梓、ご当地キャラになる2
翌朝。
「ピンポーン」
(こんな時間にだれ?)
ドアベルを鳴らす音に警戒心をいだきながら、梓は玄関に向かった。
ドアの防犯用スコープを見ると、そこには店長と60代くらいの知らないおじさんが立っていた。
コンコン
「梓くんいる?」
ドア越しに聞こえる声は確かに店長だ。梓もドア越しに、
「店長ですよね。どうしたんですか、こんな朝に」と来訪の理由を聞いた。
「ちょっと話があるんだけど開けてくれない」
「え、急に・・・ちょっと部屋がちらかってますし、わたし部屋着だし」
「じゃ、外でもいいよ」
(もう、こんな早くに!帰ってくれとは言えないし、なんだろうスティックケーキのことかしら)
いったい何の用件なの思いあたらず、帰すわけにもいかず、「わかりました、ちょっと10分くらい待ってもらっていいですか」と言うと、梓は面倒だと思いつつも外に出る準備を始めた。
「おまたせしました」
ドアを開けて梓が出てくる。
「ごめんね、梓くん。もしかして寝た?」
「いえ、起きてましたけど、ちょっとぼーとしてたというか」
そう取りとめのない会話をする梓と店長を会長はじっと見ている。
梓はすっぴんで髪はといてピンで留めただけ、服もジーンズにボーダーのシャツにフードのついたトレーナーといったラフな格好だった。
そのトレーナー越しでも、胸の大きさをうかがい知ることができる。
会長は、この段階でいけることを確信してか相好をほころばせていた。
「部屋に入るのは悪いから外で話そうか」
「はい」
そう言うと梓は、屈んでスニーカーを履いた。
梓が屈んだことで部屋の中がちらっと見えた。
そこには昨日食べたであろうご飯の食器や惣菜のパックが片付けられないままテーブルの上に残っていた。
それが山盛りである。
店長と会長は顔を見合わせて、すげーなーと目で言い合った。
「はい、行きましょうか」
そいうと3人は梓の部屋をあとにして、商店街の喫茶店に向かった。
喫茶店に入り、席に着くなり会長が口を開いた。
「梓くんだね」
「はい」
「朝から、わざわざ呼び出して申し訳ない。君に相談したいことがあって来てもらったんだ」
(会長、普段と全然口調が違うなぁ)
店長はその豹変ぶりに驚いた。
「はい・・」
梓は怪訝な表情を浮かべて話を聞いている。なしろ朝8時にいきなり女の子の部屋におじさん2人がきて、外に連れ出されているのである。そんな状況で何を話されるのか全く想像がつかない。
「坂下くんから聞いたよ、アルバイトなのに大活躍だそうだね」
「坂下?・・・あ、店長ですね」
(おいおい、梓くんも俺の名前覚えてなかったのかよ・・・)
店長の落胆が目に見えて分かる。
「そんな活躍なんて、お店のケーキの味が、みんなに分ってもらえただけです」
「それを、みんなに知らしめたのはキミの力だと聞いているよ」
「いえ、そんな」
「いやいや、謙遜しなくてもいいよ。素晴らしいことなんだから」
そうって会長は梓を大いに持ち上げた。
「それで、その手腕を買ってだね、梓くんにこの商店街のポスターをお願いしたいと思うんだが」
「えっ、ポスターですか。でも、お店のポスターは店長が作ったもので」
「いやいや、ポースターを作るんじゃなくて、キミに出て欲しいと言ってるんだよ。ケーキ屋さんのポスターを見たよ。すごくケーキの魅力が伝わってきた。キミは本当にいい笑顔だし、商品の魅力を伝える才があるよ」
「でも、わたしそんな」
というと梓はうつむいて小さくなり、もじもじと本当に困ったという仕草をした。
「そんな難しい仕事じゃないから。それにちゃんとバイト代も出す」
「梓くん、ぼくからも頼むよ。見てのとおり、この商店街もだんだん閉店が増えてるんだ。みんなの生活のためにも、お客さんのためにも、この商店街の魅力をお客さんに伝えていかなきゃいけない」
畳み込むように店長が言う。
「勉強には差支えないようにするし、ちゃんと契約も交わそう、どうだろうか」
会長は少しずつ条件を提示する。
「でも」
「それに梓くんはもう商店街の一員だ。一人暮らしじゃきっと食事も大変だろう。みんなで君のことを応援していくから、飲食関係のお店からは無料で惣菜類をプレゼントするよ」
「・・・」
「商店街の顔になるだけの仕事だ。どうだろうか」
(お惣菜がタダでもらえるんだ。せっかく一人暮らしで好きなものを食べられるのにお金に困ってたし・・。1回くらいポスターになるならいいかも・・・)
「梓くん、いろんなものが好きなだけ食べれるよ」
店長のその一言がダメ押しになった。
「まぁ1回だけなら、いいですけど」
「よし!決まりだ!バイト代とかはこの契約書にあるから、ここだ!」
「それから、ここにハンコをおしてくれ。なければ母印でもいい。おーい、朱肉はないかー」
と会長と矢継ぎ早に言うと、人の店にもかかわらず店員を呼び出して朱肉を持ってこさせた。
気が変わらぬうちにと、店員から朱肉をひったくり梓に母印をおさせる。
「はい、押しました」
そこには商店街のプロモーションに協力する、時給は1000円とあった。
「じゃ、ポスターの撮影は追って連絡するから。よろしく!」
話がまとまったと思ったら、会長はそそくさと店を出てしまった。
「会長、待ってください」
店長が後を追う、帰り際にレジにお代を置いて。
ぽつんと残される梓。
「なんなの、嵐みたいな人・・・」
・・・
「ケーキ屋、やったな!」
「はい?」
「俺たちの勝ちだ!」
「え、でもポスターだけでしょ」
「ばかやろう、この唐変木が!おめぇは何見てたんだよ。だからねーちゃんになめられんだよ。プロモーションに協力だろ。ポスターだけじゃねんだよ。プロモーションって言ぇや何でもできんだからよ」
「ええっ、それっていいんですか!?」
「これでオレたちゃ、あのねーちゃん使いたい放題だぞ」
「よーし、さっそくやるぞ。6月にイベントだ!」
「6月って、何もない時期じゃないですか」
「てきとーに作りゃいんだよ、初夏の花祭りとか、思いつかねーけどよ。とにかくケーキ屋、忙がしくなるぞ!」
「は、はい!」
・・・
後日、ポスター撮影の呼び出しがあった。
商店街の魅力を伝えるということだったが、いつもの黒の制服、なぜか両手いっぱいに食べ物を持っての写真撮影だった。
「あの、これどういう趣旨ですか?」
撮影班に聞くと、
「うちの商店街は、惣菜とか日用品とかを売る生活密着型の商店街なので、それをアピールするんです」
とのこと。しかし詳しくは会長のシナリオなんでよくわからないとも言う。
どうにも的を射ない答えしか返ってこなかった。
そして、なんだかよく分からないうちに、焼き鳥を食べようとしているシーンとか、とんかつ切るシーンがどんどん撮られる。
(生活密着って、日用品のシーンが全然ないじゃない)
とはいえ、受けた仕事なので断るわけにもいかず、若干の作り笑いになりつつも撮影は消化されていった。
最後に、
「じゃ、このフォークとナイフ持って、カメラに向かって、こう、挑発的な感じでお願いします」
というオーダーがあった。
(フォークもナイフも挑発的に売るもんじゃないでしょうに)
「ありがとうございます。お疲れさまでした。今日はこれで終わりです」
疑問が消えぬまま、撮影終了。
「あの、このポスターっていつ刷り上がるんですか」
「初稿は1週間後にはあがりますよ」
「それって私も見れますか?」
「会長に言えばいつでも見れると思います」
「そうですか、ありがとうございます」
とりあえず、1週間後に確認しよう。そう思いつつ梓は午後の講座に向かった。
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