第6話 5.三者対面
次の週の土曜日が来た。
ケイとミッキーが計画した海行きは、両グループの全員が参加することになった。車に乗せてくれる人の都合がつかなかったので、行き方はバスになったが、それもまた楽しい旅になると皆は思った。
誰もが頭の中に思い思いの計画を立てていたが、それを人には見せずにいた。バスの中では和気あいあいとしている一方、そうした一種の緊張感が彼らを支配していた。
新島の海岸というのは、どこもが人工ビーチだった。島全体が人工なので、その土台となっている基盤のブロックに、海岸部分をつけ足す形で作られているのだ。
大体のビーチでは人々はまず大きな建物に入り、エスカレーターに乗って、ガラスの向こうの海を見ながら何メートルも下っていく。降りてから受付を通り、プールに来たときと同じように更衣室で着替え、やっと砂のある海岸に出られる。
海岸はハイテクを使った装置で管理されていたが、泳ぐ人は違和感がなく、自然を充分に満喫することができた。そして人工海岸のいい所は、一年中使えることだった。まだ春のこんな季節でも、この島では温室プールにでも行くように、海水浴を楽しむことが出来るのだ。
この日、彼らが来たのは島の西岸にあるラムズゲートという、大きな港のある町だった。
グループの面々はバスがつく頃にはお互い打ち解けて、初対面でも会話が弾むようになっていた。その中でも進んでムードを盛り上げていたのが発案者のミッキーと、彼女の班の班長のイーグルと呼ばれている、黒人系の少年だった。彼らは男3人、女2人のグループで、その他にもう2人、ケイの女子高の同級生がついてきていた。
海水浴場には、南北に何百メートルも砂浜が続いていた。その内側に作られている小道には、派手な色に塗られたオモチャのような小型車があって、人がそれを気軽に利用しては海岸を移動していた。
彼らはその2台のゴーカートに分乗して、いいポイントまで運転していくことにした。
しかしユースとレイクが乗り込んだ方の車に、チェリー以外の女の子が全部乗ってしまった。定員オーバーだからとユースが降りようとすると、彼女たちは笑って「構わないから」と発進させた。
サラは一番最初に乗ってしまったため身動きがとれず、レイクの無謀な運転のせいで、立っている女の子たちの体に押しつぶされそうになった。彼女たちは面白がって笑い転げていて、後ろから走るイーグルも笑ってそれをからかった。
この大騒ぎにウンザリしたサラが、しまいには怒った。“いいかげんにしろ”と言わんばかりに、いきなり座席を立ち上がったのだ。
それを見てユースは血の気が引き、あわてて彼女を押さえ込もうとした。
幸運にもそのとき、車は目的地に着いた。何も気づかなかった少女たちは、歓声を上げながら次々と海岸へ走り出していった。
ユースとレイクは皆を送り出した後も、サラの気分が落ち着くまで、じっと車に座っていた。ユースはサラの体に両手を回し、横から彼女を抱きかかえていた。
彼はそうしながら、苦笑いして言った。
ユ「この妹は…時々、ひどく扱いづらい猛獣に変身する」
レイクはハンドルに片腕をかけたまま、振り向いて二人を眺めた。
レ「だけどお兄ちゃんには、決して手を上げたりしないんだろ。サラ?」
ユ「蹴られたことはあるよ。…僕が寝てる時、こっそりやって来てね」
レイクとユースは吹きだしそうになった。
彼らがこらえきれず、ひとしきり笑っている間も、サラはそのまま前をじっと見つめていた。人形のように押し黙り、その唇が時々かすかに震えている。
ケ「ねえ、泳がないの?」
ケイが戻ってきて、車をのぞき込んだ。
ケ「サラは気分悪いの? 私が代わろうか」
心配ないよ、とユースは言った。
レイクは車から降り、ケイを連れて海岸へと歩き出した。
彼はあたりを見回しながら歩いていて、砂浜を途中まで行った所で立ち止まった。そして突然、ユースを振り返って目配せし、右側の方へ頭を振ってみせた。
彼がそうやって見ている先を、ケイも何となく見る形になった。
そこには一人の少年が、いかにも地元風の5,6人の若者を引き連れて歩いてくる所だった。
少年は痩せて背は低めだったが、日に焼け、引き締まった体をしていた。そして東洋人らしい細く釣りあがった目で、油断なくこちらを見ていた。
子分を従えたその姿には威厳があったが、彼がかなりオシャレな人間だということを、ケイは見て取った。
前髪を左に集めて下ろしていて、時々頭をサッと振って目に掛からないようにするのがクセのようだった。腕には金のアクセサリー、同じブランドのピアスにネックレス。
地元の人間っぽい半切りジーンズに柄シャツを羽織っていたが、隣の子分たちとは違い、彼にはどこか洗練された所があった。偉ぶった態度はしていたが、それでも大人っぽく、着こなしもシブくて板についた感じだった。
ケイが驚いたことに、その地元の親分とレイクは、まるで待ち合わせをしていたかのようだった。向かい合ったまま、その場で動かなくなったのだ。
そして車の中にいたユースまでが、サラをそこに残して歩いてきた。
チ「俺の名前はチョース。このへんを取り仕切っている」
レ「俺はレイク。こちらはユースだ」
なぜか両者は台本でも読むように、感情のこもらないしゃべり方で自己紹介をした。
ケイは首をひねり、それだけでは説明不足だろうと思った。彼女は情報を付け加えてやろうと、口を出した。
ケ「私たち、南区の避難市民よ。新島大学に今いるの」
その言葉に、まるで予定外のセリフでも入ったかのように、3人は眉を寄せて彼女を見た。そして彼らはケイを無視するように続けた。
チ「お前らの事は聞いてる。…ある知り合いからな」
レ「俺たちもだ」
少年たちはそこで、意味ありげに視線を交わした。
何をしゃべっているのか…とケイが怪しみ始めたところで、レイクが彼女に命令するように言った。
レ「向こうで泳いでこいよ。俺たちは親分さんと話があるから」
ケ「話って、何よ。…何故なのよ?」
レ「お互いの縄張りについての話だ。男の話に口を出すな」
威張ってそう言う彼の言葉に、ケイはムッとした顔をした。プライドを傷つけられたのか、無言できびすを返すと、彼女は足早にその場を去っていった。
ユースは先程から、おかしそうな顔つきをしていた。
ユ「偉そうだな、君‥。西部劇の見すぎなんじゃないか」
彼はレイクにそう言い、自分も真似をして腕を組むと、腹からしぼり出すような低い声を出した。
ユ「──近寄るな。ケガするぜ」
レイクもチョースも眉間にシワを寄せて腕組みしていたのだが、ここで笑って緊張をほぐした。それで一気に場が和やかになった。
レ「あらためて、よろしく。先日の夜は失礼したな」
チ「いや‥。驚いたが、こうして会えた。双方にとっていい事だ」
握手する二人。チョースはユースとも握手した。
ユ「あのメッセージを、僕はまだ通して読んでない。彼は僕にさえ隠すんだから…
是非ちゃんとした話が聞きたいと思って、ここへ来た」
彼らはその場から、歩いて移動を始めた。
表面上は和やかな顔をしていたが、まだ全面的に気を許した訳ではなさそうだった。それでもお互い、相手が気に入っているようで、話は支障なく続いている感じだった。
サラはそんな彼らを、車の窓からずっと見ていたが、やがてつぶやいた。
サ「ケンカするって訳じゃなさそうね。少なくとも、当分の間は…」
彼女はやっと腰を上げると、一人で海岸の方へ歩いていった。
ビーチでは女性群がデッキチェアに寝そべり、飲み物を飲みながらおしゃべりしていた。その中心にはケイがいて、友人が彼女に尋ねた。
友「ねえ、二人はどこへ行ったの?」
ケ「さあ、知らない」
ミ「ケイったら…。あなた、あの二人なら任せてって言ったじゃない」
ケイは眉をひそめて両側を見、心外だ‥というように切り返した。
ケ「何?どこまで私に面倒を見ろっていうの。恋のきっかけぐらい、自分で作りなさいよ。今日の手配をしただけで、どれだけ大変だったか、分かってるの」
友「そりゃそうよ、ミッキー。ケイの言うとおりだわ。あんな有望株は放っておいたらダメ、もう誰かに捕まってるかもしれないわ。自分で売り込みに行かなくちゃ」
ミ「そうよね。ありがとう、ケイ。彼らを探しに行きましょうよ」
ケイの友人二人とミッキーは立ち上がった。どちらが好みかなどと話しながら、彼女らは建物の方へ歩いていった。
ケ「…やれやれ、ご苦労ですこと」
ケイはそう独り言を言って、チェアに体を沈めた。
波打ち際ではイーグルと彼のガールフレンド、残りの少年二人の同グループ組と、チェリーのあわせて5人が円陣バレーをして遊んでいた。彼らは大いに楽しんでいて、その笑い声が海岸に響いていた。
チェリーはその中でも目いっぱい陽気で、普段はあまり見せない活発さでボールを追っていた。
サラがその様子を横目で眺めつつ、ケイのいるビーチパラソルの下に歩いてきた。彼女は時々チェリーを振り返りながら、“あのパワーには負ける”とつぶやいて首を振った。
サ「大活躍ね、彼女。頭の糸でもブチ切れたのかしら…」
彼女はケイの横に来て座った。
ケ「あなたはようやく現場へ復帰?」
サ「他の女の子はどこへ行ったの」
ケ「あなたの兄さんたちを探しに行ったわよ」
ケイはハンドバックの中からタバコを取り出すと、それに火をつけた。サラが驚いて彼女を見たが、ケイは少し笑って言った。
ケ「いい子にしていると、時々、派手に何かしたくならない?」
サラは注意する気力も無かったので、ただため息をついた。
ケ「ニコチン・レスよ。最近、女の子の間でひそかに流行ってるの」
ケイは煙を長々と吹き上げた。
それを見ながら椅子に寝そべり、サラはつぶやいた。
サ「…幸せな人だわ、あなたって」
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