3-2 侵入
青い点が刻々と移動しているのに比べて、赤い点には動きが見られない。2人は駅から5分程歩き、近く迄移動する。
「あまり急いで近付くと、気付かれる可能性がある」
サキは足を止めて、建物の陰に入る。「一旦、待機する」
「なあ、未登録のビーストって、つまりどういう事なんだ?」
これ幸いと、修一は訊く。歩きながら訊きたかったのだが、サキの歩みがあまりに早く、話しかけられなかったのだ。
「可能性は2つ。既に人間の生活に溶け込んでいて、どこかの街から移って来たもの」
修一は頷く。
「もう一つは、新たにこの世界にやって来たもの」
「―—新たにやってきた?」
修一の言葉にサキは頷く。
「他のビーストから生み出されたのか、この世界に、どこからか発生したのか」
この世界に発生した、か。
結局のところわかんないのよね、という、倫子の言葉を思い出す。
考えても答えが出ないものに悩む位なら、まず現実に対処しろ……ってか。
「で、今回の場合はどっちのパターン?」
「それは行ってみないと分からない。―—言えるのは、どちらであってもリスクはある。そのつもりで」
サキの視線が強くなる。
「……訊いてみてもいいかな、そのリスクってヤツ」
「前者の場合、人間社会に慣れている分、常識的な行動をとる事が多い。つまり、問答無用で襲いかかったりしてくる可能性は低い」
道理である。
「ただその分スレていて、必要以上に単独を好む傾向がある。だから、こちらの要望に応じない事も多い」
「後者の場合は?」
「自分が置かれた状況が理解出来ずに、自暴自棄になっている可能性がある。もしそうなっていた場合、私達を救いと見てくれればいいけど……」
「敵と見なす場合もあるってか」
サキは頷いて、腕時計を示す。
「これで識別できるようにしたいらしいけど、中々難しいらしい」
質問はここまで、というように、サキは視線を赤い点が光る方に向けた。と突然、
『やっほー! お二人さん、デート楽しんでるかなぁ?』
2つの腕時計から同時に能天気な声が響き、修一は飛び上がった。
「満喫中。―—そろそろ、目標に接触を試みる。いつもの通りにジャミングをよろしく」
いつの間にか画面には倫子が映っていた。例の結界にいるのだろう、タバコを手にしている。
『はいはーい、了解よ。それと修一君。あなたにとっては言わば初陣なんだから。まぁ気楽に、頑張ってね』
手を振った後にふわっと煙で白くなる画面に、修一は引きつった笑顔で応える。
『安心なさい。荒事はサキに任せておけばいいし、あたしもできるだけのフォローはするからさ。まずは勉強、勉強!』
「―—行こう」
サキに促され、歩き出す。と、
「……何だ? この感じ」
周囲の空気に重さがあるような、プレッシャーのようなものを物理的に感じる。
「分かる? これが、ビーストの存在。気配、みたいなもの。―—急ごう。私達の気配はあの人が消してくれているけど、長くは保たない」
あの人って―—先生の事、か。
サキの言い方に違和感を感じつつも、質問ができる雰囲気ではなかった。
半ば駆け足のように進んで2人が足を止めたのは、閑静な住宅街の中にある一軒家の前だった。とはいえ門は錆び、庭は荒れ放題。屋根の色も褪せていて、典型的な空き家の佇まいである。
「……ここに?」
「まず間違いない」
サキは頷く。「抵抗された時の注意点を、確認しておく」
「基本的に、君の側から離れない」
「何故?」
「俺をターゲットにして、結界を張られる事を防ぐため」
サキ曰く、本来第三者が侵入出来ない筈の結界に入るのはそれなりに苦労が必要で、また侵入できた場合でも結界内のどこに入れるか分からない為、合流するまでに時間が掛かる可能性が高いという。
だから、相手が結界を張る場合は必ずサキをターゲットにさせる。その場合であれば、サキの力で修一を一緒に引き込む事ができるらしい。
「相手が結界を張らずに変身した場合は?」
「君が結界を張って、相手を取り込む。―—俺は後から、侵入する」
結界を張らずに変身させる事は最も避けたい事態だ、とサキは説明した。
「それの使い方は、大丈夫ね?」
サキは修一の腕時計を指し、修一は頷く。
「イザとなったら使い方は、あの人に訊けば大丈夫。——それじゃ、行きましょう」
サキは周囲を確認し、門扉を押した。想像以上に大きな音をたてて開く。
以前のようにドアをぶち破ったりはしないだろうか、と半ば本気で心配していた修一だったが、サキが大人しくノックするのを見て安心する。
少し待ったが、反応は無い。サキはドアノブに手をかけて―—バキッ、と音がした。
「……おい!」
「鍵がかかってた。——どうせ、入らなくてはならない」
手にしたノブを投げ捨てて、サキはドアを開ける。ドア全体を破壊しなかったのが、せめてもの情けといったところだろうか。修一は肩をすくめて、後に続く。
不思議と、周囲に暗さは感じない。だが鼻につくカビと、埃の匂い。マスクを持ってくればよかったと後悔する。
そしてさらに強くなる、空気の重さ。
しばらく気配を探っていたサキは、階上を指した。見ると、廊下から階段にかけて足跡がある。裸足でなく、靴の跡だ。
ならば心置きなく、土足で上がれるな。
妙な事に安心しながら、中に入る。——と、
「ねぇ、いるんでしょう?」
サキが突然、声を上げた。「私達が、分かる?」
ドアを開けた際のざわめきが収まりかけていた空気が、再び振動する。が、再度の静寂。でも、いる。間違いなく、ここに自分達以外のビーストがいる。それが分かる。
「心配しないで。闘いにきたのではない。——話しを、しに来た」
サキはもう一度、呼びかける。「今から、そっちに行く」
「——こないで!」
小さいが鋭く、重い声がした。「……こないで」
女性、それも結構若い感じだ。
「大丈夫。心配はいらない」
サキの調子は、いつもと変わらない。「私達は、味方」
「嘘よ! ……あなた達、おかしいわ。さっき迄、何の気配もしなかったのに突然……」
『まずいわね』
画面の向こうで、倫子が頭を掻く。『ジャミングが、逆効果になっちゃったか』
「これまでも、何度かあったこと。心配はいらない」
倫子だけでなく、修一に向けての言葉でもあるのだろう。サキは構わずに階段を上る。2階には部屋が2つあり、どちらもドアが閉じている。が、足跡と気配で、どちらにいるのかは修一にも分かった。
サキは修一をドアを挟んで反対側に立たせ、自身も壁に身を寄せる。手を伸ばし、ノブを握った。
「ドアを開けるわ。入っても、いい?」
「こないでって―—」
瞬間、重い空気中に、稲妻が光る様な刺激が走った。「言ってるでしょう!」
ドアが轟音をたてて外側に弾け飛ぶ。悲鳴を上げそうになり、修一は慌てて口を押さえる。サキはこうなる事を予見していたのか、平然とした様子。修一と目が合うと、小さく手を横に振る。
「今のは、私じゃない」
「分かってるよ! ——てか、大丈夫なのか。相手かなり、興奮してるみたいだけど」
サキは答えずに、部屋に入って行く。修一も顔だけ出して、中を覗いた。
6畳程の部屋だ。何も無い。それなりに明るく見えるのはカーテンの無い窓があるのと、ドアが開いたからか。埃の積もったフローリングの床に、壁を背にして、膝を抱えて座っている人物が見えた。少女だろうか。顔が膝に埋もれるようになっていて表情は伺えないが、長い髪が光に反射している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます