姫君の日記

騎士団長ヨハンが仕えている王様へ、助けを求めることにしたハルキ。

突然、21世紀から中世ヨーロッパのどこかへトリップしてしまい、行くあてがなかった。

町をぐるりと城壁が取り囲み、丘の上まで続いていた。その頂に城がある。ヨハンが言うにはいつ敵が攻めてきても戦えるように、要塞だった建物が発展していったのが城だという。

見上げるほどに高い石塀に沿って歩くと城門があり、門番兵がいたが、騎士団長ヨハンの『顔』で通過できた。

しかし王様は朝から狩りにでかけて不在。お妃様とお姫様と大勢の召使がが大広間にいた。


ハルキ「王様が帰るのが夕方って、待ちきれないよ。退屈だなー」


ヨハン「狩りは一大イベントだ。臣下の貴族や森男が猟犬を連れて行く。それが一番の娯楽でもある」


ハルキ「ほかに娯楽はないの?」


ヨハン「チェスと賭け事と飲酒と娼婦だな」


ハルキ「……そういうのは21世紀とあんま変わらないのか。あ、趣味といえば定番の音楽鑑賞と読書は?」


ヨハン「そんなものない」


ハルキ「オーケストラや新聞がまだないのは、ぼくでもわかるよ。モーツァルトがいたのは中世じゃないし。でも本ぐらいならお城にもたくさんあるはず。薬草事典とか怪しい錬金術の本とか、中世風によく出てくるアイテムだもん」


ヨハン「それもないことはないが、たくさんあるとはいえない」


ハルキ「だったら、お姫様は日記ぐらい書いているよね。僕の小説でも姫君の日記で、騎士ハルキに恋しているのが暴露されるんだぞ。中世らしい趣味だろ」


ヨハン「おまえは重大な思い違いをしている。それは何かわからないか?」


ハルキ「王族や貴族が日記を書くのが変だって? 読み書きできる教養があるはずなのに?」


ヨハン「肝心の記録すべき道具がないのだ。あっても羊皮紙は高価なものだから、日記なんぞには使えん。中国で発明された紙だが、ヨーロッパでも流通するようになるにはまだ早い」


ハルキ「ああ、言われてみれば……! だったら本どころか手紙も……。羊皮紙の手紙って実感がわかない」


ヨハン「そうだ。公式の書簡や借用書、大学の学術書、聖書、祈祷書の写本でおもに羊皮紙が使われた。気軽に日記や手紙を書ける時代ではない」


ハルキ「そっか。活版印刷を発明したのは16世紀だったっけ。学校で習ったような……。それまでは手書きで羊皮紙に書き写していたのか。本屋もないよなー」


ヨハン「13世紀ごろには大都市にあったぞ。読み聞かせ用の娯楽本もあった。ただ本はとても高価で貴重な物だから、お金持ちや貴族ぐらいしかコレクションできなかった」


ハルキ「電子書籍どころか紙すらなかった時代か。新聞も雑誌もないから、知識や情報を持っているだけで、優位になれたんだね。だったらぼくは21世紀の知識があるんだ。大活躍できそう」


ヨハン「その前に命があれば、の話だがな」


ハルキ「不吉なこと言わないでよ…………」





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