大剣を持った勇者

行くあてのないハルキはしばらく城で暮らすことになったが、隣国との戦争が始まってしまった。

王に使えている臣下――貴族たちが騎士として兵士を連れて参上し、城は守備を固めるための準備に追われる。

農村から食料を徴収し蓄え、家畜を城に閉じこめ、井戸のある主塔の守りを固めた。食料以上に貴重なのが水で、敵はまず井戸を狙ってくるのである。


ハルキ「ああ、ついに敵の姿が!」


ヨハン「かなりの軍勢だぞ。これは長引きそうだ」


ハルキ「こんなときに中世トリップするなんて、ぼくは運が悪すぎる……」


ヨハン「嘆いている場合ではない。おまえも私といっしょに城を守れ。何があっても戦場へ出るなよ」


ハルキ「ヨハンは騎士団長だろ。戦場に出て敵と闘わないの?」


ヨハン「それこそ命知らずの愚か者だ。そもそも戦争というものはだな、どれだけ敵からわが城を守るかに尽きる。実際に騎士が前線で戦うのはほんのわずかにすぎない」


ハルキ「でもさ、中世ヨーロッパ風ファンタジーだったら、勇者がばっさばっさと大剣で敵を斬り倒して、大勝利! というのが王道だと思うんだけど」


ヨハン「剣は片手で持てる大きさが良い。もう片方の腕で盾を装備する必要がある。大剣なぞ、無防備もいいところだろうに。あと剣は斬るより、突くか叩いて馬上の敵を落とすほうがいい。何度も斬っていたら、刃がこぼれて使い物にならないのだ。おまけに振り回すには重すぎるし、隙だらけもいいところだぞ」


ハルキ「じゃあどうやって勝利するんだよ。こっちから猛攻撃しないと終わらないじゃないか」


ヨハン「中世の戦争は長期戦が基本だ。相手側の食料や水が無くなったとき、攻めるのが好機。反対に、攻めてきた敵が城を陥落させたら、わが王の負けだ」


ハルキ「大剣を振りまわす勇者が、勝利を導くってすごく無謀だったのか。ぼくの書いた小説とぜんぜんちがう。じゃあ槍にしようかな。騎士らしくてかっこいいし」


ヨハン「おまえの体力だと、あの重い甲冑を着るのは難しいだろう。盾がない代わりに、甲冑で身を守るのだが、馬から降りると身動きがほとんど取れない。ぐっさぐっさと敵を倒せるとは思えん。その甲冑は騎士の財産であり、それを守るための小姓も連れてくる必要がある。その大金を工面できるのは貴族だけだ」


ハルキ「生まれつきお金持ちじゃないと、騎士になれないのか。強いだけじゃだめなんだね。貧乏人はいつの時代でも、損ばかりだなー」


そのとき、地響きがした。城壁が揺れる。


ハルキ「た、大砲?!」


ヨハン「いや、投石機だ。重さ40キロの石を乗せて、飛ばすことができる。何度も攻撃を受けたら、城壁が崩れてしまうぞ!」


ハルキ「大砲はまだなかったのか。でも飛び道具はすでにあったんだね。うわ、今度は小石が飛んできた!」


ヨハン「石弓だ。敵め、わが城を甘く見るなよ」


また轟音がした。ついに城壁が崩れ、いびつな穴から敵兵たちがいっせいに突入してくる。守備をしていた兵士たちが、侵入してくる敵兵を槍で牽制し、剣と盾を手にしたヨハンが加勢した。


ハルキ「ああ、ヨハンまで……。このお城、守りきれるのかな……」


リアルな中世の戦争に巻き込まれたハルキは、震えることしかできない。


ハルキ「ここには英雄みたいにかっこいい勇者はいないんだ。みんな、必死に戦っている。ああ、ぼくの書いた中世ヨーロッパ風小説なんて、ちっともそれっぽくなかったんだ!」



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