軒目のお店を探す。

 こんなに餃子で有名な街なのに、シャッターが閉まった店が多いのが気になる。商店街の存続は何処の街でも課題なんだ。

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