梓、ケーキ屋でバイトする3
さっそく次のバイトから、客引きが始まった。
店の中の窓側に小さなテーブルと椅子を置き、そこでおいしそーにケーキを食べて笑顔を振りまくのだ。
商店街に人通りが多くなる時間を見計らって、客引きを仕掛ける。
お昼のちょっと前と、おやつが欲しくなる3時頃。そして人通りが一番多い5時頃が狙い目だ。
窓越しの梓が際立って見えるように制服も用意した。
真っ白のカッターシャツにぴったりとした黒のベスト、シャツは胸元はフリルがついていて、恥ずかしい程、女の子っぽい。
首元は黒クロスリボンを金縁のブローチで締めて、ちょっと胸元を強調するようになっている。
下はすらっりとしたパンツルックだ。
梓は胸は結構ある方だが太ってはいないので、横からみたラインがとてもシャープにみえる。
そんな服を着た女の子が「おいしい笑顔」を振りまいているのは、さぞかしインパクトがあるだろうという企画だった。
店長は、ご多忙にもれずメイド服を希望したが、梓が断固拒否した。
「大学生にもなってそんな服は着れません!」
その一言で店長の交渉は終了となり、この服が採用された。
もうひとパターンとしてフリルのないシャツに黒のネクタイも用意された。こちらはフリルは恥ずかしいという梓の要望に応えたものだ。
この服を着込んでのバイトが始まる。客の出足はいつもと変わらない。
12時、作戦開始。
窓際のテーブルにつく梓。今日はチョコレートケーキを頂く。
自分でケーキをお皿に乗せて持ち出し、コーヒーを用意する。
「いただきまーす」
ケーキの隅っこをちょっと取り、パクり。
「んー、チョコが濃厚でおいしい!」
例の口角を上げた『はむっ』とした笑顔が自然とこぼれる。
「てんちょ、ケーキ作りは結構上手なんだけどなぁ」
美味しい部類に入ると思うのに、なんで売れないのか不思議に思いつつ、次の一口をパクっ。
「あむ」
「うん、うん」
作り笑顔をする必要もなく、自然にほっぺが落ちそうな笑顔になる。食べ物の幸福力は絶大だ。
通りを歩く人がちらっちらっと店内の梓を見る視線を感じる。でも店に入ってくる様子はない。
(まぁいきなりは無理だよね。まずはインパクトだけで十分)
「あーんっ」
(おいしー!)
余りにおいしくて、食べるペースが速くなってしまう。
これは客引きだから早く食べてはいけないのだ。ゆっくり食べて、たくさんの人においしそうなところを見てもらわなければ意味がない。
梓はちょっと間が持たないので、ときどき頬杖をつきながら外を見たり、ちびちびコーヒーを飲んだりしながらゆっくり30分以上をかけて、一つのケーキを食べた。
「ごちそうさまでした」
フォークをおいて、ケーキ様に頭を下げる。
「店長、お客さん来なかったですね」
テーブルの食器を下げながら、ちょっと大きめの声で梓が言う。
「まぁ初日だからね。続けていれば何か変化が起きるんじゃない」
「そうですね、焦らず行きましょう」
そうして3時にも、5時にもケーキを食べて、第1次客引き作戦は終了した。
今日は客引きは上手くいかなかったが、二人に悲壮感はない。
明日は、誰か来てくれるいいな。
・・・
その日もケーキがたくさん余ってしまった。梓は店長に頼んでそのケーキを全部もらってきた。
箱に入れると大きい箱にみっちり詰めて6箱分。思ったよりあるのでちょっと驚いたが、食べれない量ではないだろう。
「こんなに残っちゃうんだもん。店長キビシイだろうなぁ~」
その重さを、店長の気持ちの重さとかみしめつつ家に持って帰ってくる。
とは言え・・・
「ケーキ楽しみ!今日はケーキが晩御飯だ」
と早く食べたい気持ちを抑えきれない。
アパートに戻ると靴を脱ぐのも面倒とばかりブーツを放り出し、ばたばた部屋着に着替える。
部屋着は、かなりゆるいサックワンピースだ。
(ゴムのウエストじゃきついかな・・・)
これから食べる量を考えると、お腹が凄いことになるのが経験的に分ったからだ。
着替えて手を洗い、テーブルの前にペタンと座ると、待ちきれませんとばかりにケーキ箱に手をかけた。
「こんなの家じゃ絶対できないよね。一人暮らし最高ー!」
つい本音が漏れた。
親元で暮らしていて、帰りにこんなにケーキを買ってきたら、ママに大目玉をくらうに決まっている。
『あずさ!なにそんなに買ってきてんのよ!バカじゃないの!』
ママが言いそうな言葉がアタマに浮かんだが、逆に『今わたしは一人暮らしなのよ。もう何をいくらでも食べてもいいんだもん!』と同じくアタマの中なのママに言いかえしてやった。
「うーん、わくわくしてきた」
テーブルに目いっぱいケーキを並べべ、その壮観さを脳裏に焼き付ける。
さしずめケーキの観艦式といったところだ。
ケーキはゆうに60個はある。ケーキバイキングで換算すると150個以上はあるだろう。
「どれからいこうかな~」
というと、テーブルに顔をくっつけてケーキの艦隊を満面の笑みで眺め始めた。
「やっぱりケーキといえば、ケーキの王様、イチゴショートかな~」
「それとも、店長おすすめのレアチーズかな~」
「うふふ」
自然に笑いが込み上がり、うっかり声に出てしまう。
「よーし、イチゴショートにしよっと。5個もあるんだから何回も食べれるし~」
そう言うと、イチゴショートケーキを手に取り、お皿にぽんと置いた。
イチゴショートをぱくっ
むぐむぐ・・んっ
「やっぱおいしい!」
「ふわっとしたクリームもいいけど、この濃厚さがいいわ~」
「なんかイチゴに練乳をかけたときのカンジっていうか、舌に乗ってくんだよね」
うんうんうなずきながら、イチゴショートをぽいぽいと食べる。
こんなに沢山あると味わって食べる必要はない。梓は日ごろの欲求不満を晴らすように、ケーキをフォークで大きく切り取り、口一杯にほおばって食べる。
はぐ、もぐもぐ
「ひははせ~」
はぐ、もぐもぐ
そしてまだ食べ残っているというのに、次はどれにしようか考え始めた。
「次はどの子にしようかな」
「うーん」
そう唸ってケーキ全体に目配りをする。ちょっと色のちがったケーキが目に飛び込んできた。
「んっ、アップルパイさんと目が合ったぞ」
「じゃ、アップルパイさんをいきますか」
服がケーキにつかないように、袖を押さえてテーブルの奥からアップルパイを取り上げる。
それをまたお皿に乗せて、アップルパイを上から横から眺め始めた。
「キミは、つやつやだねぇ」
「綺麗だよ」
宝塚の男役の様な声色でアップルパイにラブコール。
「僕に食べられちゃってくれるかな」
「いいともー!」
ひとり突っ込みをかましながら、フォークでパイをぶすりと付き刺し、ぱくりと一口。
はぐ、はぐ、はぐ・・ごくん
「うまーい、リンゴの歯ごたえがあるー!」
「生地もしけってないし、りんごの水分が漏れてないんだ」
どうやら気に入ったらしく、食べながらもう手は、次のアップルパイをテーブルから物色していた。
口一杯にアップルパイをほおばり、もしゃもしゃと食べる。
「ちょうどひひ、はんみがはって、いいんじゃなひ、これ」
アップルパイでベタベタの口がもごもご動く。
・・「ごく」
口の中の大量のアップルパイを飲み込む音が聞こえた。
「もういっこ」
と言いながらペットボトルの水をコップにあけて、ごくっと一口飲み、コップを離す手間も惜しむように次のアップルパイを手にとる。
それをまた上からぶすりとフォークでさして、ワイルドにもはもは食べる。
あっというまに2個のアップルパイは、梓の体に吸収されてしまった。
「アップルパイ、おいしかったー」
「さて、待望のレアチーズケーキいきますか」
手前からレアチーズケーキをとり、お皿に乗せると思いきや、そのままはむっと端っこを噛んだ。
「だれも見てないし、いいや」
自堕落な一人暮らし生活。
「面倒」と「お行儀」の天秤は、あっさり面倒に傾むいた瞬間だ。
まだ一人暮らしを始めて1ヶ月と経っていないと言うのに大丈夫だろうか。
「うん、これもいける。すんごいなめらかチーズ!」
「裏ごし、どのくらいするんだろ。結構、手間だろうな」
「どれも、おいしい子ばかりなのに、なんでこんなに売れ残るのかなぁ」
こんな具合に、だれも聞いていないが、うまく出来上がったケーキにコメントを残しつつ、売れ残りの理由を考えてみる。
もちろん食の手は止まらない。手当たり次第に好きなものから食べていく。
今日持ち帰ったのは、イチゴショートケーキ、アップルパイ、モンブラン、つやつやのチョコレートケーキ、レアチーズケーキ、シュークリーム、モカロールケーキだった。
「この大きい、ロールケーキもひとりじめだもんね」
20㎝はあろうかというロールケーキが3本も残っていたので、梓はそれも全部もらってきていた。
大きさを確かめるように3本をテーブルに並べる。
他のケーキの4個、いやもっとあるかといった大きさだ。観艦式の
「よっし、一気に食べるぞ!」
とやる気満々に言うとロールケーキを両手で
ロールケーキ3本はかなりの量だ。というかかなりのカロリーだ。3本も食べれば普通の女の子の1日分のカロリーをゆうに超えそうである。
そしてロールケーキは生地もさることながらクリームも多い。さすがの梓も3本を食べ終わった時には大きなげっぷが出た。
「げぷっ」
「さすがにロールケーキの一気食いは、くるなぁ」
更にケーキは甘いし、スポンジ部分もあるから、たくさん食べると喉が渇く渇く。
ついつい水も進み、気づいた時には2リットルのペットボトルが空になっていた。
そんな調子で、好きなケーキをたらふく食べ、喉が渇いたら水をかぷかぷ飲んでいたものだから、だんだんお腹がせり出してきた。
息を吸うと自分のお腹がテーブルにぴたっと着くのが分かる。
座った時はテーブルとお腹の間は10㎝くらい開いてたはずなのに、今はその隙間が無くなるほどウエストは膨張していた。
それでも、まだテーブルに乗り切らなかった1箱がまるごと余っていた。
梓はそのケーキ箱にちらりと横目でみる。そして自分のお腹おを見て、よいしょ立ち上がってぴょんぴょんと飛んでみた。
既にケーキ5箱と水2リットル以上を詰め込まれたお腹は、ぴょんと飛ぶたび、その運動とは遅れてついて来る程 ふくらんでいた。
「よし、まだまだいける」
そういって6箱目をあける。
「また、モンブラン!?こんなに余ってたっけ」
「もう4個くらい食べた気がするよー」
さすがに梓でも同じものばかり食べると飽きがくる。ちょっと気が重くなりつつ、またそれをテーブルに全部を並べた。
「でも店長の作ったものだもん。全部食べよう」と言って、モンブランから次々と食べ始め、ついに最後のレアチーズケーキを食べ終えた。
「あー、お腹きつっ」
「ケーキって、思ったよかきくなぁ。余裕で食べちゃいますって言ったけど、結構ギリギリだ」
飽きたとか言いつつ全部食べてしまったが、お腹がもう大変なことになっている。
「お腹パンパン。動きたくなーい」と言うと、部屋にごろんと大の字になった。
妊婦の様なお腹が、上下に大きく動いている。
このサイズはたぶん双子を身ごもった妊婦だろうという大きさだ。
梓はその大きくなった自分のお腹を両手でやさしくなで、恍惚とした表情で天井を見つめていた。
自分のおなかのふっくらとした曲線がきもちいい。
「あー満足ー。くぷっ」
といってポンポンとお腹を叩く。
それに合わせてピチピチと音が返ってくる。そしてビーンとした振動がお腹全体に伝わる。
その何が面白いのか分からないが、梓はずーとお腹を叩き続けた。
「やっぱスゥエットだったらやばかったなぁ。このワンピなら超ゆるいからどんだけ食べてもゆとりがあるもんね」
かつて、おなじワンピでもちょっとお腹のあたりを詰めているワンピを着て大食いしたとき、背中のチャックがぱりっと破けてエライ恥をかいたことがあった。
それ以来、大食いの時は、苦しくならないようにこの手のゆるゆるワンピや、お腹が隠れるようにチュニックなどを着るようにしていた。
6年近くも大食いを続ければ、いろいろなアイデアが出てくる。
さっききのちょっと立ってみるのも、胃の上が膨らんできたときに下に落とす工夫だった。
(ケーキとお水だけで何キロ食べたんだろう)
体重計がないから分からないが、ホールケーキ換算でも6個以上は食べているはず。
こんなお腹になるのは当然だった。
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