梓、ご当地キャラになる3

「な、な、なんなの!?」

 梓のひっくり返った声が会館に響く。

「そう、さわぎなさんなって」

 そして、なだめる会長の声。

 ここは商工会の会議室。といってもつぶれたお店の元店舗スペースだ。

「大食い大会なんて聞いてません!」

「聞いてねぇだろうな。言ってねぇし、撮影のときはまだ決まってなかったしな」

「・・・」

 飽きれて声にならない。

(それより何なのこの人。まるで全然・・・)

 横にいる店長が小さくなっている。それが梓の目にとまる。

「店長も知ってたんですよね」

「いや、ぼくは、途中から聞いたというか・・・」

「知って・ま・し・た・よ・ね」

「あ、はい、なんとなくは」

「なんで、分かった時に言ってくれなかったんですか、そしたら断わったのに」

「断ると思ったから言わなかったんだよ」

 会長がさらっと言った。

「ポスター。刷らないでください!」

「ああ、これ、もう刷っちまったよ。1500枚」

「せ、せんごひゃく!」

「ああ」

「ど、ど、どこに貼るんですか、こんな狭い商店街に」

「いや、ここだけじゃない。隣の町にも、駅にも貼るし、折り込みチラシも発注済みだ」

 足元からガタガタと崩れおちる梓。


「な、なんてことを。もう、戻せませんか・・」

「ねーちゃんが、違約金を払ってくれれば戻せるけどな」

「そんな、むちゃですよ。大体何で私が」

「だって契約しただろ、プロモーションやるって」

「そ、それは、ポスターに出るだけだって、大食い大会なんて話はなかったですよ」

「これも商店街のプロモーションだろよ」

「だいたい、なんで私が出ることになってるんですか!そこですよ!大食い大会のポスターだけでも恥ずかしいのに、出るんですよ、しかもなんでいきなり私が大食い女王なんですか、いつ女王になったんですか!!」

 息を吸う間もなく問い詰める。

「商店街のご当地キャラなんだから、壇上に上がるのは当然だろ」

「えー!私、ご当地キャラだったんっ!」

「そうだよ、だからポスターにのってんだろ」

「何もかにも初耳です!」

「だから、いま説明してんじゃんか」

(だめだ、この人に何をいっても噛みあわない)

「ねーちゃんよ、ちゃんとコッチは知ってんだよ。あんたが大食いなのも、おっぱいでかいのも、どうやってケーキ屋を繁盛させたのかもよ」

 梓は、無意識に自分の胸を両腕で押さえた。

(ねーちゃん?だめだ、この人インテリやくざだ)

「おまえさんよ、自分の特技を活かさねぇーでどうすんだよ。たしかのあんたかわいいよ。ちょっとそこらのたくさんいるアイドルよか、かわいいかもしんねーな。でもよ、それだけで生きていく気か?え?」

「・・・」

「顔だけでやっていけるなんで、20代だけだぞ。その後どーすんだ。人生60年もあるぞ」

「・・・」

「おまえは何ができんだ、せっかく持って生まれてものがあるんだ、使わないでどーする。磨かないでどーするよ。あぁ?」

(くそ!インテリやくざのくせして正論を!)

 返す言葉が見付からない。きっと会長を見据えすしかできない。

「それを、おれ達が引き出してやんだよ。壇上に上がってダメだったらお前はそれだけのヤツだ。おれはお前がかわいいウチは使い倒してやるよ。卒業したら終わりた。それでもお前にはメリットがあんだろ。1つは金になる。2つめは自分は壇上では輝けない人間だったと若くして分かる。いいメリットじゃねーか」


 梓も、かわいいだけと言われたのには火が付いた。

 自分でもブスだとは思ってなかったが、『かわいいだけ』と言われた時にムッときたのは、実際は自分はかわいいと思っていることの査証だった。

 だから「かわいいだけ」と言われた瞬間、沸騰したのだ。

 同時に、それを武器に生きてきたのも図星だった。

 こぶしがわなわなと震える。視線を会長から離すことができなかった。くやしい。泣きそうだ。

(泣くな!泣くな!)

「ねーちゃん、付き合ってるヤツはいるのか?」

「!」

「会長なんで急に」

 店長が声を出す。

「うるせぇな。二人で話してんだよ」

「・・」

 店長が黙る。

「男はいるのか?」

「いえ、好きな人はいます」

 ぶすっとして言う。

「そうか、そいつに自分の何が差し出せる、おめぇは」

「・・・」

 何もないと思った。先生の事がずっと好きだけど、まだ好きだとは言ってない。

 先生は私の事を子供だと思っている。初めて会ったのが5年生のとき、あれから7年たったけど、きっと先生にとって7年なんてちょっと前のことだ。わたしはもうこんなに大人になったのに、先生からみたら5年生の梓ちゃんかもしれない。

 そして先生は子供の私と付き合ってくれているのかもしれない。

 私と先生との関係は、先生のその気持ちだけで保たれてきたと思う。

 もし、わたしがわたしを大人の女として見てと言ったら、先生は私をどう見てくれるだろう。

(だめっ・・・何もないじゃない)

 目がうるうるしてくる。

(やばい、涙が出てきた。泣くな!泣くな!)


「ねーちゃん、今日は帰えんな」

「1日だけ時間をやるから、この話をどうするか考えな」

 梓は、何も言わず会長に背を向けて家に帰った。

 口を開いた瞬間、自分が崩れるのが分かったから・・・


 家に帰って、窓をあけて商店街を見ながら会長に言われたことを考える。

(くやしいけど、あの人の言うとおりだ)

 梓にとって、あれほど自分を全否定されたのは初めてだった。会長の言うとおり、梓はちょうどいいポジションでつつがなく生きてこれたタイプだった。

 勉強も普通、体を動かすのも苦手じゃない、同性から反感を買うほどめちゃめちゃ美人じゃないし、弾かれるほどブスでもない、自己主張も強くなく弱くない、うまく人に合わせてこれたし、困った時には周りの人が助けてくれた。

 大食いが唯一の強みだが、超うらやましがられるような特技ではないので、むしろ面白いねということで友達を引き付ける魅力になっていた。

 何とかやれてきたから、否定されることもなかったし、でも何にもならなかったんだと、今さら気づかされた。

 ・

 ・

 ・

 日が暮れてきた。

 商店街の喧騒が遠くから聞こえてくる。店の中から威勢のいい声が幾重にも重なって響いてくる。

 お客さんのざわめき。子供のはしゃぐ声。赤ちゃんの泣き声。おばさんの大きな笑い声。

 商店街の白熱灯の煌めきとともにそういうものが、梓のなかを通り抜けていった。

(みんな生活してるんだ。店長もケーキ、全然売れなかったけど頑張ってたし、先生も毎日たくさんの患者を診るのは大変だけどそれが僕の仕事だって言ってた。ことねも家族が大変なのに頑張ってる)

「このこと先生に相談したら、なんて言うかな」

 メールをしようか思って、思いとどまった。

 これは一人で答えを出す問題だ。


 どのくらい時間が経っただろう。

 次第に商店街も静かになり。電球がぽつぽつと消え始めた。

 ゆっくりと、でも確実に商店街が夜のとばりに溶けていく。

 最後に街路灯の寒々しい明かりだけが残り、1つ2つとシャッターを下ろす音が聞こえて、全ての店の営業が終了した。

 若者の、たぶん高校生だろうか、やんちゃな声だけが時々あたりに響く。

 みんな家族の元に戻ったのだろう。

 私はいま一人だけど・・

 そんな孤独をかみしめていると、先生の顔が頭に浮かぶ。その顔は飽きれた表情の後のいつも笑顔。

「たくさん食べれることはイイことだよ」

「うらやましいねぇ」

 先生の声が聞こえた。


 ことねはどうしてるかなとかも思う。

 仲良くなったのは、しゃぶしゃぶのときだ。

 あんときは初めて満腹になるまで食べたっけ。苦しかったなぁ。んで翌日ことねが泣き出して・・・

 ことねの言葉は思い出そうとして、言葉は思い出せなかったが、全てが受け止められているような感覚だけが自分の中に蘇ってきた。

 ・

 ・

「やろう・・・」

 ・

 ・

「わたし、たぶん一生懸命にしかできない。なんの知識もないし、強くないし」

「ちょっとかわいいだけだって言われたのは、腹立つけど・・たぶん、そうだし・・・」

「商店街の人たちも期待してくれてるし、会長はムカつくけど」


「やろう。明日やるって言おう」

(恥ずかしいけど、それが私なんだからしょうがないし、もうみんなにバレてるんだし)

 煮え切らないが、覚悟が決まった梓だった。

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