2-4 協力
「まぁでも実際、カタチ的にはあたし達が人間の世界にお邪魔してるって事だし。物事を円滑に収める為には、やっぱり人間側の協力も不可欠なのよ」
コン、とグラスをカウンターに置き、
「——んで、ここからが本題」
ぐっと倫子は顔を近づける。「あなたも、私達に協力して欲しい。仲間になってくれない?」
微笑んでいるように見えて真剣な眼差しは、全く酔っている様には見えない。いや、実際に酔っていないのかもしれない。
「協力って……つまりその、人間側の協力ってヤツですか?」
「ちょっと違う、かな」
倫子はタバコに火を付ける。
「……ビーストには、3つの種類がある」
空になっていた修一のグラスにジンジャーエールを注いで、サキが言った。「元々ビーストとして、この世界にきたもの」
「つまり、あたし」
倫子は親指で自分を指す。
「この世界に来たビーストから、生み出されたもの」
「——君のように?」
サキは頷く。
「ビーストから、人間と同じ生殖方法で生み出されたもの。——この3つ」
修一はため息をつく。この人達は、一体どこまで自分を混乱させれば気が済むのだろうか。
「えっと、ビーストの生殖方法は人間と根本的に違うって、言ってなかったっけ」
「これは、非常にレアなケース。正直、私も信じていなかった。——けど、結果を目の前にすると、信じざるを得ない」
「結果を目の前って……」
サキの視線は揺るがず、真っすぐ修一を見つめている。修一は救いを求めるように倫子を見たが、倫子もまた修一を見つめていた。
「冗談じゃないですよ。——俺は人間です。ビーストじゃない!」
「確かにねぇ、あなたは人間として生まれた。生まれた病院も確認してるし、記録もしっかり残ってる」
「ほら、そうでしょ——」
「でも、あなたは昨日、結界の中に入れた」
倫子の微笑みは、あくまで崩れない。「そして今現在も、結界の中にいる」
スッと、自分の血の気が引いたような気がした。
「この結界は、あたしが作ったもの。——ここに入る時、扉を通ったでしょ? あの扉は、ビーストにしか見ることができない。勿論ビーストしか、中に入れない」
倫子の言葉が、頭の中に響く。
「つまりあなたには、ビーストの血が流れている。——そう判断するしかないのよ」
いつの間にか立ち上がっていた修一は、力なくスツールに腰を落とした。
「確かに、不審な点もある」
サキの声は変わらず、感情が無い。「あなたの両親は、事故死したと聞いている。もしビーストならば、そんな事では死なない」
「隔世遺伝、という可能性もあるけどね」
倫子は首を振り、「でも、あなたのご両親がビーストだったか否かを考えても仕方が無い。大事なのは現実。そして、事実よ」
「仮に——仮に、俺がビーストだとしても」
修一は必死に言葉を絞り出す。「何で、俺なんです? ビーストが沢山居るなら、別に仲間にするのは俺じゃなくてもいいでしょう?」
「んー、それはちょっと、難しいのよね」
倫子は頭を掻く。「さっきサキが言ったけど、ビーストは本能的に独りを好む。人間の世界で、人間の姿で暮らしている内にある程度家族とか、友人とかの対人関係を理解して対応するビーストも増えているのだけど、根本的には変わらない」
「ぶっちゃけた言葉で言えば、『自分勝手で我が儘』という事」
「ぶっちゃけすぎよ。——まぁつまり、私達がやっている事に理解を示してくれない事の方が多いワケ。その点あなたは人間として生まれて生活してきたから、ある程度理解してくれるでしょう?」
「……まぁ、分からないでは、ないですけど」
「それにね」
倫子の顔から笑みが消える。「このままだとあなた、殺されるわよ」
昨夜の記憶が、修一の中で再び蘇る。
「ど、どうして——」
「あなたの存在は、もう他のビーストにとっては人間じゃなくて、ビーストという認識なのよ。つまり、」
「いつ襲われても、不思議ではない」
サキが続けた言葉に、倫子はゆっくりと頷く。
「あたし達は人間を襲うビーストは処分の対象にするけど、ビースト同士の争いには基本不干渉。聞いたと思うけど、ビースト同士の闘いは子孫を残す為のものだからね。結界の中だから人間には分からないけど、結構日常的に起こっているのよ」
「——もし、今のあなたが他のビーストから闘いを挑まれたら、勝てる?」
サキの言葉に、修一は黙り込む。「変身もできず、身体能力も人間のママの今のあなたが勝てる可能性は、万に一つも無い。間違いなく、捕食される」
「そんなにいじめなさんな」
倫子は苦笑する。
「いじめではない。事実を、言っているだけ」
「まぁ、確かにね。そこで交換条件——というワケじゃないけど、協力してくれたら、あなたを守ってあげるわ。身の安全を保証する。加えて今だけの特典として、サキの特別個人レッスンも付けちゃうけど、どう?」
「言っておくけど、レッスン内容は、護身術及びビーストとしての身体能力の使い方等。——決して、いかがわしい事ではない」
修一は、ここに来る前のサキの言葉を思い出していた。
『事情を聞いたら、引き返せなくなる。その覚悟があるのなら』
覚悟——覚悟、か。正直に言えば修一に、そんなものは無かった。しかし——。
「……分かりました」
修一はサキの顔を見た。「聞いてしまったら、確かに引き返せないな」
「そう言った」
サキは頷く。
「正直、自分がビーストだなんてまだ思ってませんよ。——でも、このままだと襲われるっているのは確かみたいだし。だったら、協力しますよ。まだ死にたくないですからね」
「後ろ向きな理由ねぇ。まぁいいわ。チェリーボーイのままで死ぬのは、嫌でしょうしね」
倫子はくふくふと笑い、新たなグラスを手に取る。「じゃ、交渉成立って事で」
修一もグラスを手にして、2度目の乾杯をした。
「——あ、そうだ」
倫子がサキの方を見て、何かしらサインを出す。その瞬間、パァン! と炸裂音がし、修一は反射的に首をすぼめた。その上に降り注ぐ、大量の紙吹雪と鮮やかな色の紙テープ。そして、倫子の拍手。
「ハッピー・バースデー! おめでとう! 新しい神室修一君の誕生よ!」
「……色々な意味で」
サキは新しいクラッカーを手にとり、再び打ち鳴らした。
誕生日を祝ってもらう等、修一にとっては何年振りになるのか。……それが、こんな状況でだとは。
こういう時は、とりあえず笑っとけ!
修一は無理矢理笑みを浮かべたつもりだったが、それがどういう表情に見えていたのか、後で2人に訊いても答えてはくれなかった。
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