梓、限界を知る2
時は戻って、薫風香る4月。
早咲きの桜の花びらが風に乗って流されていく。
その桜の大河を逆に追うと、その先には昭和モダンの学校があった。
真新しいカバンと初々しい制服の学生が、その門に吸い込まれていく。
梓がこの春から通うのは、なんの変哲もない普通の公立高校だ。
マンガだと、凄いお金持ちがいるとか、変わった理事長がいるとか、生徒会が大変なことになっているとか、突飛な設定があるものだが現実にそんな学校なんてあるはずがない。
でも、ただ一つだけ梓には気に入ったところがあった。
それは
『女子の制服が超かわいいこと』
そのかわいい制服が目当てで入学してしまった。
そんな訳でココは、ちょっとおしゃれを気にする女の子が集まりやすい、学区で評判の高校になっていた。
なら男子も必然あつまってきそうなのだが、梓のクラスでも男子13名、女子19名と圧倒的に女子が多くなっていた。
理由はこんな感じだろう。
『思春期の男子は女子ほどタフじゃない。女子高っぽい雰囲気に気後れして、毎日毎日、女の子に囲まれて過ごすのが耐えられないから』
それが本当に理由か分からないが、こんな高校に入ってくるのは根っから女の子が好きなチャラい奴か、根っから女の子に興味がない朴念仁と二極化していた。
そんなこともあり入学初日の梓の印象は、
「なんか女子高っぽい感じ」
だった。
もっとも女子高に行ったことはないので、想像の域は出ないのだが。
梓の最初の友達は、目の前に座っていた松倉琴音だ。
明るくてハキハキしたボーイッシュな女の子。
それに合わせるように髪もショートカットで、ちょっと切れ長の目がまた勝気な男の子っぽさを強調している。
でも高くて透き通るような玲瓏な声。
目をつむって琴音の澄んだ声を聴くとゾクッとする。
まるで、夏の白い砂浜で風と戯れる薄幸の美少女・・・
だが、美少女琴音が現れるのは冗談半分で男子をからかうときだけ。
「もっと女の子っぽくしゃべればいいのに。もったいない」
梓はいつもそう思う。
そして琴音を語るうえで外す事が出来ないのは、びっくりするぐらいの親分、いや姉御肌なところだ。
クラスのみんなは、初日にそのリーダーっぷりを知ることになった。
クラスの自己紹介を終えたあと、担任教諭が「クラス委員を決めるが、だれか立候補はいなか」と聞いたときだ。
誰もが手など上げるヤツはいないだろうと思っていたところ、琴音が自信に満ちた大きな声で
「はい!」
と立候補したのだ。
すっくと挙がった手の先にクラスの視線が集まる。
当の琴音は驚く周囲などお構いなしに席を立ち、靴音を鳴らして教壇に向かってしまった。
「他にやりたい人はいる?もしいなかったらあたしで決まりね」
「・・・」
当然、やりたい人などおらず、わず1分で委員長は決定。
琴音が威風堂々と席に戻ってくる。
梓が「松倉さん、すごいね」と声をかけると、椅子に座りながら琴音は、「だって、どうせ決まらなくて推薦になんでしょ。だったらとっとと結果を出した方がいいじゃん」とさらっと言い放った。
「大丈夫、無理しちゃだめだよ」
「無理・・?ぜーんぜん。それに仕切られるのイヤだしさ」
「それよか、あたしのことは琴音でいいよ」
「う、うん、ありがとう。じゃわたしは梓って呼んで。わたし御子柴梓」
「知ってるよ。さっき自己紹介したじゃん」
「そうだね」
「ああ、よろしく」
ニッと笑う口元に白い歯が見えるた。山間を抜ける涼風のようなさわやかさ、竹を割ったような性格。それが琴音への第一印象だった。
梓と琴音はすぐに友達になった。
別に天然ではないが、梓はそんなにリーダーシップを発揮するタイプでもないしガツガツ前に出る方でもない。
いっぽう琴音は、強気で元気、大胆不敵でいけいけドンドンというタイプだ。
全然タイプが違う二人なのに、なぜか気が合った。
梓は琴音にいつも元気をもらう。琴音は梓といると何か癒されているように見えた。
でも梓には気になることがあった。
琴音と二人だけでいるとき、琴音がぼーっと自分を見ているときがある。
「琴音、何かわたしについてる?」
「えっ!」
「ずっと見つめられてる気がしたけど」
「いや、何でもない」
それは、ちいさな影。強気で元気な琴音にある小さな影。
たぶんその影は私だけに見せてるんだとおもう。なぜならクラスの女子はみんな、姉御肌の琴音のことを「ことねー」と姉貴分のイントネーションで呼ぶのに私だけ違うから。
「梓は、あたしのこと琴音って呼んでよ・・」
いつもの琴音らしくなく憂げに言う。
「なんで?」
と聞くと、
「だって、最初にそう決めたじゃん」
きまって寂しい笑顔で琴音は答えるのだ。
だからこのクラスで「琴音」と呼ぶのは梓しかいない。
といっても「ことねー」と「ことね」なんて棒がついてるだけの違いで、会話のなかでは掻き消えてしまうような小さな違いなのだが、琴音にとっては大事なことなのだ。
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