第11話
「――つまりですね。魔王が蘇ってしまったのは、ユースさんがそのドラゴンを殺してしまったからなんですよ。それで魂が解き放たれた」
「ふむ」
「そして――そして、ここからは僕の推測なんですが」
「ふむふむ」
「本来の肉体、本来の力を取り戻した魔王。その力は、封印された恨みと憎しみによって何倍にも増幅されていた! 膨れ上がった力は世界を飛び越え――現世にまで、影響を及ぼすようになった!」
「ほうほう」
「つまり、現世がフリーズしてしまったのは、復活した魔王の魔法によるものなんですよ! 現世は、魔王からの攻撃を受けている!」
「なるほど……」
鼻と上唇の間に細いドライバーを挟んだエビルは、回転式の椅子に座ってくるくる回りながら聞いていた。僕の力説を、聞いていた。
たっぷり五回転ほどしたところで、指を一本立てる。
「……ごめん。ひとついいかな?」
「どうぞ」
「えーっと、なんだっけ。そのブラックドラゴンには魔王の魂が封じられていて、その竜を殺してしまったから、魔王が復活した……って言ったよね?」
「はい。そういう伝説があるらしいんです」
「わかった。……いや、わかったんだけどさ」
「……あたし、そんな話知らない……」
「……」
「……」
ゆるゆると速度を落としていく椅子、ゆるゆると気まずくなっていく沈黙。
エビルは床を蹴って止まり、僕のほうは軌道修正を試みる――
「――神様の知らないところで、伝説が本当になってたってことですね……」
「いや違うよ。そういうことじゃないよ。ねえ、あたし神様。神様だよ。世界創った神様だよ。あたしのほう信じるのが筋じゃない? ねえ?」
「……」
「いや、なんとか言えやい」
「…………」
あの後、謁見の盗み見から、僕が寝るまでの間――実にいろいろなことがあった。
だから僕は会議室に来て早々、バーナーでリンカネくんの液晶を炙っていたエビルの手を止めさせて(何の作業だったんだろう?)、得た情報と立てた仮説を一から話して聞かせたのだが――まあ、こんな状況だ。
エビルは頭をがしがし掻いている。
「そもそも、前に言ったでしょ? 『魔王』なんかあたしは作ってない。魔王の魂どうこうの時点で、そんな話は嘘っぱちなんだよ」
「いや、にしてもですよ、魔王がらみの伝説を、世界作った神が知らないのは……」
あのねえ、と呆れたように声を上げて、エビルは立ち上がった。
「そりゃ、根っこの”設定”はあたしが作ったよ。でもね――あの世界にだって、ちゃんと人間は生きてるんだ。生きてりゃ噂話のひとつやふたつは当たり前のよーにするだろうし、なんなら小説だって書くかもしれない。物語くらい作るだろうさ」
円卓のまわりをぐるぐると歩きつつ、時折僕のほうに振り返って言う。
「そこに暮らす人々の間で自然発生して、神様の手、”初期設定”を離れたところでひとり歩きする伝説――そのくらい、あって当然ってこと。そんなとこまでいちいち見ないよ、あたしは」
「……まあ、それはわかりますけど」
「でも、『魔王の魂』なんてのはそもそも世界に存在しない。作ってないんだから。だから、そーいう噂話があること自体はかまわない。そーいうのは自然と生まれるものだから。でも、噂そのものの真偽がどうかっていうと、ウソ八百。根拠なし。それで結論がつくはずだよ。はい、決着! 終劇! 閉廷!」
「……」
リズミカルに円卓を叩いて、エビルは話を終わらせた。
が、ここで話が終わると世界も一緒に終わってしまうのだ。
なにせひとつも進展がない。現世にしろ異世界にしろ、世界崩壊についての手がかりをまだ僕は見つけられていない。
考え込む僕をじろじろと見ながら、というかだよ、とエビルが口を開いた。
「というか、だよ。そいつがドラゴンを殺したってのは、まず本当なの?」
「……えっ?」
「一番魔王に近いので、人を食う邪竜だって言ったことなかったかな。あれがつまり、さっきから言ってるブラックドラゴンのことだったんだけど……」
「……魔王に、近い……!」
「あ、変な勘違いすんなよ。『近い』ってあくまでたとえ話だからね」
なんか、裏設定語るみたいになるけど――そう前置きをして、エビルは腕を組む。
「あいつは、かなり強めに作った。なんていうのかな……もともと、転生者用の登竜門のつもりで作ったドラゴンだから」
「……えーっと。登竜門?」
「そう」
「……はあ。登竜門、ですか……」
創造神が使いそうな単語というイメージはまったく湧かないが、しかし文字通りの意味で登竜門なのだとエビルは言う。
「邪悪な竜を倒した勇者は、英雄と称えられるようになる。そーいう感じの、ひとつの”ルート”を提供するつもりで、あたしはあの竜を作った」
「ひとつの、ルート……」
「そ。『幸せな人生』のひとつの形ってことね」
転生者にはとても強い力が与えられるとエビルは言った。
その力を向けるターゲットまで、ご丁寧に用意してくれたと。
「だから、強さもそれを前提に調整してある。普通の人間には無理だけど、なんらかの力を得た転生者なら――って、具合にね」
この台詞は「だから気になるんだ」と続いた。
「なんて言ったっけ……ユース? 名前はなんでもいいけど、とにかく元から異世界の人間なんだよな、そいつは。それが正面からあの竜倒せたってのは、作った側としちゃちょっと不思議だ」
――そいつ、ほんとに異世界の人間か?
――六人の転生者のうちのひとりが、実はそいつなんじゃないのか?
エビルは、そこから疑っているようだった。
とはいえユースは五年前に母と妹を亡くしている。ということは、つまり、五年以上前からユースは異世界に存在しているということで……。
たしかに、ユースは冗談じみて強い。でも、だから転生者だと考えるのは、ちょっと短絡的すぎる気がする。
母と妹を奪われた憎しみ――いや、サレスいわく、『後悔』。それがユースを規格外に強くしたのだろう。
「あの人は、転生者じゃないと思います。それに、ハッタリを言ってるようにも、見えませんでした。……でも」
でも。
いまいち、歯切れが悪くなってしまうのは――
実を言うと、あの謁見にはもう少し続きがあったからだ。
おまえが復活のトリガーを引いたのだ――そんなことを実の親から言われて、和やかに話が進む道理などない。ユースは眉間にこれでもかとしわを寄せていた。
玉座の間は、ひどく険悪な静けさによって満たされている。ところが――
「――これは、逃げてきたトポス王から聞いた」
そんな雰囲気をすべて無視するように、王様は突如こんなことを言った。
「トポスが滅んだのは、今から三日前。その前日の話だというから、今からは四日前になる」
「いいよ前置きは。何が言いたい」
「トポスの沿岸警備隊からの目撃証言が上がっている」
「前置き、いいって言わなかったか?」
「巨大な竜が北上するのを見たそうだ」
「……あ?」
いいと言ったのはユースだが、王は本当にばっさりと前置きを切り捨てた。
結果、目の前で聞いていたユースも、遠くで盗み聞きしていた僕も――話の流れがわからなくなる。
「その影を視認した瞬間、警備隊は竜をブラックドラゴンに間違いないと断定した。あれほどの巨体は他に見たことがない。黒竜以外考えられないと。だが――」
「白かったらしい」
「とても不吉な報せに聞こえたとトポス王は言っていた。あの黒竜と見まごうほどの巨体で、しかし身体は白かった。――まるで」
まるで、魂だけが抜け出したような――
そんな竜が、北を目指して飛んで行った。
途中で見失ったそうだから、どこへ行ったかはわからない。そこまで説明しておいて、王はいったん言葉を切った。
張り詰めた空気を銅板の向こうに感じつつ、脳内で地図を描く。
五角形を描くよう並べられた五つの大陸――
左上にあたるのが、トポスだ。
そして、左下に位置するのは――ガイア。
「四日前って言ったか」
「ああ」
「俺は――」
「五日前と触れ回っていたな」
「――おかしいだろうよ」
「……おまえが黒竜を仕留めたというのが、事実なら。どこの国での話だ?」
「ガイアだよ。僻地の洞窟ん中だ」
「そうか。そこから北上していくところを沿岸警備隊が見たのだろう」
「おい」
「魔王が最初に滅ぼしたのはトポスだ」
「……どういう、ことだよ!」
いつの間にか、ユースの中の怒りは困惑に取って代わられていた。
それを聞きたいのは儂のほうだと、ここに至って王はようやく疲れた声を出した。寄る年波というものを感じる、力のない声――
「黒竜を殺したというのが、おまえのホラで。警備隊が見たのはそのもの黒竜。白かったのは何かの見間違いか、でなければなんらかの変化が竜にあった」
「黒竜を殺したことは事実で、警備隊が見たのは竜の――いや、長く竜の中に在ったことで、竜の形をとるようになった魂」
「でなければ、警備隊が見たのは――黒竜とはまるで関係のない、別の竜。たまたま同じだけ巨大な白竜が、新しく発見されたという、それだけの話」
正解がどれか知りたいのは儂のほうだと、深々とため息を吐く。
そのためにおまえをここに呼んだと王は言ったけれど、でも、呼ばれたユースのほうも、状況に対する答えを持っているようには見えなかった。
天井を見上げながら聞いていたエビルは――ゆっくり頭を元に戻すと、ズレたメガネを指先で押し上げて、それから、静かにこう言った。
「なんで、そんなややこしいことになってる?」
「わかりません」
「まあ、わからないよな……」
あの黒竜は特別製だとエビルは首をかしげて言った。あの巨体はいわば特注品のようなもの、あれに匹敵するサイズの竜が野生でポンと出てくるかというと、それは少々考えにくい――らしい。
王はみっつの仮説を立てていた。③の赤の他竜説は今エビルが否定した。②の魔王の魂説は最初から否定されている。となると①、そもそもユースが黒竜を殺したというのがまず嘘だったという話になってしまうのだが――
どうしても、据わりが悪い。
ユースが、そんな悲しいハッタリをかますような人間であると、どうしても――思えない。
なにか他の可能性はと考えて、ひとつ思い当たる。
「子供とか、いないんですか?」
「ん? ……なに、子供?」
「はい」
「……」
エビルはしばらく硬直していた。きょとんと顔に書いてあった。
そんなにわかりづらい質問だっただろうかと怪訝に思ったところで、なぜだか、とても気まずそうに答える――
「……いや、そりゃあたしは神だから。言ってみれば被造物すべてが、あたしの子供みたいなもんだけど……」
「え?」
「ん?」
「……」
「……」
言っている意味がわからなかった。
「……いや、だから、あの竜には仔竜とかいないんですかっていう……」
「古竜? あいつもたいがい古いと思うけど……あ、”設定では”って話ね」
「……はい?」
「……ん?」
「……」
「……」
言っている意味がわからなかった。
が、なにか致命的に食い違っているということだけは、わかった。
しばらく、ふたりして見つめ合い――理解するのが早かったのは、エビルのほう。
ぱちんと大きく手を打ったエビルは、「あー、あーね、あー……ね」と、しどろもどろに、何度もうなずいていた。
「……黒竜に子供がいるかってことか! ああ、うん。そういうことね、わかった」
「あ、いや、もう大丈夫です。その反応でだいたいわかったんで……」
「……なにがだよ、おいっ。何がわかったんだ? ああん!?」
一発でぴんと来なかったということは、「そんな設定はない」のだろう。
しかし、これが一発でぴんと来ないあたり――というか、仮にも創造神相手にすれ違いコントが成立してしまうあたり――
やっぱりこの神様は、頼りない。
こんなんで世界大丈夫かな、大丈夫じゃないから滅亡寸前なんじゃないかな――どうしても、神を見る目は不信感のフィルターを通したものになってしまう。
「ま、まあ……ドラゴンの話は置いといて、だ。今ヤバいのは魔王だよ魔王」
視線が肌に痛いですとでも言わんばかりに、エビルは冷や汗をかきながらそっぽを向いた。ごまかすように、露骨に話題を変える。
「魔王の魂なんて、本来は存在しない。だから、魔王は六人の転生者のうちのひとりに違いない。……結局、この線はたぶん間違いないと思うんだ。だからここから調べていくわけで……」
ペン回しと同じ要領で、プラスドライバーをくるくると回しつつ。
エビルは、薄青色の双眸を僕に向ける。
「六人の中で、今唯一コンタクトが取れるひとり――ビクテム。なくした君の記憶を取り戻せれば、だいぶ事情は見えてくるはずなんだ」
「はい。それで……」
「で、……たしか最初になんか言ってたよね。記憶が戻ったかもしれない、って」
「……そのことと、ちょっと関係してなんですけど」
水を向けられたその瞬間に、僕は小さく挙手をする。
黙って先を促すエビルに一礼して――
「その、異世界で会った魔法使い……サレスっていう人で、その人に教えてもらったんです。けど……」
僕は、『実にいろいろなことがあった』うちのひとつを、改めて話すことにした。
「なんか、僕の身体からは……『プライマル・コード』っていう、ものすごく強力な魔法の――
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