平成四十年の推理小説 作品編

光速探偵 俺が名探偵になって難事件を五千字以内に解決した件 387件目


 俺の名前は光隼太。国からの認可を受けた日本でただ一人の高校生探偵だ。手早く確実に事件を解決することから周りからは「光速探偵」と呼ばれている。

 今日俺と助手の東和恋歌は、ある大富豪の招待を受けて無人島に来ている。なんでも、金持ちの暇つぶしとして辺鄙な島で豪勢なパーティーを開きたいらしい。今は船から降りて、別荘の使用人である加藤恭二に案内されて島の中心部にある屋敷へ向かって歩いている途中というわけだ。

「あ、屋敷が見えてきましたよ探偵!」

 恋歌は長い坂道を登ってきたとは思えないほどの元気を弾けさせて、猛然と屋敷へ走って行ってしまった。一方の俺はといえば、日ごろの運動不足もあって随分前からへとへとだ。

 早くも疲労困憊の体をえっちらおっちら動かして、何とか恋歌へ追いつく。屋敷の入り口はとても大きく、扉一枚だけで畳三畳分ほどあるのではないかと思われた。それが両開きなのだ。いったい誰が開閉するのだ?

 そんなことを考えていたら、扉はひとりでに開いた。ああなんだ、自動扉か。

「お待ちしておりました。光様、東和様」

 開いた扉の先には、立派な着物姿の妙齢の女性が立っていた。おそらく屋敷の主の夫人、金屋忠恵だろう。

「お邪魔します!」

 夫人の挨拶に、恋歌が元気いっぱいに答える。そんなに大声を出さなくても聞こえる距離だが、きっと学校で先生とかに「大きな声で挨拶しましょう」と言われたのを真に受けているのだろう。こいつはそういう性格だ。

「お邪魔します、夫人……ん?」

 俺も恋歌に続いて挨拶を返し、屋敷へ一歩踏み入れる。しかしその瞬間、探偵としての勘が何かの違和感を告げてきた。

「どうかされましたか?」

 不審に思ったのか、夫人が俺に尋ねてくる。その目つきは、どこが怯えている雰囲気が漂っていた。間違いない、おそらくこの人が……。

「恋歌」

「なんですか探偵?」

「夫人を捕まえろ」

「はい!」

「え?」

 俺の命令に、恋歌は一切の躊躇いなく反応して素早く夫人を取り押さえた。いつものことだが毎度惚れ惚れする手際の良さだ。一方の夫人は、突然のことにただ目を白黒させるだけだった。

「恋歌、夫人の持ち物を洗え。なんかあるはずだ」

「わかりました! ……水道どこですか?」

「そういう意味じゃない! このやり取り毎回やってるだろ! 夫人の身体検査をして怪しいものを持ってないか調べろってことだよ!」

 恋歌はああそうか、という顔をしてから夫人の着物の裾などに手を突っ込んで体を検め始めた。

「ちょっと光さん! いったい何のつもりなんですか!?」

 夫人は白々しくも、俺に向かって戸惑うふりをしている。しかしこの探偵には、そんな安い演技は通じない。

「実は夫人、俺は単にパーティーの招待を受けてこの島にやってきたってだけじゃないんですよ。実は招待状には、あなたのご主人である金屋健三氏からの密告文書が同封されていましてね」

「み、密告文書?」

「えぇ」

 夫人は密告文書という言葉に、顔を青ざめさせた。無理もない、自身の悪行が晴天の下に晒されようとしているときに平然としていられる人間は滅多にいない。

「健三氏曰く、誰かが自分を殺そうとしていると言うのですよ。それで俺はこんな辺鄙な島への招待を受けたというわけで……この問題の解決にあたり、探偵として当然いろいろな可能性を考えました。そしてまず第一に怪しいのは、夫人ではないか。そういう懸念を胸に屋敷の中に入ったら……」

「探偵! 夫人の着物からかんざしが!」

「ビンゴ! というわけです」

 ちょうどいいタイミングで、恋歌が夫人の隠し持っていたかんざしを見つけた。俺はそれを受け取って確かめる。飾りっ気のない棒かんざしだが、必要以上に先端が尖っていてしかも固い素材でできている。これは実に怪しい。

「ちょっと待ってください! あなたの言っていることがさっぱりわかりません!」

 夫人はかんざしを見ながら、悲痛そうな叫びをあげる。むろん演技だろう。

「まぁ、順番に説明しますから。そうですね……まず俺があなたに目を付けた理由ですが、これは単純。主人が死ねばあなたに遺産がたっぷり入る。被害者が死んだときに得する人間をまず疑うのが探偵道の基本ですから」

「そんな……」

「次に」

 俺は夫人の声を無視して続けた。

「あなたを犯人だと断定できる理由ですが……このかんざしです。夫人、なぜ髪をとめるためにあるはずのかんざしを、使わずに持ち歩いていたのですか?」

「それは、予備です! 今使っているものが壊れたときに使うもので……」

「それはちょっと苦しい言い訳ですね。それに、かんざしがなんでここまで鋭利なんですか? 髪をとめるのに必要とは思えませんね。しかも固いとくれば……誰かを刺し殺すにはもってこいです」

「それは京都で買ったものです! 売っていたときからその状態で……」

「ほう、京都の店もグルでしたか。殺人の共謀を疑うべきですね……まぁ今は無人島にいるので、そっちは後回しですが」

 俺は夫人に冷酷な言葉を叩きつける。一般向けの店が裏で人殺しの道具を売りさばく……今では珍しくもない話だ。

 だけど俺の追及はこれで終わらない。悪はきちんと根絶やしにしておかないと意味がないのだ。

「しかし夫人……俺もまさかあなただけがこの件にかかわっているとは思っていませんよ」

「……どういうことですか?」

「女性が一人で夫の殺人を計画することは珍しいのですよ……こういうときには、たいてい裏に別の男がいる。そうでしょう?」

「そんなことは……」

「正直に言ったほうが身のためですよ? 情状酌量で減刑されるかもしれませんから」

「…………」

 夫人は俺の言葉に、逡巡するような表情になった。仲間を売るか、庇うか。でもほとんどの犯人は自分を助ける魅力に抗えない。

「わかりました……」

 夫人はすぐに、諦めたように口を開いた。これで、この事件も解決しそうだ。

「最初に夫を殺そうと計画したのは、加藤です。使用人の加藤恭二です」

「何を言い出すんですか!? 奥様!」

 ほう、使用人の誰かかとは想像していたけど、まさかここまで俺たちを案内していた加藤が犯人とは。それで今までずっと黙っていたのか? 俺たちの注目を避けてあわよくば夫人にすべての罪を被せるために。

「恋歌!」

「了解!」

 俺が指示を終える前に、恋歌は動き出していた。彼女は加藤へとびかかると、華麗な手際で取り押さえてしまう。恋歌の戒めから解放された夫人は、もうその場から動こうとしなかった。

「くそ、お前ら頭おかしいんじゃないか? 私が何かした証拠でもあるのか!?」

「夫人の証言で十分だろう。さて、もうここには用はない。警察を呼んで二人を連行して……終わりだ」

「探偵、京都のかんざし屋も調べないと」

「あぁそうだったな。忘れるところだった。旅行ついでに捜査だな」


 その後、夫人と使用人の加藤は警察に引き渡された。殺人の共謀で起訴されることになるだろう。俺たちはまたしても、手早く事件を解決することができた。この光速探偵に見抜けない事件はない。


387件目 完

(作者の銀河光年先生が殺人の共謀で逮捕されたため、本連載を中止させて頂きます。長らくのご愛読ありがとうございました。銀河先生の次回作にご期待ください)

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