梓さんよく食べます。 ゆずれない願い

浦字みーる

序章

 ウチの病院に大食いでが心配で診察に来た子を覚えてるだろうか。

 名前は、清瀬真夏きよせまなつちゃん。まだ小学生だけど子供の頃の私に匹敵する大食いの女の子だ。

 最近ココ引っ越してきたばかりで、茜商店街の外縁に住んでいる。


 真夏ちゃんは、ポニーテイルでまつ毛が長くて色白で、ちんまりしてて超かわいい。もう頬ずりしたくなっちゃうくらい。

 しかも、とっても素直で純粋で、私ったら初対面ですぐ好きになっちゃった。

 友達になりたい!

 だって、私と同じ大食いなんだもん。


 それは真夏ちゃんも同じだったみたいで、「実は私も大食いなんだよ」と教えてあげたら、「知ってます! あずぼんさんですよね! 私、会いたかったんです!」と食いつく様に言われてしまった。

 なるほど、それで診察が終わったのに私のことをチラチラ見てたのね。


 なんでもココに引っ越してきた時から、絶対、私が働いてる病院で診てもらおうと思っていたそうだ。

 思いっきり食べたいけど、食べてお腹がパンクしちゃったら怖いから、その前に診てもらいたかったんだって。

 うーん、似てるなぁ。私と。


 ん? 思いっきり食べる前に診てもらうって、ウチの病院は大食い界における『新弟子検査』みたいな役割ってこと? と言うことは私は相撲部屋の親方?

 まぁ、しこたま食べたらお腹は横綱級だし間違ってないか。


 しっかしテレビの影響って怖い。大食い番組で付けられたあだ名がこんなところまで浸透してるなんて。


「あら、ありがとう! 私も真夏ちゃんに会えて嬉しいわ。でも『あずぼん』っていうのはちょっと……」

「あずぼんさんじゃないんですか?」

「うーん、『あずぼん』ってあだ名、余り好きじゃなくて」

「ごめんなさい! テレビで言ってたから、そうなんだって」


 黒目がちな瞳をくりくりさせて、申し訳なさげに頭を下げてる。


「うん、気にしてないからいいよ」

「なんて呼んだらいいですか」


 かわいいなぁ。そのモジモジした躊躇いがちな聞き方。

 スカートの間に手なんかはさんじゃったりして。


「あずさでいいよ」

「でも年上のお姉さんを呼び捨てにできないし」

「ちょっと気が引けちゃう?」

「じゃ、お姉ちゃんでいいですか?」


 お姉ちゃん

 お姉ちゃん!

 お姉ちゃん!!

 なんて甘美な響きなんでしょう! 一度は呼ばれたかったお姉ちゃん。

 わたし一人っ子で妹が欲しかったんだけど、もし妹がいたら絶対お姉ちゃんって呼ばせようと思ってたんだ。

 そうか~妹がいたら、きっとこうなんだ。

 うわー、思ったよりインパクトある~。

 おっと顔。でれーとした顔してなかったよね。前髪を直すフリして確認しちゃったりして。


「うん、いいよ。私は真夏ちゃんでいい?」

「はい、お姉ちゃん!」


 うひゃ~、はい、お姉ちゃんって言った!

 ヤバい、ヤバすぎる。きゅんときた。

 真夏ちゃんもらいたい。ウチの子にしたい!

 先生は私がそわそわしてるのを見て、私に何が起こっているのか分かったのだろう。ニコニコしながら私の顔を見ている。

 先生、私の心を見ないでよ。恥ずかしいじゃない。


「ねぇ真夏ちゃん、また来てよ。今度は病院じゃなくて、一緒にご飯食べよ」

「いいんですか!?」

「もちろん! 大食いしても大丈夫って先生のお墨付きも貰ったしね」

「はい! じゃ、お母さんに話してまた来ます!」


 うう、笑顔が眩しい。いい顔するなぁ~。

 なんてかわいい子なんだ。こんな素直な子がいるなんて世の中捨てたもんじゃない。最近、心の汚い大人ばかり見てきたから、ちょー癒される~。


 近頃じゃ丁稚の桂木くんすら椎名とかに毒されて、すっかり純粋さを失ってるし。

 まぁしょうがないか、桂木くんも高校3年。あれもう大学だっけ?

 出会った頃の初々しさが懐かしいよ。


 真夏ちゃんが手を振って出て行った後、先生が「ずいぶん気に入ったみたいだね、梓」とからかうように言うので、ここははっきり「もう一発で好きになっちゃった。私あんな子が欲しい」と言っておいた。

 ついでに、私達も先生が元気なウチにねと釘も刺しておく。

 ちょっとストレートすぎたか?

 先生は努力するよと鼻を掻きながらテレて答えてくれた。

 努力か~。



 その後、真夏ちゃんとは週1から隔週で、お昼ご飯を食べに行くようになった。

 真夏ちゃんとお昼デートっ!

 土曜日なら病院は午前だけなので、すこし早めに上がると丁度いい時間帯だ。でも小学生だから、そんなに遠くには連れて行けないのが残念なんだけどねー。


 そう考えると、中学生の私を電車やタクシーに乗せて遠くのおいしい料理店に連れていった先生は、勇気があるのか非常識なのか一体どっちなんだと思えちゃう。

 私は先生といる時間を伸ばそうと必死だったから、何だかんだと理由をつけては遠くの店に行きたがったのだけど、連れて行く先生の心境はどのようなものだったのだろう。後で聞いてみようっと。


 ご近所のお店と言っても、ここはC級グルメで有名な商店街だから、ご飯屋さんはとても多い。

 駅から駅までの間にある飲食店は、ゆうに100軒は超えるんじゃないかな?

 お店は真夏ちゃんの希望を聞いて決めるんだけど、自分も何処にどんなお店があるのか分からないから、街を散歩しながら『いいかも!』ってお店を見つけたら、ふらっと入っちゃう。

 このぶらり感がまた楽しい。


 散歩では、色んなおしゃべりをする。

 学校のこと、家族のこと、好きな食べ物のこと、好きな男の子の事とかも。

 真夏ちゃんは私の新婚生活が凄く気になるらしく、さすが女の子だ根掘り葉掘り聞いてくる。

 私も聞かれるのが嬉しいからつい話しちゃう。

 でも、とりあえず話したことは全部先生には内緒にしといてねと言ってある。

 先生は優しいしカッコいいけど、ちょっとプライドの高いところがあるから、歯磨きしながら謎の腰痛体操をしているとか、意外に甘えん坊で寝るときは私と手をつないでいるとか知られたら、きっと怒るに違いない。


 あと多いのが、私の大食い歴に関する事。

 何で大食いになっちゃったのかとか、どのくらい食べるのかとか、今まで打ち立ててきた……いや打ち立ててしまった記録とか、そんな武勇伝が大好きだ。

 この前は例の大食い番組、これで真夏ちゃんは私の事を知ったんだけど、その事を聞かれた。


「お姉ちゃん、アレすごい感動した! 凄かった! カッコよかった! 私もああなりたいと思ったの!」

「あははは、ありがとう。真夏ちゃん!」


 いや~まいったなぁ。そんなにカッコよかったかなぁ~。えへへへ~。

 こんなかわいい子に見初められるなんて、恥ずかしかったけど出て良かったよ、大食い番組。


「お姉ちゃんは、大食いの有名な人ともお友達なんですよね」

「うん、まぁ有名か分かんないけど、何人かいるよ」

「お姉ちゃんが出たテレビに勝田さんとか映ってたもん」

「勝田さんのこと知ってるんだ」

「だって、すごい人だって有名だよ」


 へー、勝田さん有名なんだ。

 大食い界だけだけど。


「面白い人だよ。隙あらば薀蓄を語るウザイ人だけど」

「どんな人なの?」


 いろいろ聞かれるので、私は例の三人との馴れ初めを話すことにした。

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