第26話 コード:カイロス
何もかもがおかしい。
魔王は僕を蓮川と呼んだ。でも、蓮川は白竜に転生したはずだ。
というか、蓮川の転生先がなんであれ――
それは僕も同じで、僕にも泥藤に殺された記憶がある。
それなのに――
「探せばよかったわけだよ、最初っから。コード集めて世界越えるとか面倒なことしねえでもさあ……」
泥藤は、
魔王は開いた手のひらから炎の球を出現させた。どんどん膨れ上がっていくそれはプロメテウスで見た
で、
「こっちに来てたおまえをよぉ! 探して殺せばよかったわけだろ!?」
落ちてくるこの黒い太陽に僕はどう対処すればいい!?
隣のサレスが決死の覚悟で杖を握っているのが見えるがどう見てもそれで防げるようには――
「――:ロータス!」
突如として空中に大きな蓮の花が花開き、それが黒炎を受け止めた。
が、受け止めたにもかかわらずその陰に隠れた僕らを襲うこの圧力!
蓮に弾かれて蓮の表面を流れ落ちていった炎が広場を焼き、その様を視界に焼き付けながら僕はひっくり返った。ごろごろと後ろに転がって、冷たい竜の死体に叩きつけられる。
それでも命だけは助かった。
が、
この
「……おちおち寝てもらんないよなあ。せっかちなカスが相手だと」
血をにじませた包帯を裸の上半身に巻いただけの姿で、
刀を杖になんとか立っているだけの痛々しい姿で、
しかしそれでも僕らをかばうように前に出ている彼は――
母と妹を亡くした王子――ユースは、魔王をしっかりと見据えていた。
なにか言いたげに口を動かして、それが言葉にならず泣きそうな顔をしている――
そんな隣のサレスへ一瞬だけ視線をやってユースは言った。
「勝手に出てくんじゃねーよ剣まで持って。早く行け」
「……無理」
「なんとかするよ」
「無茶」
「なんとかするよってかなんとかしねえと終わるんだよ全部。行けよいいから」
めきめきと妙な音がするからこんなときに何かと思ったら、
サレスが握りしめている杖の握ったところから木屑が散っていた。
なにが彼女の握力をそんなにもブーストしているのか――
そんなことに興味はないといった調子で、魔王はどうでもよさそうに言う。
「いたのか。久々」
「おう。久々」
「でも順番変わったんだよな。今はどうでもいいんだよおまえ。消えてくれ」
「嫌だな」
「そっか」
さっきより小さなバスケットボール大の火球がみっつほど飛んできて、
そのすべてをユースが切り飛ばした。
「行け」
今度のユースはサレスのことを見もしなかったし、
それに答えるかのように、魔法使いも黙って杖で地を突いた。
僕とサレスと、ふたりの足元に青い魔法陣が広がり、
一瞬の浮遊感とともに視界が暗転して――
硬い石の床に放り出された僕は、そこがもう何度も訪れたサレスとユースの隠れ家であることに気づく。
腰を打って悶絶している僕とは打って変わって、サレスは部屋に転がり込んで早々すっくと立ち上がると早足に歩き出し、壁やら床やらに書いてある様々な色の魔法陣に触れて回る。
「え、えっと、あの……」
これはどういう状況かという僕の問いは――
突然サレスが石の壁を力いっぱい殴ったせいで遮られた。
「責任、感じるのも、背負いこむのも、勝手にすればいい。けれど……」
「あ……の、……」
「それを見た、周囲の人間が。どう思うかまで気が回らない!」
短い付き合いではあるものの。
こんなに激した様子の彼女を初めて見た。擦りむいた拳から血がにじむどころか、噛み締めた唇からも血が零れ落ちそうになっていて、泣くように肩を震わせている。
当然口など挟めるわけがない。
サレスが一度深呼吸をして、それから落ち着いた静かな声を出すまで、僕の硬直は解けなかった。
「……あなたに賭けるしかない。ビクテム」
「え」
「あなたの身体からは、プライマル・コードの……"コード:カイロス"のにおいが色濃く漂っている。それに賭けるしかない」
「こ、コードっていうと」
「
ほとんど忘れかけていた
『六つ集めると神の力を手にできる』のが勝手な後付けに過ぎなくても、
六つの魔法が
そして、
僕の身体からその
いまさらのように思い出した。
「コード:カイロスは究極の魔法。六分割された神の権能の中でもっとも強い力を持つ、神が神である所以、究極のちゃぶ台返し」
サレスがてきぱき手を動かすと、部屋のいたるところに描かれた魔法陣がパズルみたいに光り出す。
「それが使えれば、まだ、あるいは。……使った後のことは、あなたにお願いするしかないけど」
「……僕が、ですか」
「そう。今から神殿へ飛ぶ。準備が整うまでもう少し待って」
そのための時間はユースが稼ぐ――ぽつりと口にして、サレスは作業に没頭する。
この隠れ家は広場から離れたところにある。とはいっても外では人々の悲鳴や破壊音が聞こえ、魔王の侵入を許した以上この国に安全地帯などないだろう。
時間を稼ぐ。ボロボロの身体で。
焦燥感が体を内側から丁寧に炙っていくようで、いてもたってもいられなくて、でも僕に何ができるわけでもなく――
意味なく立ったり座ったりしているうちに、
壁にかかっている
今まで気にも留めていなかった。視界にすら入っていなかったものだ。
当然、現世で見ていたような――パソコンで作ったようなものではない。数字や枠線は人の手によって書かれたものだとはっきりわかる。けれど、
改めて視線を向けたそれが
七日間×五段というレイアウトがそっくり同じだったから。
「……ってことは」
世界の仕組みはほとんど現世のものを流用していると、いつだかエビルは言ったはず。時間の流れ方が現世と異世界では異なるとか、そんなこともないと。
一年三六五日を十二の月で切り分けるのも共通しているというわけだ。
上部に大きく「四月」と書かれたカレンダーのそのページには――
十九日のところにだけ、星印がつけてあった。
「エリス様の誕生日。その日は」
「えっ、……あ、はい」
カレンダーを見つめる僕の視線に気づいたのか、作業のかたわらサレスが言う。
エリスって誰だと一瞬わからなくて、誕生日って何の話だというのも一瞬考えて、
命日と言わなかった彼女の意思を汲めば聞き返すことは許されなかった。
忘れないようにしているのだろう。
転移の作業に少し間ができたのか、サレスはそこでほんの少しだけ手を止めた。
そうして呟かれた次の台詞には、万感の思いがこもっていて――――
「……本当、とんだ誕生日になった」
「――え?」
じわりと頭が痛んだ。
「いつになく、ひどい誕生日。……だから、絶対に、乗り越えて、笑い話として……墓前に、献上しなきゃならない」
「いや、――ちょっと待ってください」
サレスは、――いや。
「……今日」
『私、実は―――――――――――』
『―――――って言ったら。信じて、くれるかな?』
「今日って、何月何日です?」
震える声でのこの問いに、サレスは意味がわからないという顔をした。
「四月十九日」
4月12日午前3時22分、現世はフリーズした。
リンカネくんが誰かを転生させようとしてエラーを出し、
エビルがそのことに気づいたのが、つまりフリーズから二時間後の話。
僕が異世界に転生してから今日で何日目になるか。
何日目だろう。
考えるまでもなくおかしい。
「コード」
今そんなことを聞いている場合ではないという配慮がすっぽりと抜け落ちた。
「コード:カイロス……って。どういう、魔法、なんですか?」
我ながら廃人みたいなしゃべり方になってしまったと自覚する。
サレスは一瞬眉をひそめたものの、目の前の男が急に全財産ギャンブルでスッたような呆けた顔を見せたことになにか気圧されたらしい。
やや引き気味に語り始めた。
「もともと、カイロス王国は……クロノカイロスの家は、二柱の神を古来より信仰している。時の神クロノスと、機会の神カイロス。けど、どちらかといえば……重視されていたのは、カイロス」
この異世界にも神話だのなんだのがあるのか、という疑問をすべて跳ねのけて。
クロノスくらいは知っていた。
プロメテウスは知らなかった。
ワダツミが海の神だということくらいはなんとなく知っていた。
ガイアはそのまま大地の神だ。
トポスとキネシスは、神様の名前でないことくらいはわかった。
プロメテウス以外は適当に決めたと言っていたから、そういうものかと思った。
適当に、それっぽい単語を当てはめただけなのだろうと。
「かつて、魔王を封じた勇者は……『なぜそんな偉業を成せたのか』と問われて『機会があったからだ』と答えた。自分にはそれを成すだけの力があって、それを実行する機会にも恵まれた。ゆえに偉業を成した。……その魂を継いで、この
では、「カイロス」の何が
気にはなっていたが、わからなかった。
「
その先の台詞は聞いていない。
「魔王が蘇る以前まで、時間を巻き戻すことができれば。対策をとる余地も――え。え、ビクテム、ちょっと――」
今朝がたサレスにもらった眠り薬の瓶を懐から取り出すと、
僕はそれを自分の頭蓋骨に叩きつけて割った。
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