May

3-1 始動

 高校生活、最後の1年が始まった。

 春休みに多くの衝撃的な事実を目の当たりにし、かつ自身がその渦中に飛び込む事になってしまった神室修一かむろしゅういちは、正直当初はビクビクしていた。

 ——が、新学期が始まって2週間が経とうというのに、サキからは何の連絡も無い。敷島倫子しきしまりんこについては、保健室に行けば間違いなく会えるだろう。だが修一はそれを意図的に避けている自分に気付いていた。そして、理科実験室の前に行く事も。

 とはいえ、何故こんなにビクビクしていなければならないのだ。

 自分へなのか、巻き込んだ2人へなのか分からない悪態をつきつつ、左腕に巻かれた時計を見る。

 サキがつけているものと同じ、一見すると単なるデジタル時計だ。あの日、部屋を出る前に倫子から手渡されたのである。

「通信機その他、いろいろ機能がついてるから。できるだけ、外さないようにね。お姉さんとの約束よ?」

 ……何がお姉さん、だ。

 こんな形で知り合うのでなければ、大喜びしているのかもしれないが。


 この日は土曜日で、授業は半日で終わる。大多数の生徒は部活へと向かい、新入部員の目標を達成していない部活の部員などは、教室でたむろをしている帰宅部候補者を捕まえに奔走する。

 殆どのクラスメートが教室を出た頃を見計らい、修一も教室を後にした。

 修一にとっての土曜日は少し憂鬱だ。少ない友人も部活に行き、バイトが始まる夕刻迄の時間が長い。それまでの時間を何をして過ごそうか。それを考えるのが、億劫なのだ。

 昼は学食でとる。平日は売店も開いているのでパン等を買って教室で食べる事もあるが、土曜日は休みで選択肢が無い。

 カツカレーを買って、席に座る。学食というものの常で、値段は安いが味は二の次。外に弁当等を買いに行く生徒も多く、満席になる事は殆ど無いが、それが修一にとっては気に入ってる点でもある。

「——ここ、いいかしら」

 他に席が空いているにも関わらず、正面に誰かが座ろうとする。ムッとして顔を上げた修一は、その顔を見て咽せ込んだ。

「久しぶりね」

 サキが座っていた。「どう? その後は」

「どう、と言われても……別に、かな」

「そう、良かった」

 サキは持っていたビニール袋をテーブルに置く。中に入っていたのはパックの牛乳と、

「またシュークリーム、か」

「ここには置いてないから、外で買って来たわ」

「もしかして、それが昼飯? あ、いやそれはいいけど、君何組にいるんだ? 一度も、姿見た事無いけど」

 サキはポカンとしたように修一を見ていたが、

「言っていなかったかしら」

「……何を」

「私、別にここの生徒というわけじゃないから」

 今度は修一がポカンとする番だった。

「でも、その制服——」

「そう、ここの制服。これを着ていれば、校内を歩いていても怪しまれない」

「普段は、どこにいるんだ?」

 サキは上を指差し、

「何事も無ければ、あの結界の中で待機している」

 何てこった。それじゃあ、校内で見かけないワケだ。

「制服というものは実に便利。何時に、どこにいても怪しまれない。自由に動ける」

 サキはシュークリームを口にする。

「——それはそうと、この後、付き合って欲しい」

 修一はスプーンを止めた。

「まさか……」

「今回は闘いは無い、と思う」

 サキは首を振る。「以前に説明した、捜索と保護。それが今回の任務」

 捜索と保護、ね。まぁそれ位なら——。

「もっとも、抵抗されて戦闘になる可能性も否定はできない。ある程度の覚悟は必要」

 修一はため息をつく。

「バイトの時間迄には、終わるのかな」

「発見と説得が上手くいけば、さほど時間はかからない筈」

 気が付くとシュークリームは無くなっており、サキは空になった牛乳パックを丁寧に折り畳んで、ビニール袋に戻す。

「詳しい話しは後で。——30分後に、校門で待ってる」

 そういい残して去って行くサキの背中を、修一は唖然として見送った。

 ——全く、こちらの都合というものも少しは考えて欲しい。

 冷めかけたカツカレーを頬張る。

 都合——都合、か。

 それが、覚悟ができているかどうか、という事なのだろう。



 どこへ行くのか、と修一が訊くと、以前と同様にサキは着いてくれば良いと言う。

 何となく想像はしていたが、「任務」だというのに電車と徒歩で移動、というのはいささか緊張感に欠けるのではなかろうか。学食である程度固めた覚悟はどこへやら、電車の中で修一はぼんやりとするしか無かった。

 隣に座ったサキは、時折腕時計をいじっている。横目で見てみると、画面には時刻ではなく、何やら地図が表示されているではないか。

「それは?」

 サキはチラッと修一を見るが、返事はせずに再び腕時計に眼を落とす。ここでは話せない、という事か。

 ならば、と修一は自分の腕時計のボタンを押してみる。——が、アジャストやストップウォッチやらの機能が切り替わるだけ。普通のデジタル時計だ。半ば意地になって操作していると、サキが立ち上がる。いつの間にか、駅に着いていたのだ。

 電車が行ってしまうと、ホームは閑散とする。

「……どこだ? ここ」

「知らない。初めて来たから」

 サキはあっさりと言う。

「初めて来たって、もしかしてそれ——」

「ビーストの居場所が分かる。そういう機能」

 サキが修一の腕時計を少しいじると、難なくサキのものと同じ画面が表示された。——この付近の地図だろう。所々に青い点がある。

「青い点は、ビーストの反応」

「……マジかよ」

 多いと聞いてはいたが、視覚的に見せられるとやはり衝撃を受ける。

「ただし、青いのは登録済みという事。心配は無い。問題は——」

 サキは画面をスクロールさせて、止めた。そこには一つだけ、赤い点が光っている。

「未登録反応。——これの確認が、今回の任務」

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