第8話 7.野戦病院

 目が覚めると、レイクは走るトラックの荷台の上に乗っていた。

 大きな箱の荷物のそばに、チョースや幹部がいるのが見えた。レイクの鼻の穴には、出血したのか栓が詰めてあって、頭の中ではまだおかしな耳鳴りが聞こえていた。

 彼はケンカをした後なのに、自分が無意識のうちにユースを探していることに気がついた。しばらく視線をめぐらせて荷台を眺めやり、ようやく右側の大きな木箱の上に座っている、誰かの足に気がついた。顔を上げたレイクはユースが自分を無表情に見下ろしているのを見て、急いで目線を外して鼻に手をやった。

 チョースがそんな彼に気づいて、声をかけた。

チ「大丈夫だ、折れちゃいないよ」

男「いい顔が台無しになる所だったじゃないか。なあ坊主?」

 荷台の上にいた反乱軍の男たちが、一斉に笑った。

チ「だが何だって、ケンカなど始めたんだ。俺たちの話がそんなにショックだったのか?」

レ「そりゃあね…」

 不機嫌面でレイクは言った。

 その後はなぜか会話が途切れて、しばらくは誰もが無言で車に揺られていた。

 トラックは普通の幹線道路を走っていたが、あたりにはあまり人通りも車もなかった。どこを走っているのか分からなかったが、そこから見える風景には殺風景な荒れ野が続いていた。

レ「…どこへ行くんだ?」

チ「言っただろ、俺たちの最前線さ」

 レイクはしばらく黙っていたが、突然、思い出したようにユースに尋ねた。

レ「どうやって出てきた。学校の奴らは?」

ユ「君が怪我して治療を受けるからって言って、みんな先に帰したよ」

レ「お前が殴ったって言ったのか?」

 ユースは肩をすくめて言った。

ユ「昼間に会った地元の子供たちと、ケンカになったと言っておいた」

 レイクはユースをしばらくにらみつけていた。

男「おや、まだ終わってなかったのか、争いは」

男「そりゃあ、やられっ放しじゃ立つ瀬がないよな」

 にらまれていても、ユースは涼しい顔をしていた。

ユ「仕掛けたのはそちらだ。負けたからって怒るなよ」

 むっつり押し黙っているレイクに、さらに彼は続けた。

ユ「君ははっきり言って弱い。この先、どうひっくり返ったって、僕には勝てないね」

 レイクの目がギラリと光った。

 二人の様子を楽しげに見ていた男たちが、チョースに向かって言った。

男「お前をいつか、後悔させてやるって顔してますぜ。兵士に鍛えるには、今が一番なんじゃないですか」

男「虐げられたゲリラのする目つきだ」

チ「お前たち、彼を組織に引きずり込むんじゃないぞ」

レ「殺人の手伝いなんて、ゴメンだ…」

 レイクが吐き捨てるように、そう独りごとを言った。それを聞いてチョースは少し驚き、物問いたげにユースを見上げたが、相手は黙ったままだった。


 やがてトラックは小さな町の中へ入っていった。

チ「ここは西区中心から、北西へ15キロほど離れた町だ。ロウ地区の一番東寄りにあって、すぐ近くを国道が走っている」

ユ「ここでは昔、大規模な銃撃戦があったんじゃないか。確か、反乱軍が関わっていたよな」

チ「その通り、64年に激戦地帯だった所だ。

 この辺りは国道を境にして、市街地と低地に分けられてる。北と南に道が枝分かれしていく重要地点でもあったんだ。反乱軍は遼頭市とセンター(島の中心街)の間の、物資を輸送する陸路を押さえて有利に立った。かつては1500人もの有志たちが、とりでを守って国防軍に応戦してたらしい。今じゃ廃墟だがな…。郊外に環状道路が増やされてからは、人々も新しい町の方へ移動していった」

 彼の言葉どおり、古びた町並みには歩いている人間の姿が見られなかった。

ユ「ここはレッドゾーンか?ずいぶん人が少ないな」

チ「いや。奴らはこんな内陸の、しかも市街地のそばでは、さすがに菌をバラまいたりしないさ。だが低地の方は、国防軍の演習の標的になってる。まさに兵器の実験場だ。手投げ弾にガス兵器にミサイル砲…地雷も少し埋まってるはずだ。一般の普通の土地でだぜ、考えられるか?低地は荒れ野で寂れてはいるが、立ち入り禁止区域じゃない。もし一般人が誤って吹っ飛ばされたら、きっと軍は“反乱軍が仕掛けた爆弾だ”って、報道するに違いない」

幹「前にレーザーを使われた時には、まったく参ったな。正気じゃないね、奴らは。驚く前に、あきれたよ」

男「あれで地球まで真っ二つに切るつもりだぜ。チーチーチーって白い光が近づいてきてさ、それが通り過ぎたらトラックが燃え出したんだ。見に行ったら、まな板の上の魚のようにスッパリ切れてたよ」

レ「すごいな…もしかして、軍事衛星を使ってやってるやつか?そんな物、ここの国防軍が持ってる訳ないじゃないか」

チ「もちろん、アメリカ軍のおもちゃだ。太平洋は奴らのいい遊び場だからな」

ユ「ところで、どこに基地はあるんだい?町を通り過ぎたけど…」

チ「俺たちの向かっているのは、郊外にある野戦病院だ。現在はここに常駐の戦闘基地はない。時々、国道沿いの検問所のやつらと、軽い銃撃ごっこをするだけだからな。それより、その病院というのが、俺たちの貴重な集会所になってる。センターにも近いから、町の暇なやつらが情報をいっぱい持ってやって来るしな」


 町並みがまばらになり、その先の川を越えていくと、畑にもならないような荒れた砂の土地が見え始めた。所々に木や枯れた草が茂っていたが、それらは手入れされず、空き家らしい家とともに放置されていた。

 やがてチョースが指差した先に、それらしい病院の黄色い石組みの建物が現れた。それは3階建てで横に長い造りで、上から見るとFの字型をしていた。

 トラックが土煙を上げて建物の入り口に近づくと、レンガ造りの門のところに『トラチヌス協会 シメオン病院』という表札が掛かっていた。

チ「最初に言っておくが、ここには俺たちは一般ボランティアとして出入りしてる。この病院の院長は、反乱軍とはつながりが無いんだ。君らのことも普通に、町からやってきた俺の友人だと紹介する。中で働いてる医者や、入院してる患者らに、不用意に俺たちの組織のことは言わないでくれ」

ユ「こんな寂しい土地に、医者も患者もいるとは思えないな」

チ「ここは一種の救済所だ。島民登録がなくても、保険カードや金がなくても、とりあえずは見てくれる。職員の半分以上がボランティアだが、彼らのほとんどは移民で、ここに住み込みで働いてるんだ」


 トラックが敷地内へ入っていって止まった。

 レイクとユースは男たちの後から、建物の様子を眺めつつ降りはじめた。

 ユースはレイクより先に下りると、まだ荷台の上にいた相手に手を差し出した。それを無視して飛び降りたレイクは、ひざから下に力が入らず、見事に地面へ崩れ落ちてしまった。

ユ「足にきてるんだ。トラックまで運ぶ時も、君は上手く立てなかった。僕の一発が効き過ぎたようだな」

 レイクは四つんばいになりながらも何とか立ち上がり、最終ラウンドのボクサーのようにヨロヨロしながら、チョースたちの消えた入り口に向かって歩いていった。

 その様子を、腰に手を当てて見ているユースに、トラックの運転手が降りてきて声をかけた。

運「兄さん、坊主を何発やった?いじめないでやれよ、仲間なんだろ」

 その質問に、ユースの方が驚いて答えた。

ユ「一発殴っただけだ。二発目には、向こうから僕のこぶしに倒れこんできた」

運「ハハーァ、すると奴はいいとこのボンボンなんだな。鍛えてやってるのか。親父さんはいるのかい?」

ユ「食料品屋ですよ。頑丈な感じの人です」

 彼はそう答えながら、父親のスサオにレイクが小さい頃などは、よくゲンコツで怒られていた事を思い出した。ユースの方は親に殴られた事などないのに、慣れているはずのレイクが、あんなに情けないのは何故なのだろう…と、不思議に思っていた。


 古めかしい堂々とした正面玄関は、階段を5つほど上がった先にあって、両脇にスロープがついていた。大学と同じような洋風の石造りの構造は、この建物が新島の誕生当時の1940年代に建てられた物だというのを表わしていた。

 ユースが建物の中に入って驚いたのは、人が大勢いるということだった。

 まるでロウ区の町に見当たらなかった人間が、全てここに集まっているかのような盛況ぶりだった。だがしばらく様子を見て、チョースが言っていたように、病院に住み込みで働く人が多い事に彼は気がついた。

 その証拠に、建物の裏には簡易の住宅長屋がたくさん作られていたのだ。

 そこには親が昼間働いている間、代わりに家事をこなす、様々な年代の子供たちが暮らしていた。通りには子供の遊ぶにぎやかな声が響いていて、まるで病院の隣に、学校と保育所が併設されたようなものだった。

 チョースがボランティアをすると言っていたのは、どうやらここでの子供の世話らしく、反乱軍の屈強な男たちが幼児に取り巻かれて保父さんと化していた。


 そんな裏庭にチョースの姿が無いのを知ると、ユースは再び建物の中へ戻った。彼が中央玄関まで引き返すと、そこにある広い回り階段を、ちょうど本人が話をしながら降りてくる所だった。

院「ここも手狭になってきたよ。何せ次から次へと移民が押し寄せてくるだろう?ここは難民キャンプじゃないと言ってるんだがね。恐らく政府が港あたりで、うちの住所を書いたビラを配ってるんだと思うよ」

 白衣を着た初老の医師が、そう言いながらチョースの隣を歩いていた。

 チョースは階段を降りたところでユースに気づき、彼をその医師に紹介した。

 日焼けした顔に、明るい笑顔できびきびと歩くその男は、ユースが予想したとおり、ここの院長だった。

 あいさつが済むと、ユースは周りを見回してチョースにたずねた。

ユ「レイクはどこへ行った?」

チ「診療室だ。奥さんに診てもらってる」


 病院の第一診療室では、レイクがその女医に鼻の治療を受けていた。

 女医は頬のこけた若々しい顔に、スレンダーな体型の中年女性だった。彼女も夫と同じように鋭い目つきと、明るい雰囲気の両方を持っていた。

 鼻に骨折は無かったので、診療はすぐに終わった。女医はたくさんの患者を抱えているようで、レイクの残りの治療を周りに指示すると、忙しく部屋を出て行った。

 その後、女医の代わりに看護婦がワゴンを引いてきて、手当てを始めた。その看護婦は、まだ若い少女だった。

 彼女は血で中が固まったレイクの鼻を、綿棒でグイグイと押して洗浄し、薬を塗りこんでいった。ひんやりした指で手際よく仕事をしていき、程なく治療を終えた。彼女はアルコールで湿らせた脱脂綿をレイクに渡すと、顔の血痕も拭くようにと言った。

 レイクは看護婦の言うとおり素直に拭き始めたが、それを見ていた彼女は少し笑った。そして壁に掛かっていた鏡を外して持ってきて差し出し、顔が良く見えるようにしてくれた。

レ「ありがとう…」

 何故かバツの悪い思いをして、彼は口の中でもぐもぐと礼を言った。

 仕事がたくさんあって忙しい彼女は、顔のふき取りをそのままレイクにやらせて行くつもりだったらしい。しかし今は彼の作業が終わるまで、じっと鏡を持って立っていた。

 そんな彼女をチラチラと盗み見ながら、どう見ても20歳以上には見えないと思ったレイクは、思い切って尋ねてみた。

レ「ずいぶん若い看護婦だね。君はここに住んでいるのか?えっと…」

ツ「カタリナよ。みんなはツィーニャって呼ぶけど」

 栗色の豊かな髪が、内巻きになって頬の辺りに掛かっていて、色の白い肌にそれがきれいに調和していた。

レ「ロシア系だね」

ツ「ママは島の出身で、私もここで育ったわ。パパはウラジオストックにいて、薬品関係の工場長をしているの」

レ「両親は一緒に暮らさないのか…あ、ごめん」

ツ「いいのよ。二人は離婚したの」

 ツィーニャは気分を害した様子もなくそう言い、あらためてレイクをながめた。

ツ「あなたは東洋系ね。少し色は薄いけど」

レ「レイク・カジマっていうんだ」

ツ「レイクって英語の名前?」

レ「本島語じゃライサクルなんだけど、親父が縮めて呼ぶことに決めたらしい」

ツ「あなた…張の若様の知り合い?ゲリラには見えないけど」

レ「友達かな。…君こそ、スパイには見えない」

 二人は顔を見合わせて笑った。 

ツ「私はただの看護婦見習いよ、北区に住んでるの。院長先生の奥さんとは、センターの北区中央病院で、研修してる時に知り合ったの。ここへは三ヶ月前くらいから来させてもらっているわ」

レ「俺は新島大学付属高の一年生だ。出身は南区。チョースとはネットを通じて知り合ってさ、今日初めて会ったんだ」

ツ「パソコン通信は好き?」

レ「ゲームの方がいい。通信だと、俺は人のに勝手に入り込んで、情報網をメチャクチャにしちゃうから。仲間の苦情が絶えなくなって終わりなんだ。…つまり、追放処分を言い渡される」

ツ「ああ、通信しながら他人のパスワードを片っ端から解いちゃうタイプね。確かにそれは嫌われるわ。多分そんな人は、職業でコンピューターを扱うべきなんだわ。脳みそを動かしたくてウズウズしてるんでしょうから」

レ「君も詳しそうだな。趣味にしてるのか、インターネットを?」


 そんな時、診療室のドアがわずかに開いて、ユースが顔だけを中に差し入れた。

ユ「僕はこれからチョースたちについていって、地下シェルターを見てくる。君は足手まといになるから、ここで大人しく寝ているように…」

 その言葉にムッとした顔をしたレイクだったが、ユースに軽くいなされてしまった。

ユ「どうやら、しかめっ面の割には楽しんでるようだな。…寂しくないように、ずっとその看護師さんについててもらえ」

 そういい残して、ユースはドアを閉めた。

 レイクの投げた靴がその直後に飛んでいって戸に当たり、ユースの笑い声だけが返ってきた。



 その後しばらく、レイクは本当に寝て過ごすことになった。

 ツィーニャはあれからすぐに、入院患者の様子を見に出て行った。

 少し安静にするよう、女医から言い渡されていたので、彼はベッドにゴロンと横になっていた。午後の穏やかな時間が過ぎる中、彼はいつの間にか眠ってしまったようだった。

 彼が目を覚まして起き上がると、窓の外にはすでに赤い夕焼けが広がっていた。

 ドアの向こうでは人が忙しく動き回る音がしていたので、彼は戸を開けて外へ出て行った。

 廊下と中央ホールに職員が大勢出ていて、何かを待っているように玄関を見ながら、作業の手順を話し合っていた。廊下奥のナース室では、忙しく薬や備品の用意をしていて、まるでこれから大手術でも始まるかのような物々しさだった。

 レイクは廊下を歩きながら、そんな彼らの様子をながめつつ建物の外へ出て行った。

 彼はユースやチョースがまだ帰ってきてないのだろうか…と考え始めていた。

 トラックの止まっている所まで行って、そこに立っている少し暇そうな男を見つけて話しかけてみた。

レ「チョースは帰ってきてますか?地下シェルターを見に行ったはずなんだけど」

男「もうすぐ到着するよ。若は無事だ、心配するな」

レ「何かあったんですか。急患でも来るのかな」

男「聞いてないのかい、久しぶりに軍の奴らと交戦状態になったんだ。ちょうど演習してたらしい。格好の標的にされた…ほら、ここからでも見えるよ。あそこの木が生い茂ってるところ…煙が見えるだろ?」

 レイクはその光景を見て愕然とし、体をブルブル震わせ始めた。

レ「あそこにはユースもいるんだ。標的って…何もしてないのに、銃を発射されたのか」

男「仕方ないさ。あんな物騒な所には行くもんじゃないね。若い奴らも、少しは利口になって帰ってくるよ」

レ「冗談じゃない!車を出してくれ。誰も迎えに行ってないのか…。自転車でもいい、ここには置いてないのか?」

男「大丈夫だって。病院の車が行ってる。もう帰ってくるって言ったろ」

レ「どうするんだ、あいつが怪我したり、死んじゃったりしたら…奴の母さんに、いったい何て言えばいいんだ」

 彼は多少パニック気味だったが、さすがにだんだん落ち着いて、思考能力も戻ってきた。それで駐車場から引き返して、病院内へ駆け込んでいった。

 レイクは職員に場所を聞き、廊下の突き当たりの院長室にノックもなしで入った。

 中ではちょうど夫妻が電話で、怪我人の確認をしている所だった。彼が駆け寄って現場の状況を尋ねると、院長夫人が安心させるように微笑んだ。

 地下シェルターへ行った全員が無事なようだった。弾の破片でかすり傷を負った若者が数人いただけで、後は無事と分かり、レイクはようやくホッと息をついた。  




 その後、病院の車が現地から帰ってきた。すぐに医者や看護婦が彼らを迎え、怪我をした者は自分の足で治療室へ入っていった。

 そこでハッキリしたのは、軽傷者があわせて6人だという事だった。チョースもユースも全くの無傷で、車から降りてきてみんなに笑って見せた。

 チョースはユースに対して、危険な場面に遭遇させてしまったことを謝ったが、ユースの方は“貴重な体験が出来たのだから、不快になど思っていない”と答えた。

 事態が落ち着いたところで、今後あまり危険なことをしないよう、院長から皆に注意があった。西支部の幹部は、年長者として無責任だったことを院長夫婦に謝罪した。


 そして、帰りが遅くなってしまったという理由で、レイクとユースは病院の車で大学まで直接送ってもらう事になった。

 病院の正面玄関のホールで、二人はチョース以下、全ての反乱軍の人々とお別れをした。レイクはチョースに再会を約束し合って、握手をした。


 

 あわただしく帰宅の準備が整い、やがて二人を乗せた帰りの車が出発した。彼らは後部座席に座って、夕闇に遠ざかっていく野戦病院の建物を振り返った。

 後部の窓から病院の門が見えなくなると、ユースはシートに背を押し付けて、伸びをした。

ユ「ああ、疲れた。今日は変な一日だったな…」

レ「死に損ないめ!人に何のかんの言っといて、お前の方こそゲリラになりたかったんじゃないか」

ユ「楽しかったよ。アクション映画並みに逃げ回った。止まると撃たれるから、常に走ってなきゃいけない。君を連れて行かなくて、本当に正解だった」

レ「お前の母さんに何て言い訳しようかって、そればっかり考えてた」

ユ「僕が死んだら?ママより恐いのはサラだろうな。君のせいだって言って、抹殺できるまで付け狙うぞ」

レ「誰かに責められるのが恐くて、大学へ帰れないから、そのまま反乱軍になろうかと思った」

ユ「君が帰らないとしたら、あの看護師のせいだろ。今度はいつ会う約束をした?」

レ「勝手に昇天してろ、お前なんか…」

ユ「彼女にいい所を見せたかったら、君はもう少し強くなったほうがいいな。僕がいなくなったからって、パニクって叫んでるようじゃダメだね」

レ「なんだと」

 レイクは今さらながらに舌を巻いた。基地見学やら何やらで忙しかったはずなのに、留守にしていた病院のことまでユースは知っていた。残っていた男に聞いたに違いなかったが、そうした彼の情報収集の手腕は驚くべきものだった。

 絶句してしまったレイクに、ユースは笑って手を伸ばすと、相手の肩に腕をかけた。

ユ「ねえ、レイク。君が極端に強がりな人間だという事が、これでよく分かったよ」

 レイクはユースのする事に不可解な表情をした。こんなふうに親しげに肩を寄せてきたりするのは、ユースらしくないと思ったのだ。何故だろうと考えてみて、それはチョースの影響に違いないと思った。

 ユースという人間はこの15年間、常に変わらず、クールで非人間的だった。それがこのたった数時間の出来事で変わったとは思いたくなかったが、その事実は明らかなようだった。

 とはいえ、チョースの人格そのものになった訳ではなく、彼は相変わらず彼だという事もだんだん分かってきた。その完璧な性格に、さらに付け加わったのが、チョースのような貫禄だと思えばいいのだ。

 レイクは自分が銃撃戦に加われなかった事が、今では悔しかった。

ユ「今日一日、楽しい思いを味わったら目を覚ませよ。あれはチョースの人生であって、君のではない。君は殺伐とした世界には合わない人間だ」

 彼は自分をまじまじと見つめるレイクに向かって、機嫌よくそう言った。


 ユースは夕日に顔を染めながら、開放的な気分を味わっていた。

 彼は自分がこれまでずっと窮屈に思えていたタガを、自分自身で外したらしいと感じていた。だが自分の中で起こった変化について、それ以上の追求はしなかった。今は自分よりも、レイクの心の変化に注意すべきだと思ったからだ。

 案の定、レイクは彼に張り合おうとでもしているのか、こんなセリフを言い始めた。

レ「俺は早く目を覚ましたい。これまで漠然と感じてきた事について、もう見てみぬフリはしたくないんだ。反乱軍が、そのための何かを教えてくれるような気がする」

ユ「いいぜ、やれるならやってみろよ。君は自分自身から逃げようとしてるだけだ。自分の影は、どこまで行ってもついて来るんだぞ」

レ「逃げてるつもりなんか無い。…脅すなよ。何だかお前、物言いまでタフな感じになったな。俺がゲリラに会わせたから、そうなったのか?」

ユ「さあね。僕と君の間の力関係が、はっきりしたからなんじゃないかな。僕は君より強い。君より優秀で、そして正しい。反論はあるか?」

レ「それ以上言うな。言ったら絶交するぞ。偉そうにしてるお前には、虫唾が走る」

ユ「君こそ、それ以上言ってみろ。もう一発お見舞いした上に、車から放り出してやる」

 ユースは相変わらず、楽しそうにそう言った。

 レイクは一人ムクれながら、頬づえして窓の外を向いた。

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