梓、ケーキ屋でバイトする4

 その次のバイトでも、客引き作戦は行われた。

 今回もまた、窓際に座りおいしそうにケーキを食べる。

(ふふ、お客は来ないけど、これはこれで優雅な時間かも)

 なんて呑気に構えていたのだが、変化は思いのほか早くやってきた。


 3時の客引きの時、遂にお客さんが引っかかったのだ!

 そのお客さんは、ちらっと梓の方を見ると、その表情に興味を持ったのか、足を止めて遠くから店の様子を伺い始めた。

 どうやら、入るか入るまいか迷っているらしい。

 梓はそれに気づきながらも、そちらを見ないようにケーキを食べる。

 ・

 ・

 からんとドアが開く音がする。

 分かっていてもピクッと反応してしまう。

「いらっしゃませ!」

 梓は心を落ち着けて静かに立ち上がり、深々と頭を下げてお客さんをお迎えした。

 この作戦の第1号となるお客様は、中年のご婦人だ。

「ゆっくりご覧ください」

 梓は嫣然えんぜんと微笑みながら、丁寧にあいさつをした。そして、この大事なお客さんを焦らせないように、わざとゆっくり歩いてカウンターに入った。

 初めはとまどい気味のご婦人も、ゆっくり待つ梓に安心したのか、「どれがお勧めか」とか「いつからやっている店のか」とか「あなたが食べていたの何か」とか話をし始めた。

 そして随分悩んだ挙句に、イチゴショートケーキとモンブランを買ってくれた。

「あなたが、あんまりおいしそうに食べるから、ついね」と本音が漏れる。

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、とても嬉しいです」

 梓が明るく答えると、つられるようにご婦人も笑顔を返し、お礼を言ってお店を後にした。

 ドアが静かに閉まる。

 店長と梓は、ご婦人の後姿が見えなくなるまで、こうべを垂れてお客さんを見送った。


 二人が顔を見合わせる。

「店長、遂に来ましたよ!」

「うん、来たね」

「来ましたね!」

「効果あったね」

「1週間くらいはダメだと思ってましたけど、案外いけるかもしれませんね!」

「うん、いいアイデアだよ、これ!!」

 興奮の二人は、わいわいとそんなやりとりをしながら、この小さな成功を、テストで100点を取った子供のように喜んだ。


 5時の客引きでも、また一人、梓につられましたねというお客さんがやって来た。

 明らかにこの作戦は効いている。

 倒産寸前のケーキ屋に未来が見えてきた。

 バイトを始めて10日も経ってないと思うが、梓にとってこのケーキ屋の経営はもう自分事になっていた。


 ・・・


 その2,3日後、梓が商店街を歩いていると「ケーキ屋のバイトがかわいい」みたいな話が風に乗って聞こえてきた。

(え、私の事?)

 別に自意識過剰な訳ではないが、かわいいと言われて正直、悪い気はしない。

 20代のサラリーマンらしい二人の男性の会話だ。耳を澄ませて聞いてみる。

「ケーキ屋のバイト見た?」

「聞いたことあるけど、超かわいいらしいじゃん」

「なんか、旨そうにケーキ食べるらしいんだ」

「へー、何かいいじゃん」

「だろ」

「でもよ、ケーキ屋って男一人だと入りにくいんだよな。それに荷物になるから買えないしよ」

「だよなぁ」


 刹那、梓に「あっ」と閃くものがあった!

 その閃きが消えないうちに、急いでバイト先のケーキ屋に向かう。

 そして店のドアを開けるなり、奥から店長を呼び出す。

「店長、店長!!ちょっといいですか」

「うん?」

「あの、こういうケーキって作れないかって相談なんですけど」

「新しい商品を作るのは大変だよ」

「大丈夫だと思います。今日、このお店の話をしてる人がいて・・・」

 梓は女の子らしく、どんな事があったのかとか、そのときどう思ったとか、どんな人が周りにいたとか、あったことを順番に話し始めた。店長は、一つ一つに頷きながら辛抱強く聞き続ける。

 そしてずいぶん遠回りした挙句に、「ケーキって持ち帰るのが大変なんで、スティックになってて買ったらすぐ食べられるケーキがあったら、飲食スペースがないウチでも、ふらっとお客さんが来てくれるんじゃないかと思うんです」と、自分のアイデアを披露した。

 はたして長く聞いただけの甲斐があった。

「なるほど、いけるかもしれないね」

「でしょ」

「たしかに、どこかに行こうとしてる途中だったら、ぼくだってケーキは買えないよ」

「そうなんです。ですから、その場で食べられるケーキがあったら、いいと思いませんか?」

 興奮気味に語る梓。

「うん、さっそく、今晩試作品を作ってみるよ」

「はい、私も手伝います!」

 そういうと、二人は新しいアイデアに心を奪われて気もそぞろ。まだ朝だというのに試作品のことで頭が一杯になってしまった。


 実際、スティックケーキは簡単にできた。もともと重めのケーキを出しているので、固めに作るのはまったく問題はなかった。

 ラッピングが難しかったが、梓のアイデアでラッピングシートにナプキンを重ねて三角に折って、それにスティックケーキに巻くことでナプキンを付属しながらラッピングの手間を減らすことができた。

 試しに食べてみる。

「さくっとした食感でおいしい!」

「ラッピングのところはクリームがないですけど、こっちはこっちで生地からバターが香るし」

「一つで2つの味が楽しめる商品ですよ」

 梓が歓喜する。

 店長も、我ながらいいカンジとご満悦の様子。


 食べ終わったとは、ラッピングシートの間からナプキンが出てくるので、手とか口が拭けるし、使い終わったナプキンはラッピングの中に入れておけば、捨てるまでのちょっと間はポケットの中にでも入れておける。

「これなら、『あ、おいしそう』と思った瞬間に店に入って、その場で買って食べられますね」

 梓が言った。

「おいしいってわかれば、別のケーキも売れる」

「ケーキが売れたら、口コミが広がる」

「そしたらお客さんがいっぱいくる」

 ふたりが交互に言う。

「店長、完璧じゃないですか!」

「梓くん、凄いよ!なんか行けそうな気がしてきたよ」

 うんと梓もうなずいた。

「あとは、この商品があることを、お客さんに知ってもらうポスターとか作ればバッチリですね。お店への興味は、わたしがケーキを食べる事で見てもらえるんだから」

「ああ、じゃポスターを作ろう!」

「はい!」


 そうしてノリノリの二人は、あっという間にお手製のポスターを作った。

 最近はパソコンが1台あれば何でも出来る。店長は意外とこういうDTPが得意だった。

「店長、こういうの意外に得意ですね」

 パソコンを操作する店長を肩越しに見ながら梓が言う。

「意外とは失礼だなぁ。でも基本引きこもり系だからパソコンを使うのは得意だよ」

「やっぱり」

「やっぱりかよ、引きこもり系であって、ぼくは引きこもってないぞ。それより梓くん、制服に着替えてよ」

「え、何でですか」

「ここにキミの写真を入れるんだよ」

 と言って、ノートパソコンのモニタを指差した。

「えー、いやですよ」

「困るよ、だってコレ、どうやって食べるのか見せないと分からないじゃない。それに僕がやっても魅力的じゃないよ。だって引きこもりだもん」

「都合のいいときだけ、引きこもりを出して!」

 それを聞いて店長は、目いっぱい残念そうに、

「あーあ、ここま出来たのに詰めで失敗だよ。なんて言ったけ四文字熟語で、画竜点睛を欠くだ」

 といってキーボードから手をはなし椅子にもたれた。

「残念だなー」

「・・・」

「せっかく爆発のチャンスだったのに」

「・・・」

「バイト代も上げられたのになぁ」

「・・・」

「ケーキ達もやっと幸せになれる日が・・」

「わかりました!やりますよ!」

「あれ、無理強いしちゃったなかな。でも梓くんが積極的にやってくれるて言ってくれて良かった」

「まんま、無理強いです!」

 怒って言ったが、本当に怒っている訳ではなかった。

 表向きしょうがくなくやっているカンジにしないと店長へ示しがつかないと思ったし、何よりこのスティックケーキを成功させたい気持ちは、梓も本当に強かった。

 ・

 ・

「はい、着替えてきましたよ」

「うん、じゃ、ケーキを持って、にっこりほほ笑んで」

「はーい」

 店長は店内をバックに、梓のバストアップや、ちょっとケーキをかじったところ、ケーキを片手にポーズをとったところ、ケーキを両手ではーいと渡しているポーズとか、いろいろなカットを撮る。

「店長、本当にこんなポーズいるんですか?」

「うーん、分からないけど、いちばんクラっとくるやつを使いたいからさ」

「誰を悩殺するんですか」

「誰だろうね。とりあえず、ぼくがクラってくるのにするよ」

「もう」

 そうして梓の写真を入れたポスターは完成した。


「片手で食べれる本格ケーキ!」


 そんなキャッチが入る、二人で作ったポスター。

 その出来栄えは、二人ともまんざらではないと思った。それはそのままスティックケーキへの期待となった。

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