第34話 リザルト
『――おはようございます。おはようございます。こちらは"転生救済システム"実務担当ロボット:リンカネくんver1.03。不幸な死を迎えた人間を異世界へと転生させる業務を神から仰せつかっておりますロボットです』
「…………」
見るからに質のいい絨毯、その上に楕円形の大きな円卓、取り囲むように革張りの椅子。会議室のようなその部屋に、蓮川創は呆然と立っていた。
目の前にはチープな造形のロボット。白い液晶テレビにキャタピラをつけて、あとは長い腕を二本生やしただけ――そんな姿を堂々とさらして神の使いを名乗るというのは、少々信じがたいものがあった。
けれど、殺された記憶がある以上、ここがあの世であることは間違いない。
いつか自分は殺されるんじゃないか――とは、泥藤の標的にされていたころ、毎日のように考えた。でも、まさか本当に殺されるとは思わない。
たまたま夜中コンビニで出くわしたその場で殺されるなんて、思わない。
蚊でも払うように、ゴミのように、当然のように――泥藤は、殺した。
僕の人生というのは、いったい何のためにあったのだろう?
泥藤に痛めつけられるだけ痛めつけられて、ひたすら理不尽な目に遭って、その揺り戻しもないうちから十八そこらでまた泥藤に殺される。
一から十まで泥藤の手の上か?
こんな人生に何の意味が、何の価値があった? ――ない。
自分は死んだのだと、改めて記憶を探って思い出して――けれど蓮川は我がことながら、その死が特別悲しいことのようには思えなかった。
いっそ死んでよかったのかもしれないとすら思った。
自分などはまず生まれてきてしまったのが間違いだったのかもしれないと。
『"転生救済システム"においては、対象者の生前の境遇、ならびに本人の希望を加味して転生先を決定することになっておりますが……』
キャタピラ音とともににじり寄ってきたリンカネくんのディスプレイにはアンケート用紙のような画面が表示されていて、【その他希望など】という入力欄があった。
ひどくポンコツ臭の漂うロボットだなと眉をひそめて、しかし一応「これから自分は生まれ変わるらしい」という話の大筋は理解した。なにせ殺された記憶があるのだから、非現実的な出来事を受け入れる準備はとっくに済んでいる。
蓮川は、しばらく考えた。
「蟻とかになりたいですね。小さい、どうでもいいやつ」
『その心は?』
「その心はって」それがロボットの返事かよ、とやや苦笑して。
「……僕には、そのくらいが似合いかなあ、って」
投げやりな気分になっていた。
虐げられるばかりの日々、何の価値も意味もない人生――どこかそのへんの雑草にでもなるのが僕には似合いなのだと、そんなことすら考えた。しかしいくらなんでも雑草はない。じゃあどうしよう、猫にでもなって一生日向ぼっこでもしているか―― 猫も、僕には高級すぎるか。
蓮川は自分の死を嘆き悲しみ取り乱すことはしなかったけれど、それは決して、彼が冷静さを保っていたという話ではなく――ただ、卑屈になっているだけだった。
それでも要望は要望である。
さすがにそのまんま蟻にする判断をリンカネくんは下さなかったが、しかし「どうでもいいやつ」「そのくらいが似合い」といった端々のワードチョイスを目ざとく拾い上げた実務担当は――
蓮川創を、『スライム』として異世界へ転生させた。
さて――
現世、異世界、そして天国。それぞれの世界を流れる時間は、三つとも同じに統一されている。現世が一月一日なら異世界も一月一日だし、現世が午前十時なら天国だって午前十時である(なお、十時だと神はだいたい寝ている)。
時間は、三つの世界を同じように流れる。
それがなぜかというのは単純な話で、全部同じほうがわかりやすいだろうと神が決めたからだ。世界ごとに時差なんか作ったらめんどくさいという単純な思考。
ただし、これは「初期設定がそうなっている」程度の話で、そして時計というのはズレるもの。逐一、調整が必要なもの。
今まで一度もなかったとか、そういうわけでは決してないのだ。
『三世界の時計がそれぞれ違う時刻を指している』――という事態は。
そうした事情を念頭に置いた上で――
『四月十二日』のリンカネくんの業務記録は、
上記の『蓮川→スライム』の一回だけで終わりだった。
が、
リンカネくんの業務が「現世の人間を異世界に転生させる」であることを思えば、
彼が、ログに記録する死亡時刻として『現世時間』を採用していたのは――
当然と言えば、当然の話。
* * *
異世界および天国時間で四月十三日、
現世時間では変わらず『四月十二日』。
『――おはようございます。おはようございます。こちらは"転生救済システム"実務担当ロボット:リンカネくんver1.03。不幸な死を迎えた人間を異世界へと転生させる業務を神から仰せつかっておりますロボットです』
「…………」
ふたりめの蓮川創が、会議室に現れた。
リンカネくんはロボットなので、無論その程度では動揺しない。『蓮川創』という名前の後ろに『(2)』と付け足して、それで処理した。
そう、なにせ彼はロボット。どこまでも無感動に、事務的に、与えられたタスクをこなそうとする彼は――
『"転生救済システム"においては、対象者の生前の境遇、ならびに本人の希望を加味して転生先を決定することになっておりますが……』
「……ムカつく」
目の前の蓮川が、昨日の蓮川と違うことを言ったとしても。
なんら動じることなく、自らの職務をまっとうしようとする。
『その心は』
「……なんか、どいつもこいつも……ムカついた」
自分が死んだという事実を、最初の蓮川はさらりと受け流した。しかしこの蓮川にとって、その事実はまるきり逆方向に働く。
この蓮川は最初の蓮川よりもいくらか無残な殺し方をされていて、加えて、泥藤の語る価値うんぬんについての演説も聞いていた。ゆえに。
自分は、どうしてこんな不幸な星の元に生まれついてしまったのか、と。
深く深く絶望すると同時に――
憎しみを募らせてもいた。
それは泥藤への恨みでもあれば、見ているだけで助けようとしなかった紅本への怒りでもあり、そして火がついた導火線は過去へと遡る。泥藤の蛮行を目撃しながら、誰も止めに入ろうとはしなかった、見て見ぬふりを決め込んだクラスメイト――
殺してやりたいとすら思うほど、攻撃的になっていた。
そういう、内心の微妙なニュアンスを、リンカネくんは誠実に汲み取った。
言葉、声色の端々からにじむ蓮川の攻撃性から、彼は――
この蓮川を、『魔法剣』という武器に生まれ変わらせた。
* * *
『"転生救済システム"においては、対象者の生前の境遇、ならびに本人の希望を加味して転生先を決定することになっておりますが……』
「…………」
四月十二日(十四日)にやってきた『蓮川創(3)』についても、リンカネくんは粛々と処理した。
蓮川(3)は、なにか思いつめたような、現世に心残りがあるような――そんな暗い影を落とした表情を、ぴくりとも動かさない。
しばらくして、ぽつりと一言。
「……結局、僕は、弱かった」
自分の死について、思うところはない。でも、
あの後、あの人はどうなったのか。
それだけが蓮川の気がかりだった。
かなり挙動不審な人だったし、結局何がしたかったのかはわからない。
バイト先の常連だから、いつも暗いのを見て心配になった。そんなふうに言ってはいたが、これだって信用できたものじゃない。そんな理由で赤の他人を自宅に上げる人間がいるものか――
それでも蓮川は、話してみて少なくとも悪人ではないと思ったし、
なにより、たとえ建前であったとしても――
自分を気遣ってくれる人間が、この世にいたのだという事実に。
少なからず、感動を覚えていた。
過去の痛みに膝を抱えて引きこもっているだけだった毎日に、
落雷のごとく訪れた非日常。
たった一日の接触ではあるが、その一日は蓮川の中にたしかな根を下ろしていて、だからこそ心残りだった。あの後、あの人も殺されてしまったのだろうかと考えると、胸の内に苦いものが広がった。
「僕が、もっと……もっと、大きくて、強い……そんな存在だったら、って」
自分がもう少し持ちこたえていれば、逃がすことくらいはできたかもしれない。
そう考えて思い至った。
泥藤にやられっぱなしでいたのは、ただただ自分が弱かったからだ。
自分がもっと強ければ、泥藤なんか一発でぶっ飛ばして、それで根来だって助けられたはずなのだ――
もちろん、リンカネくんは蓮川の過去に関するデータを持っている。
蓮川がどんな経験をしてきたか、ちゃんと知っている。
その経験と、目の前の蓮川の言葉を総合して、彼は――
三人目の蓮川を、巨大な『ドラゴン』へと転生させた。
なお、蓮川が紅本を気にかける理由にはもうひとつ、『女っ気などまったくない高校生活を送ってきた蓮川にとって、ひとり暮らしの女子大生の家に上がり込むというのは大変刺激的なイベントであったし、いろいろと期待してしまうこともあった』というのがあるのだが、この若い情動は「汚い部屋だけど」と言われて上がった先が本当に汚い部屋だった時点で霧散してしまったため、この場ではカウントされていない。
* * *
四回目の四月十二日、つまり四月十五日。
その日やってきたイレギュラーが、リンカネくんの演算にノイズを生じさせた。
「……あー、そっか。まじで、俺、死んだか……」
『転生候補者:泥藤省吾』
「ん、なに?」
『あなたの人生は――不幸なものでしたか?』
「え」
『あなたは――こんな世界には、生まれてこないほうがよかったと。そう、最期に考えたことが、ありますか?』
『四月十二日、リストからひとり転生者が出るだろう』という報告は、あった。
が、ミスフォーちゃんの管理する転生候補者リストに、泥藤省吾という名はない。にもかかわらずこの会議室を訪れた泥藤という男に、リンカネくんは確認を取った。
この男が、転生者の資格をきちんと備えているかどうか。
「あるよ。いっそそっちのほうが楽だったかもしれねえなって」
条件、クリア。
リンカネくんは淡々と次のステップに移る。
『"転生救済システム"においては、対象者の生前の境遇、ならびに本人の希望を加味して転生先を決定することになっておりますが……』
「死んだかあ。死んだか。……え? あいつに殺されたんだよな?」
しかし泥藤は自分の世界に埋没してしまっている。
実のところ泥藤も、自分の死を比較的ドライに受け止めていた。価値のない人間は死なねばならない、その思想に照らし合わせれば――まず死ぬべきなのは、親からの期待に応えられなかった自分。
死ぬこと自体に異論はなかった。
「……しかも、蓮川も殺れてねえし……」
が、それが殺人となると、我慢ならないところがあった。
誰とも知らないあの女が俺を殺した。となると、あの女のほうが俺より上か?
いや、違う。
価値のない人間は死ぬべきで、
そして俺が死んで、蓮川はまだ生きてる。
つまり――蓮川のほうが、上だと?
あのカスが?
ありえない。
それだけは認められなかった。
『何か、転生先に希望など、ありましたら』
「あ? ……っていうか、いや、生まれ変わんのはわかったけどさ、さっきから何、異世界って。異世界って何?」
『何、と言われましても』
「剣とか魔法とかの世界みたいなもんだと思っていいの? 勇者と魔王みたいな?」
『その理解で、支障ないかと』
「で、何に生まれ変わるか選ばしてくれるってこと」
『その通り』
「じゃ、それにしよう」
『それとは?』
「魔王。魔王にしてくれ。世界征服余裕できるくらいのやつ」
何のことはない、泥藤は現世での最終スコアに納得がいかなかった。
だから異世界でも同じことをしようとして、そしてリンカネくんはそれを通した。
善悪の判断は彼の仕事でない。誰であろうと
これはそれだけの話であって、そこにエラーの介在する余地はない。
* * *
そんなリンカネくんが大打撃を受けたのは、
五回目の四月十二日、『蓮川創(4)』を転生させようとしたそのときだった。
* * *
そしてとどめを刺されたのが六回目。
「そう、だった。……死のうと、したんだ……」
五回目に発生した深刻なエラーに煙を噴きながら、しかしリンカネくんは新たにやってきた六人目の転生者の応対にあたっていた。
転生候補者リストの照合、転生先の希望確認、そういった業務をこなすべく、紅本都と向き合ったリンカネくんは――
そこで一度動作を停止した。
この人間はまだ死んでいない。
半死半生、いや九死一生。九割九分九厘死んでいる。実際、ここに来ているということは魂が肉体から抜けたということだ。
あと一秒、いや0.1秒、いや、あと0.001秒もすれば完全に死んでしまうような、そんな弱弱しさ。普通なら、今すぐにでも死ぬはずだ。
けれどまだ死んでいない。死ぬ気配すらない。
まるで、死の直前で時間を止めているかのように。
『エラー』
「え、えっ?」
リンカネくんはディスプレイを赤く点滅させながら警報を鳴らした。びくりと身を震わせた紅本は、どうすればいいのかと周りを見回して、誰もいないので仕方なく、おずおずと点滅するリンカネくんに近寄る。
画面に映る映像はなにやらせわしなく切り替わっている。
洪水のように文字が流れ――
すでにシステムの大部分にガタが来ていたリンカネくんは、そのとき、
本来なら普通の転生者に見せることはない画面を、表示してしまった。
それはつまり何だったのかというと、
――――――――――――――――――――――――――――――
【転生ログ@リンカネくんver1.03】
転生先 転生者名 転生時刻
1. スライム / 蓮川 創 2017/04/12 3:22:51
2. 魔法剣 / 蓮川 創 2017/04/12 3:22:51
3. ドラゴン / 蓮川 創 2017/04/12 3:22:51
4. 魔王 / 泥藤 省吾 2017/04/12 3:22:51
5. ---- / 蓮川 創 【ERROR】2017/04/12 3:22:51
――――――――――――――――――――――――――――――
転生直後、寝起きのように頭がぼんやりとしていた紅本に、
この上なくはっきりとした形で突きつけられた――
彼女の、罪の証。
これだけの人間を死なせたのだと視覚から直に叩きこまれた彼女は、
床に崩れ落ちると悲鳴を上げ、そして、煙のようにその場から消えた。
ややあって、度重なるエラーに限界を迎えたリンカネくんが爆発。
何事かと神が駆け付けるまでの間、会議室は無人となった。
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