六人六色
第13話
ぺちぺちと頬を叩かれて目を覚ました僕は、だいぶ至近距離にあったサレスの顔にまず驚いて後ずさり、その後床の巨大な魔法陣が薄赤く光っているのにまた驚いた。
ここはふたりの隠れ家というか、拠点のようなものであるらしい。
「空路も海路も使ってる暇はない。直に転移しねーと時間がない!」
「が、現状
「そういうわけだから、俺の人脈がここで役に立つんだよ」
聞けば、ユースはプロメテウスの王女と親交があるそうで。
なんと王女様のプライベートルームの座標を知っているらしいのだ。
「つまりダイレクトにお部屋訪問ができるというわけだ」
「え、大丈夫なんですかそういうの……。なんか、暗殺事件とかあったら、知ってたやつが一番怪しいってことに」
「変な心配するねおまえも。こう見えて俺はプレイボーイ、王女様のハートを射止めたこの人徳を見てくれたまえ」
「ハートを射止めた王女の私室に
「ごめん」
サレスは道端でゲロを吐く酔っ払いを見たような顔をしていた。
深々とため息をついてから説明してくれたところによると――ユースもまあ一国の王子、プロメテウスの王女と接点があったのも血筋ゆえのものらしく、別にふたりでひと夏のロミオとジュリエットをやったとかそういう話ではないようだ。
「そもそも、この男がプレイボーイなんて柄に見える?」
「見えません」
「よろしい」
「おい」
そんなわけで僕たち三人は、まばゆく光る魔法陣に包まれて、しばしの浮遊感を味わったのち――
六大国のうち、カイロスを除く唯一の生き残りである――プロメテウスの大地を、踏んだ。
――という流れだったはずなのだが。
目を開けた僕は、まずその部屋の暑さと広さに驚いた。
ダンスパーティが開けそうなほど広くて天井の高い部屋だ。その天井からはシャンデリアが釣り下がっているし、窓の外にはバルコニーまであって、足元には質が良くて品もいいベージュ色のカーペット。
天蓋付きのベッド――いかにもお姫様が寝ていそうなやつ――があるので、たぶん個人の部屋なんだとは思うが。こんな広い部屋を寝室にしても、持て余すだけじゃないだろうか?
と、そこでふと気づいた。
天蓋付きのベッドとは言ったが、その天蓋がなんと燃えている!
というかカーペットもところどころ燃えているし、バルコニーへ続く窓ガラスは割れている。窓の向こうに広がる景色は嫌な赤色をしているし、今だってほら、天井のシャンデリアが突如派手な音を立てて落下してきた。
飛び散る破片に顔をしかめつつ、僕はゆっくりと立ち上がる。
隣にサレスが立っていて、
彼女は杖を振りかぶっていて――
「コード―――」
僕の隣に立っていたサレスが長い杖をフルスイングした。
勢いと軌道が完全にゴルフ。
顎先に強烈なアッパーを食らった僕は勢いよく後ろにのけぞり――
――のけぞった顔のすぐ上を、でかい鳥のような何かが通り過ぎていった。
「――:フロート!」
直後、全身がえげつないスピードで上昇を始めて天井に背中から激突。
げほっと咳き込んだ次の瞬間真下の床で火球がはじける。
「……」
顎の痛みも、もはや忘れて――高い位置に来るとよく見えた。
バルコニーのほうでは赤い巨大な蛇が鎌首をもたげているし、
部屋の中では羽根が燃えてるプテラノドンみたいなのが飛び回っているし、
今だって、棍棒を携えた赤い鬼が数人天井をぶち抜いて降ってきた。
さて――
「――ごめんなさいビクテム。見抜けなかった。これは女の敵を滅ぼさんとする王女の仕掛けた罠だった!」
「見えねえつったのに都合いいときだけプレイボーイ扱いするんだなあおまえは!」
「都合ってこれがいいように見える!?」
「悪ぃに決まってんだろうがよォ!」
やけくそ気味に叫び散らしながらふたりは魔物の相手をしている。
サレスは氷の刃を打ち出してプテラノドンの翼を消火し、ユースは台詞に合わせてリズミカルに鬼たちの腕を切り飛ばしていく。
「とりあえず! 王女が! どこへ! 行ったか! 城の! 他の! やつらは! 無事か! 確かめる必要がある。おいビクテム、死ぬなよ!」
「え、えぇ!?」
部屋の入口に向かってユースが歩き出すと同時に、また鬼が天井から降ってくる。
今度のやつらは「ん?」みたいな顔をしながら僕の存在に気づいた。
僕の身体は僕だけ重力が逆になったかのごとく天井に張り付いていて、
「ん?」みたいな顔のまま「とりあえず……」くらいの感じで鬼は棍棒をこちらに投げつけ――
「おおおおおお……!!」
意味のわからない表現になるが地震みたいに天井が揺れた。
死ぬ思いで天井を這って逃げる。
「次俺の番な」と言わんばかりの表情で棒を振りかぶる鬼の首にユースの投げた刀が突き刺さる。ぐらりとその身体が傾いた瞬間ユースはもう接近を終えていて、鬼の身体に蹴りを入れながら勢いで刀を引き抜いた。投げた棍棒がここでようやく床に着地して重そうな音を立てる(だいぶ人間を辞めているアクションだが、そんだけ早いなら投げなくても直に斬ればよかったんじゃないか!?)。
そのままスピードに乗ったユースは入口までまっすぐ駆けていき、ブレーキをかけることなく部屋のドアを片足で蹴り開ける。
いまだ室内の僕たちに向けて、ユースは振り返りながら叫んだ――
「とりあえず外に出る。生存者を探しながら脱出だ!」
――廊下には、さっきの赤鬼たちがぎっちりとひしめき合っていた。
その全員が「ん?」みたいな顔で、一斉にこちらを見る。
「却下する」
「却下したいです」
「そうだな」
ユースは静かにドアを閉め直した。
「コォォォーーーード! :ロータスッ!」
床をぶん殴るほどの勢いで刀を地面に叩きつけた直後、ドアが鬼たちの圧力で膨れ上がる。あと一秒遅れれば満員電車の雪崩をこの場に再現できたろうが、しかし――
日本刀は薄桃色の光を放ち、なぜか扉から
入口をふさいでしまうほど大きな蓮はどうやら見かけよりも硬いらしく、鬼の侵入を完全にせき止めていた。鬼たちが戸を叩く衝撃は、妙に硬質な音を立てながら蓮に吸収されていく。
スタスタと部屋に戻ってきたユースは、バルコニーの窓ガラスめがけてアンダースローで刀をぶん投げた。
「コード:リターン。……アンド、」
窓の向こうでは大きな蛇が大きな口を全開にしている。これじゃ窓からは入ってこれまいと確信するほど大きな蛇が、喉の奥から炎の塊を吐き出すように――
「――:バースト!」
惚れ惚れするほどまっすぐに飛んだ刀は蛇の口の中に入って、当然の帰結として喉の奥に刺さる。
痛みに身をよじる暇すら与えず蛇の頭が爆発した。
刺さったところから派手に爆発した。
窓ガラスが割れていたおかげで室内にまで肉片が飛んだ。
「ああ、まあ、クソ。わかっちゃいたが……」
ブーメランみたく回転しながら戻ってきた刀をなんなくキャッチすると、ユースは堂々とした足取りでバルコニーへ出た。
王女様の私室ということは、たぶんここはお城なのだろう。
で、城というのはだいたい高いところに立っている。手すりに足をかけて、ユースは城下町を見下ろしていた。
プテラノドンを叩き落としたサレスもユースについてバルコニーに出る。僕はといえば未だにドアで咲いている蓮の花を不安げに眺めてから天井を這ってふたりに続く。
プロメテウスという国は、火山の国であるようだ。
遠くに見える山々は、どれも揃って火口から噴煙とマグマを垂れ流している――
――煙の黒の合間を縫って、オレンジ色に燃える炎の翼が空を彩っている。
街に立ち並ぶ石灰色の建物は半壊していないもののほうがずっと少なくて、
東京タワーかと思うほどに大きな赤い蛇が、そこかしこでとぐろを巻いている。
そして――そして、この場所にいても聞こえてくる、もはや老若男女混じり合いすぎて人の声としかわからなくなっている――この、悲鳴!
ユースは苦りきった表情で刀を握りしめていた。
「……」
「……メリル王女様は……」
「…………さすがに、多いな」
サレスの問いにユースは答えなかったし、”メリル”が王女様の名前なのかと気にしている暇もなかった。
握りしめた刀が震えるのは何の感情が原因か、候補が多すぎて特定できないが――
ユースは、街のあちこちで火を噴いている蛇に血走った眼を向けている。
「殺れなくはないが。全部は手間だ」
「ユース」
「足が要る」
「ユース」
サレスは杖をひときわ強く打ち鳴らした。
「……目的。忘れないで。どのみち、もう国は長くない」
「……」
「国が形を残してる間に、キーストーンだけでも回収しないと。結局、もっと多く死ぬ。わかる?」
「…………」
わかっているか、と聞かれて、ユースは――わかっているとは、言わなかった。
ただ唇を噛んでいる。
顎へと血が流れ落ちる程度に――
「……? ん?」
とても僕ごときが口を挟める雰囲気ではなくて、だから僕だけが気づいたのか。
なにか妙な音がする。
大きな何かを規則的に振り回すような、風を切る音――
――羽音?
「あ、あの」
「……なに?」
「いや、なんか変な音――」
さすがにサレスも切羽詰まっているようで、返事がややとげとげしい。
が、僕の疑問は台詞を全部言い切る前に解決された。
あたりが急に暗くなったからだ。
その瞬間、みんなが一斉に空を見上げたのは。
それが、
今聞こえた羽音というよりは、そもそもの
大きな翼をゆったりと動かして、僕らの上空を通り過ぎていくその姿――
当然ながら、僕らの位置からは体の下側しか見えない。
加えて、もともと現世の住人であった僕は、本物の
でも、これが
悲鳴と炎に満たされた都市の上空を――
東京タワーみたいな蛇よりも、
もっと、ずっと、ずっと巨大な――
ゆっくりと、飛んでいた。
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