序章 弾丸餃子ツアー1軒目
最初に勝田さん、凖さん、弥生さんの大食い三銃士に会ったのは、「C級グルメ祭り」通称Cグルのとき。
その時、強制的に弥生さんとラインで繋がってしまい、御飯に行きましょうと誘われたのがきっかけだった。
ちょうど私が真夏ちゃんをナンパしたのと同じ手管だったわけね。
最初は茜商店街でご飯を食べて、大食いの話じゃなくて普通に女の子っぽいおしゃべりをして、じゃ今度は一杯食べようねなんて別れ際に言われたんだけど、そしたら本当にメールが来て、それがなんと早朝に電車で某県まで行き、昼から餃子店をはしごして、夜は深夜バスで帰ってくるという『弾丸餃子ツアー』の企画だった。
みんな住んでる所がバラバラだから現地集合だったんだけど、さすが食べる事となるとこのメンバーの行動力は違う。
集合時間の11時ピッタリに全員集合。
私が着くと、「梓ちゃーん!」なんて弥生さんが大声で私を呼びながら全身で手を振ってるし。
みんなエネルギーの使い所が違うでしょ。
「よーし! みんな揃ったね。さぁ今日は食うぞ!!」
弥生さんがいきなり飛ばしてる。弥生さんってホント男勝りなんだよね。
言葉も『食う』だし、本当にオラオラって言うし。
「今日は1400個いくからね! 准ちゃん、地図渡すからナビ頼むわ」
「えー、お前が持ってきたんだからお前が案内しろよ」
「そういうのあたし苦手、地図見るの得意っしょ、男なんだから」
「おまえ、都合のいいときだけ性別出しやがるの」
「はいはい、ツベコベ言わない!」
「店が混む前に行くぞ、准」
「勝田さんもかよ」
え、ちょっと皆さんさらっと流したけど、1400のところのツッコミはナシですか?
四人しかいないんですけど、ここに。
一人350個も餃子食べる気? この人達。
もしかして、そこのくだり聞いてなかったのかな? ここは私が指摘した方がいいかも?
「あの今、1400個って言いました?」
「うん、言ったよ」
「皆さん聞いてました?」
「ああ、聞いたよ」
「何か問題でも?」
「1400個って、皆さんおかしいですよ。謙虚に自分のおかしさに気づきましょうよ」
「え、おかしくないよ。ちゃんと計算してるって。1軒で一人50個食べて7軒のお店に行ったら……合ってるよね。あたし計算間違ってる?」
「計算じゃなくて、考え方が間違ってるんですって」
「だって折角、ここまで来たんだもん。いろんな餃子を一杯食べたいじゃない」
「分かります。よーく分かりますが、モノには限度ってものがあるでしょ」
「いいじゃん、べつに10軒、20軒行くわけじゃないんだから」
「7軒でも、十分おかしいと気づかないんですか!?」
「だって、梓ちゃんだってはしごするでしょ。ご飯屋さんの」
「しますけど……」
「あたしらには普通の事だって」
『何をおっしゃるんですか? 私には分かりません』って顔しないでよ。まるで私がおかしいみたいじゃない!
「別に量を食うのが目的じゃない、これはただの目標だ」
勝田さん! ご飯に目標って。
「そうそう、意気込みってやつ」
准さん! ご飯に意気込みって。
みんなズレてるよ~
うーん、なんか騙されてる気がする。そんな腑に落ちない気持ちを抱きながら弥生さんが持ってきた餃子マップから、一番近い店を選んで暖簾をくぐる。
あー、1400に誰も疑問を抱かないまま店に入ってしまった……。
1軒目は、有名餃子専門店。
さすが餃子の街の餃子店。店内は全てが餃子に合わせて作られている。
テーブルには、タレ、ラー油、酢しか置いてないし、壁に貼られたメニューは実にシンプルで、「焼餃子」「蒸餃子」「水餃子」しかない。
この店で出している商品はこれだけなのか。これで商売はやっていけるのか。
この大胆な戦略を何でも売っちゃう我商店街に当てはめてみると、幾ばくかの不安を覚える。
ここの店長さん、餃子以外のご飯も食べれてるのかしら? 毎日売れ残りの餃子ごはんじゃなきゃいいけど。
だが客席を見ると、まだ昼だというのに店の奥までほぼ満席、こんなに餃子だけ食べたい人がいるのかと驚いた。昼から餃子だけだよ餃子だけ。
まぁ自分もその一人だけど。
そんな感動をしているのは私だけらしく、准さんが目敏く店の隅っこに居心地のよさそうなコーナーを見つけて席を取る。これがホントのコージーコーナー?
「勝田さんとか顔が売れてるから、知ってる人に会ったらイヤでしょ」
なるほど。それで隅っこなのね。
この三人は何度もテレビに出てるので知っている人は知っている。時にはサインを求められることもあるらしいし。
……サイン、書いてるのかな?
「サインくださいとか言われるんですか?」
「ああ、時々あるよ。べつに有名人でもないけど、書いて困ることもないから書いてるけどね」
「弥生さんも?」
「あたし? あたしは書かないよ。だってご飯を食べてる時は人類みな平等だもん」
「ん? なんか理由がよく分からないんですけど」
「梓ちゃんは生真面目だなぁ。俺そう言うところ好きだけどね」
「准ちゃん、なに堂々とナンパしてんのよ! 梓ちゃんは私のモノなんだからね!」
「え! 決まってるんですか!?」
「決めたのよ。私の永遠の食い友だってね」
「私、OKしましたっけ?」
「いいや、いま初めて言うからしてないよ」
なんて自由人なんだろう。と言うか何で私の周りには自由人が多いんだろう。これって私のせい? それともそう言う星のもとに生まれちゃったのかしら。
「もちろんOKだよね」
「え、は、はい」
「やったー!」
うっかり、はいと言ってしまったせいで私は弥生さんのモノになってしまった。
いや、だめでしょ。私、先生のモノになる予定なんだから!!
取り消し、取り消し!
でも何て言ったらいいの? 先約がありますから? アホか自ら自分をモノにしてどうする。
私には先生がいますから? まだそんなに親しくないのにいきなり恋バナ?
ちょっと引くなぁ。
そんな事を考えながら話をしてる間にも、勝田さんは店員さんを呼び出して餃子を頼み始めた。
「えー、焼き餃子100、蒸餃子100、水餃子100ね。それとご飯だけど、これ40杯分まとめて頼んだら安くならない?」
店がざわっとした!
わたしもえっと思った。
だって、さっき弥生さんが1軒あたり50個って言ってたのに、既にオーバーしてるじゃん。
お客さんも、「あそこすげーな」なんて言ってる。女の子が二人もいる席なのに75個も食べようとしてんだもん。そりゃそうだろう。
「弥生、飲む?」
「ううん? まだ飲まない。5軒目くらいでいこうかなって思ってるけど」
また、店がざわっとした!
「あいつら何軒行く気だよ」「餃子ハシゴするんじゃない」とか、それヒソヒソ話じゃなくて聞こえてるんですけど。
「あの、皆さん声が大きいと思います」
「え、声? そんなに大きい?」
「いえ、それほど大きくないんですが、なんと言うか店に対するインパクトが」
「ああ、そういうこと。別にいいじゃない。どうせ食べ始めたら目立っちゃうんだから」
「だからいいって事ではなくて~」
なんで分かってくれないのかしら。私はそんなに見られ慣れてないの!
それに、目立たない隅っこに来た意味ないよ。
餃子はすぐに出てきた。焼き餃子が10個。
たぶん厨房ではこの人数のお客さんをさばくために、注文を聞く前にどんどん餃子を生産してるのだろう。それだけ作ってもこの人数ならさばけちゃう訳だ。
さっきは食うや食わずみたいな想像をしてごめんなさい。店主さん。
「おー来ました来また、弾丸餃子ツアーの第1弾ですよ」
弥生が嬉しそうに手を擦りながらはしゃぐ。ごちそうの前ではホントにいい顔するなぁ。
勝田さんも准さんも喜色が湧き出ている。
この人達は食べるのが本当に好きなんだ。
「梓ちゃん、声が~とか言ってたくせに嬉しそうじゃん」
なんと私もその一人だったか。いやこれは皆さんの笑顔につられただけですと言い訳をしようと思ったが、どうせ梓ちゃんは食いしん坊だからなぁとか言われて反撃できないのは明らかだったので言うのはやめた。
ここは素直な気持ちを吐露しよう。
「はい、おいしそうですね。これ羽根付きですね」
「そうなのよ。ここが発祥の地だからね」
「焦げ目も綺麗で食欲をそそるなぁ」
「うん、香りもいいぞ」
「さて、鑑賞はお終い。食べますか!」
一斉に四人が箸を向ける。
タレをつけてっと……あれ三人ともそのまま食べちゃう??
「皆さん、お醤油とかつけないんですか?」
「うん、つけるけど。最初の一口はさ、純粋にどんな餃子か味わいたいじゃない」
「そうそう、まず素の味を知る!」
「肉の熟成やキャベツの鮮度なんかは、醤油をつけると分からなくなる。だから舌が鋭敏な最初のうちに味を確認しておく。その後、どの調味料がこの御馳走に一番合うか想像しながら食べるんだ。味覚を鍛えるとはそういう事だよ」
「はぁ~」
「気のない返事だなぁ」
「そこまで真剣に食べてなくても」
「真摯と言ってくれ」
自分はかなり食道楽だと思っていたけど、こういう人達を見ると自分の未熟を痛感する。
中学、高校の頃は先生のおかげで、年の割には随分おいしいものを食べさせてもらった。
私が居たのは地方都市だったけど、それはそれなりに街の一等オイシイお店というものがあり、例えば中華でもフカヒレならココ、餃子ならココといった具合に自分なりにおいしい店を覚えていた。
でもどう食べたら更においしいかなんて考えてなかった。
何でも極める道はあるものだ。
「肉汁がたっぷりね。でもちょっと臭みがある?」
「うーん、冷凍肉だからかなぁ」
「だがパリッとした皮とシャキシャキしたキャベツの食感が残るのはいいと思うぞ」
おー、分析してる。
「もう一個食べるか」
「うん」
また四人の箸がお皿に集まる。こんどはタレをつけたぞ。
「あーまぁ、このタレならピリッとしてるから気にならないか」
「でも、しょっぱいわよ」
また評価し始めたぞ。なんか面白い!
それをニコニコしながら見てたら、准さんが面白いかい? なんて聞いてきた。
私がはいと答えると、こうやって皆で食べると面白いだろ、味覚の違いを語り合ってさ、自分の中においしいモノが増えていくんだぜ。梓ちゃんも時々一緒に食べようよ、なんて次回のお誘いも頂いてしまった。
たしかに先生は『おいしいね』しか言わないから、食いしん坊仲間が欲しいというのは本音である。
でもこの人たちと一緒にいたら太るんじゃないかしら。
……まぁ大丈夫か。私はいくら食べても太らない体質だし。
「また、機会がありましたら」
「無理にでも作るから、また呼ぶよ~」
弥生さんには随分気に入られたものだ。
餃子はその後も休む間もなく出てきて、気づいたら私達はあっと言うまに3種75個の餃子を食べていた。
餃子だけだと口が飽きるのでご飯も食べながら、そのご飯も勝田さんの予想通り10杯くらい食べている。こんなペースで7軒も回れるのだろうか。
「さぁ次いくわよ! 次!」
弥生さんがお腹をバンバン叩きながら大声で席を立つ。
恥ずかしいよ! 弥生さん。
「支払いは勝ちゃんよろしくね」
「おい! またか!」
「それは男の責任でしょ。准ちゃんはいいよ、貧乏だから」
「うわ、ひでー。貧民扱いかよ。でも払わなくてもいいから良かった」
「あのー、私は」
「いいよ、勝ちゃんが払うんだから」
「後で絶対請求するからな!」
人差し指で弥生さんを指さしながら、左手でカードを出している。これは織り込み済みの芝居でしょうか?
店を出るとき、お客さんの視線が私達四人にくぎ付けになった。
堂々と歩く三人の後ろをオドオドとうつむき加減に歩く私は、手錠をかけられて留置所に放り込まれる容疑者のよう。
絵面的には食い逃げ犯か。
とほほ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます