梓、ケーキ屋でバイトする5
スティックケーキの量産には、もう1週間かかった。
そして、満を持していよいよスティックケーキのお披露目となった。
客引き作戦を開始してから、2週間が経っている。
梓のおいしい笑顔のお陰で、お客さんは大分この店に興味を持っていた。そこに自分が買えそうなケーキが現れるって寸法だ。
はたせるかな、お昼の人通りが多くなる時間から、ポスターを見たお客さんがどんどんお店に入ってくる!
そして、みんなスティックケーキを買っていく!
梓も今日は忙し過ぎて、ケーキを食べている暇がないくらいだ。
梓はこの店で初めてレジに行列が出来るのを見た。さばくのが精いっぱいなくらいの列。
そうして初日に準備した100個のスティックケーキは、3時を待たずして売り切れてしまった。
店長が、ポスターに売り切れの紙を貼る。
売り切れになると欲しくなるのが客の心理なのか、「もう、ないんですか」「何時に入荷しますか」との問い合わせが相次いだ。
他のケーキの出足はまだ悪いが、いきなりの大成功である。
「店長、凄かったですね!」
気色ばんで梓が言うと、店長は、「梓くん、天才だよ!凄いよ、想像以上だ!」と、いつもの、のらりくらりとは全く違う歯切れの良さで、梓に言い返えした。
梓は、むしろその反応に驚きながら、「店長のケーキがおしいからですよ。だって、元々おいしいかったんですもん」と店長を立てた。
「そうかな、でもこれをみんなに伝えたのは、キミの力だよ。ありがとう!」と言って、梓の両手をぎゅっと握り、ぶんぶん振り回す。
梓は、頭をガクガク揺さぶられながら「ありがとうございます」と答え、大いに嬉しがる店長の姿を優しく見返した。
なにか、出来の悪い息子がやっと高校に合格した母親の心境である。
店長と梓とは、きっと10歳は違うだろうに。
梓は、男の人って、いつまでも子供なんだとしみじみと思った。
・・・
その日から、店長は変わった気がする。
まず、だらっとした雰囲気がなくなった。それはスティックケーキの大量に作るために、キビキビ動かないといけないせいもあったが、お客さんに自分の商品を売っていこうという強い意志の表れだった。
梓も忙しくなった。もう能天気に窓際でケーキを食べている暇もなくなった。
そして店長のキビキビに合わせるように、他のケーキも売れ始めた。
想定通り。スティックケーキがおいしかったので、他のケーキも食べてみようというお客さんがリピーターになってきたのだ。
それは「こっちのケーキもおいしいわね」という言葉が裏付けていた。
そして梓も、もう余りのケーキをもらって帰ることは無くなった。
バイトの度にケーキがもらえる、しあわせな生活は僅か2週間、回数にして5回程度で終わってしまった。ちょっと量が多くて、きつかったけど・・・。
振り返ってみると、バイトを始めてから今日までは激変の1ヶ月だったと思う。
しかし、更なる激変の1ヶ月が待っていることを、梓はまだ知る由もなかった。
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