梓、限界を知る3
そんな琴音がクラスを引っ張って、あっというまに5ケ月。
学校行事の中でも最も手間がかかって、もっとも熱くなる学園祭シーズンがやってきた。
この学校の学園祭は毎年たくさんのお客さんが来ることで有名であった。
理由は簡単。
「かわいい娘がいる学校に堂々と入れるから」
お客が入いれば、やることもデカくなる。
それに応えるように、生徒たちの出し物も年々大仰になり、今年は各クラスとも泊まり込みで学園祭の準備をする状況になっていた。
そして、やることがデカくなれば、お金も動く。
学校は「お金の勉強や社会体験・企業家育成によい」ということで、学園祭のときだけは実際にお客様からお金をいただき問題のない範囲で商売をするのが通例となっていた。
「さあ、ウチらは何をやる」
放課後の検討会。琴音が威勢よく口火を切った。
「喫茶店ー」
「お化け屋敷ー」
「手作りのグッズ販売とかぁ」
「なんか展示するってのはどう?」
「演劇とかやってみない?」
女子から現実的な意見が出てくる。
そしてこの話が出ると男子どもは決まって声を上げるのだ。
「メイド喫茶にしよう!」
と。
「異議なし!」
男子の野太い声がクラスに響く。
「えー、ありえなーい」
クラスから低いトーンの軽蔑したブーイングが湧き起こる。
「いいじゃねぇかよ、客がくるぞ、客が!」
「いやよ」
「メイド喫茶というものを、学園祭でやることに意味があるんです!」
「なに力説してんのよ、ばっかじゃない」
「そんなのアキバに行けばいいじゃん」
やいのやいのと激しい議論になる。
その議論を見据えたように琴音が教壇をたたく。
「はい、はい、もう十分話した?じゃ民主的に決めようじゃないの」
「メイド喫茶がいやな人」
当然のように女子全員の手があがる。
「見るまでもなく決まりね」
男子から憤然と声があがる。
「松倉!民主主義をなめんな!多数決が民主主義じゃねーぞ」
「あら、だったら男子がメイド服を着てもいいのよ」
「ぐ・・」
「女子はこの通りの意見よ、それとも私たちを力ずくで脱がせてメイド服でも着せる?」
「いやー、けだものぉ~」
かぶせるように誰かがからかう。
確かに本人たちが拒否権を発動してはこの企画は成立しえない。
周囲を見渡す男子諸君。
「わ、わかった。別のアイデアにしよう・・」
「素直でよろしい」
勝ち誇ったように琴音が言う。鼻高々とはまさにこのことだ。
琴音はクラスを見渡して
「みなさんのメイド喫茶以外の意見を聞いたところ、私は思うのよ・・」
琴音が何を言うかにクラスの注目が集まる。
琴音は喧騒の余韻が静まるまで十分待ってから、
「ウチらは夜市をやる!」
黒板を平手でたたいて宣言した。
「何を言い出すかと思えば、松倉さんのやりたいことじゃないですか」
前に席に座る黒縁メガネの生真面目そうな男子が言う。続いて入り口付近のチャラい男子からも、
「なにが私が思うところだ!勝手に決きめんなよ!みんなどうなんだよ」
と反論の声が。
この男、チャラいくせに頭の回転が早い。いち早くガテン系の仕事が自分たちに回ってくることを察知したようだ。
「だいたい夜市ってのは夜にやるんだろ!昼間はどうすんだよ!」
「夜市の名前を借りただけで、ただの小売の集まりじゃないですか」
「夜市じゃかわいくねーぞー」
その反論に男子が続く。
だが、メイド喫茶より明らかによい提案に、女子は琴音を支持しているご様子。
琴音はそれをしっかり見てから、
「うっさいわね。男のくせにごちゃごちゃと!ホントの夜市も夕暮れからやってんのよ!それに夜は他の店が閉まるんだからその間、がっぽりもうけられるじゃない!」
「地の利、時の利ってのを考えなさいよ!」
「だいたい学園祭ってのは祭りよ。祭り感を出さなくてどうすんのよ」
畳み込むように反駁する。
「松倉さん!目的はもうけることじゃないです」
例のメガネ男子が正論を訴える。
「勝負に負けてなにが目的よ!!」
「そういうのは負け犬がいうセリフよ。あんた10代にして負け犬になりたいわけ?」
「学園祭の目的は、健全な・・・」
「なにが健全よ。だったらメイド喫茶は何よ。健全が聞いて呆れるわ」
しまった自爆したと、うつむくメガネ君。
しゃーねぇなぁと、後ろのチャラい男子がいう。
「そもそも、何をする気だよ、松倉」
「あら、興味が向いたようね。じゃみんなで考えてみましょうか」
・
・
・
夜市。
あの台湾の夜市を1つのクラスでやるのか?
その答えはYESだ。
3人がセットになって10店の夜市を昼から?出す。
飲食も物販もある。
かき氷、もつ鍋、ルロー飯、風船売店、射的・・・それぞれ自分の興味や特技を活かした好きな店を出店するのだ。
趣向と出店の中身が明らかになるにつれ、男子もだんだんのってきた。
どうせやるならと、自分の得意を活かして古着バザー、アニメグッズ販売や鉄道模型展示などを企画してきた。
いったい、どこから仕入るつもりなのか?
(男ってバカよねぇ)
そんな心の声が19名の女子から聞こえてくるが、まぁやれると言ってるんだからやらせましょうと、あとは本人におまかせモードになっていく。
「出し物は決まったわね。じゃ仕事を割り振るわよ」
アイデア出しが終わると見るや、琴音は持ち前のリーダーシップを発揮して、次々にTODOを決めてくる。
「いい、やるんだったら本格的にいくからね」
「本格的?」
「衣装も作る!!!」
「まじかよー」
「男子は手伝わねーからな」
男子のブーイングがこだまする。
「あったりまえじゃない、アンタらに任せたら、全部メイド服になるっての!」
「えー、じゃ女子で作んの?ことねー」
「もちろん」
「まじー」
「だってサイズとか、男どもに知られたくないじゃん」
「そうだけど、大変だよ」
「この大変なのが、いい思い出になんの」
そういって不満をいう女子に気配りしつつ、
「被服クラブの4人!」
「はい!!」
「あなたたちの腕を信じてるわよ」
「えー!責任重大~」
「デザインは、ひなちゃんに任せた」
「え、わたし一人でぇ」
「じゃ、だれか助っ人。梓!」
「はぇ?、わたし?」
てな具合で、ぽんぽん役割をきめていく琴音。
「松倉、屋台はどするんだ」
クラスで一番テキトーそうな男子が、イスに寄りかかりながら質問をした。
「そんなの男子でやりな」
「全部おれたちでか?」
驚きの声があがる。
「そうよ力仕事でしょ」
「中には大工仕事が苦手な人もいます」
まじめそうなメガネ君2号が、やんわりと拒否をすると、
「知っちゃこっちゃないわよ。特訓でも山籠もりでもなんでもしてきなさい!」
手痛いしっぺい返し。
「松倉、仕入れとかその予算はどうする。お前が仕切れよ」
「松倉、松倉ってうっさいわね。先生から前借でもすればいいじゃない。儲けたら耳つけて返してあれげればいいのよ」
「おーい、松倉。おれはださねーぞ」
先生が窓をみたまま、のぼ~という。
「先生!学生じゃお金は借りられないんですから、50万くらい気前よく出せばいいじゃないですか」
ヒートアップする琴音は教師まで仕切る始末だった。
こんな感じで出し物が決まり、屋台を作りや衣装の準備、道具の手配や仕入発注やら大量の仕事が発生することになった。
準備に勉強、部活に遊びの、ごったごったの喧噪のなかで日に日に気分も盛り上がり、気づけば、あっというまに開催前日。
そうなると、やぱり最後も「ぱー」と終わりたくなるのが人の性だ。
「ねえねえ、学園祭の打上げで、しゃぶしゃぶの食べ放題にいくんだけど、一緒にいかない?」
琴音がいつもの軽やかな調子で梓に声をかける。
「えー、クラスみんなで、しゃぶしゃぶいくの?」
「ちがうよ、女子だけ。いまみんなに声かけてんの。こんどの出し物さ、ウチけっこ大がかりじゃん、せっかく泊まりがけで作るんだから、最後もぱーっと!終わりたいと思ってね」
「いいね、でも男子は怒んない?」
「いいんじゃない。あいつらはあいつらで男の友情を深めるよ。きっと」
「お店はわたしが見つけてくるから、梓もみんなに声かけてよ」
「男の友情ね~、じゃ私は、ななとか美咲ちゃんにも声かけておくね」とは言ったものの、『琴音の男嫌いもなぁ』と梓は思った。
確かに、学園祭準備の出だしで男子を叩きすぎたせいか、琴音と男子は微妙な関係になっていた。
でもそれより前から、いや初めから琴音は男を嫌っているように見えた。明らかに女子と接する琴音とは違う。
女の子には、おせっかいで剛腕なところはあるが、困ったことは真剣に聞いてくれる優しい琴音。
だが、男には話をしても冷たい感じがあるし、ときには必要以上につっかかることが多かった。なによりも話すときの距離が本当に遠い。
その姿は、琴音のリーダーシップに比べて幼稚に思えた。
まるで、薄い破れそうなバリアの中で一生懸命踏ん張っている小さな女の子・・・
そう梓には見えるときがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます