第3話
「転生救済システムを実際に回してるのは、このリンカネくん。普段あたしは関わってない。全部任せっきり。なので……」
リンカネくんの煤けたボディに目をやりながら、神は言った。
「そもそもの話。あたしが事態を把握したのは、リンカネくんが爆発してからなんだ」
「爆は……はい?」
「今から二時間くらい前かな……」
――神が言うことには。
今から二時間ほど前(天国にも時間の概念があるようだ)、普段は自律的に行動しているはずのリンカネくんから、エラー発生を知らせる信号が発されたらしい。
何事かと様子を見に行った神の目の前で、リンカネくんはけたたましいサイレン音を立てながら大爆発を起こした。
もくもくと煙を噴く液晶、だいぶ派手に壊れてしまったらしく、転生ログなどのデータはほとんどサルベージできていない。何があったのかはわからない。が、おそらく人間を転生させる際に何らかのエラーが出たのだろうと推測した神は――
転生元、現世のほうを確認すれば手がかりが得られるのではないかと、そこで初めて現世の様子を確認し――そこで初めて、現世が大変なことになっていると気づいたそうである。
「……そこまで気づかなかったんですか?」
「え?」
「いや、そこで初めて気づくって、普段あんまり世界の様子とか見てないのかなって……」
神様というのは、天高くから下界の人間たちを見守ってくださっている、偉大な存在――なんとなく、そんなイメージを持っていた。
けれど、話を聞く限り。
この神様は不幸な人間の救済をロボットに丸投げしているし、現世の異変に気づいたのもフリーズ発生からしばらく経ってのことらしい。
じろじろと、神に注がれる僕の視線。
ズレた眼鏡にくたびれた白衣、冴えない理系のようなスタイル。間違っても、全能の神には見えない――
――神は露骨にそっぽを向いて露骨に咳ばらいをすると、僕の質問には答えず、話を本筋へと戻した。
「というわけで、六人が転生したって言ったけど、ちょっと語弊がある。二人エラーが出てるから、確実に転生したと言えるのは四人だけなんだ」
「エラー……とは?」
「うまく転生させられなかったってこと」
指し棒で手のひらを叩き、神は説明を続ける。
「君はもともと現世の住人。それが不幸な死に方をして、異世界に転生することになった。が……転生の際、リンカネくんに何らかのエラーが発生したせいで、君の魂は異世界に行くことができないまま、ここ天国をさまよっていた。それをあたしがなんとか捕まえて、今こうして話をしてる」
「……」
さっきの画面では、五番目と六番目に【ERROR】表示が出ていた。
そのどちらかが僕というわけだ。
「君は、六人の中のひとり。現世のフリーズについて何かの鍵を握っているはずの人間なんだ。だから、何があったのか知っているのなら、教えてほしい……と、思ってたんだけど」
そろそろと指し棒を前に出し、先端で僕の額を突く。
「……記憶……ないんだ?」
「……すいません」
「いや、いい……」
愛想笑いと苦笑いだけの非常に気まずい沈黙が生まれた。
リンカネくんの液晶のひび割れをつつきながら、神がぼやく。
「まあ、リンカネくんがこのザマだから……。エラー出たときに、記憶も飛んだんだろう」
「……あの、飛んだ記憶って戻ってくるんですか……?」
「記憶その他のデータ自体は、たぶんリンカネくんの中に残ってる。だから、修復さえ済めば、取り出すことはできるはずだ。データ丸ごと消し飛ぶレベルで深刻な壊れ方したわけじゃない。なにせ神様のお手製だからね、そんなヤワには作ってないよ」
「……」
ちらりとリンカネくんのほうを見る。
記憶がないにもかかわらず、「こんなテレビ、僕の家にもあったな……」という感情が猛烈に湧き上がってくるのは何故だ?
一般家庭に転がっている液晶テレビに腕が生えただけのロボット。
『神様のお手製』『ヤワには作ってない』がまるで信用できないのは、何故だ……?
「……これから、どうするんですか?」
『途方に暮れる』という表現がこの上なくしっくりくる状況だったが――
僕のこのセリフを聞いた瞬間、神はメガネの奥の瞳に鋭い光を宿らせた。
「頼みごとがあるんだ」
「……僕にですか?」
「あたしがこれから何するかっていうと、とりあえずは原因の究明。転生した六人の正体を突き止めなきゃならない。だから、ひとまずはリンカネくんを修復して、データを引き出すことになる。けど……」
神が液晶をつつくと同時に、リンカネくんの画面には大きなドクロマークが表示された。
「今、異世界も相当めちゃくちゃなことになっててね。こっちはフリーズなんてのじゃなくて、もっとわかりやすく、滅亡一歩手前まで来てる。ほっとくとかなりヤバいんだけど、あたしこれでも神様だからね。
灰色の髪をがしがしと掻きながら、神はメガネ越しに僕を見つめた。
それで――それで、僕に何をしろと?
そんな疑問は口には出せない。薄青色の瞳に輝く、神の眼光を見てしまった今では。
「君の転生には、謎のエラーが出た。でも、今はリンカネくんも多少は直ったし、
神は、手に持っていた指し棒を、杖をつくように地面に突いた。
それで背筋がぴんと伸びると、僕より少し低いと思っていた身長が、異様なほど巨大に見え――
ズレたメガネを指先で押し上げ、神は淀みなく、こう言った。
「今から、異世界に転生して、”他の五人”を探し出し――その正体を、突き止めてほしい」
そんなわけで。
「……」
僕は、絨毯の上に正座させられていた。
その僕の周囲で円を描くように、リンカネくんが煤けた長い腕をくるくると回しながら旋回している。
そんな僕たちを、神は少し離れたところで、腕を組んで見ている。
「名前も、やっぱ思い出せない?」
「え? あ、はい」
「ま、記憶がないならそりゃそうか……」
呼び名がないのはちょっと不便だなとぼやき、神は僕に水を向ける。
「なんか、呼んでほしい名前とかある?」
「え、ええ……?」
記憶喪失の人間に希望の名前も何も無いと思うのだが……。
神様が決めてくれていいです、と肩を縮めて言ってから、そういえばこの『神様』って呼び方もなんだかなと、僕のほうでも今更のように気になった。
「あの、神様にはなんか呼び名とかないんですか?」
「……あたしの名前?」
難しい顔をする神を見て、バカなことを聞いてしまったかと焦った。
現世と異世界、ふたつの世界を創ったのは、神。ふたつの世界に名前を付けたのも、神。
じゃあ、その神様の名前は、いったい誰がつけてくれる?
神話の神様には当然のように名前がついているものだから、この神にも何かが名があるのだろうとばかり思っていた。でも、考えてみればおかしな話だ。
「……すいません、変なこと聞いちゃっ――」
「……エビル」
「え」
「あたしはエビル。おまえはビクテム。エビルって呼んでくれればいい。あたしはおまえをビクテムって呼ぶから」
早口に言い捨てるようにして、それから神――エビルはまた、腕を組んでうつむいてしまった。
アマテラスとか、ゼウスとか、そんな名を名乗ると思っていたわけじゃない。けど、それにしたってあまり聞かない名前だ。エビル。ビクテム。なんだろう?
神に名付け親はいない。じゃあ、自分でつけた名前なのだろうか――
――ぐるぐると回っていたリンカネくんが、僕の目の前に来て止まった。液晶には、でかでかと【READY】の文字。
エビルが組んでいた腕をほどいた。
「さて……。不調のリンカネくんをあたしがサポートする形になるが、まあやることは変わらない。君はこれから異世界に転生する」
リンカネくんが両手で床を叩く。と、それまでリンカネくんがぐるぐると旋回していた軌跡がぼんやりと赤く輝き始めた。
赤い、光の輪の中に僕が正座している形になって、さすがに一瞬驚く。
「生前どんな人生を送ったか、どんな死に方をしたか、どんなことを考えていたか……ほんとなら、リンカネくんのほうに集められたそういうデータを総合して、適切な”能力”が転生者には与えられる――」
――現世で不幸なまま終わった人間が、今度こそ、幸せな人生を送るために。そのために、必要な力が。
その輪をエビルが指し棒でつつくと、光が赤から白に変わった。
エビルは僕のほうを見ようともせず、ひとりごとのようにつぶやき続ける。
「が、今はリンカネくんがこの有り様なので、その詳細が確認できない。なんの能力が与えられるかは、まだわからない。ただ……何かが手に入るのは間違いない。とても強い力が」
そこで顔を上げたエビルは――とても微妙な表情をしていた。
不甲斐ない。
情けない。
そんな気持ちの表れのように、僕には見えたけど――その直後、光の輪は光の柱になって、僕の視界を遮った。
「おわ……っ!」
「……できたらでいい。できたらでいいけど――」
光の柱の中に閉じ込められてしまったかのように、視界が白一色になる。
ごうごうと風を切るような音が耳元で鳴り始めて、目も耳もだんだん役に立たなくなっていく。が――
「――その力で、異世界を救ってほしい」
最後の瞬間に聞き取れたこの台詞は、たぶん僕の空耳ではなかった。
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