梓、限界を知る8

 今日は、この2日間がウソのような綺麗な秋晴れになった。

 雨上がりの空は一段と高く青く、雨が空の汚れを洗い流してくれたよう。


 梓と琴音は、この日、一緒に登校した。

「ことね、急に抱きつかないでね」

「しねーよ」

「あずさこそ、急にでっかい弁当とか持って来てないだろうな」

「持ってくんわけないじゃん」

 二人は上機嫌に学校の門をくぐる。


 クラスの扉を二人で開けて中に入ると、ざわめきが一気に静まり、うわっと二人に注目が集まった。

 二人は顔を見合わせて、目でうなづく。

「わりぃわりぃ、心配かけたな」

「ごめーん、心配した?2日もズル休みしちゃったから」

 女子が、ぞろぞろと集まってくる。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫じゃなかった」

 梓が笑顔で答える。

「えっ」

「だって、大食いなの見られて、あんなの描かれたらイヤになるに決まってるじゃない」

「う、うんそうだけど。なんでケロッとしてんの」

 梓は琴音は、またうなずき合う。

「ふふ、それはね、きっとすぐ分かると思うよ。ね、ことね」

「ああ、皆これからもよろしく頼むわ」

 いつになくカラっとした笑顔で琴音が答える。

 周りのみんなは、何が起こったのかよく分からず、頭に『?』を浮かべてキョトンとしている。

 そんな中、能天気なひなが、「でも、ふたりとも調子いいみたいだからいいんじゃない」と、実にひならしいことをサラッと言った。

 それに合わせて、「そういうこと!」と琴音と梓が力強くハモッて答える。


 その視線の向こうに、所在なくウロウロする山本の姿を梓は捉えた。意を決して踏み出す!

「そうだ!山本っ」

 ちょっと芝居がかったかもしれない。梓が思い出したように声を上げる。

「山本、こっちきなさーい」

 あたりがざわめく。梓が「山本くん」と君づけで呼ばなかったからだ。

 呼び捨てにするなんて、今までない事だったから。

 山本もびっくりするが、呼ばれるままに梓と琴音の前にやってきた。

「ちょっと、なんてもん描いてくれるのよ。超ショックだったんだから!謝んなさい!」

 左手を腰に手を当てて、梓は山本をにらんだ。


「あ、ああ、すまなかった」

 面食らいつつ、山本はアタマに手を当てて恐縮そうに謝罪する。

「女の子を傷つけたらすぐに謝るものよ」

「でも、謝りにいこうとしたら松倉が、わたしが伝えるからって、止められて」

「えっ!?」

 後ろで琴音が「あっ」と表情をしている。

「すまん、山本、伝えるのすっかり忘れてた」

「松倉!おまえ何しに御子柴のところ行ったんだよ、学校さぼってまで」

「だから、忘れたって謝ってんじゃん。ごめん」

 明らかに今までの男性に対する態度と違う琴音に、またクラス全体がざわめく。


「あ、謝る気あったんだ。やまもとー」

 梓も、ちょっと違和感があると自分でも思いながら、昨日までと違う自分に踏み出す。

(大丈夫、琴音と一緒だから)

「ああ」

「もう、しょうがないなぁ、じゃ今回は許してあげる。そのかわり、今度皆でご飯食べるときは私の分もおごるのよ。わたし食べるよー」

「ああぁ、ありがとう」


 何が起きたのかは分からない。それは二人だけの秘密だ。

 だがクラスの皆には、二人が自分達より先に階段を一つ上がったことが伝わっていた。

 それは壁を越えた者だけが持つ、爽やかなインパクトがあっから。

 ほぐれていくクラスのわだかまり。

 願わくば二人に美しい想い出が刻まれますように。

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