平成四十年の推理小説 レビュー編

『無人島連続殺人事件』 島田由紀人著 岩川書房


読了まで約三分

まとめると……

・大御所作家の期待の長編

・一風変わった作風ではある

・しかしそれは駄作の証拠でもある


 本作はあの推理小説界の大物、島田由紀人が「書きたかったものを書いた」と豪語し、これが売れなかったら断筆するとまで主張したとされる期待の新作長編である。

 本作は従来人気を博してきた作品群とは大きく異なり、無人島における連続殺人という一風変わったテーマ(著者のあとがきによれば昔はこれが普通だったらしい)を扱っている。主人公で相棒役である榎並竜彦が、作中で「芥川龍之介の皮を被った太宰治」と評する変人探偵西国玲十郎とともに無人島を訪れるところから物語は始まる。その島は名前すらない辺鄙な島で、戦前の船成金が戯れに建てた小さな別荘が一軒あるだけの、歴史から忘れ去られた空白地帯だった。探偵たちはその船成金の曾孫から招待を受け、金持ちの暇つぶしであるパーティーに参加することになるのだが、その別荘で殺人事件が起こり……という筋だ。

 しかし、誤解を恐れずに言えば、この作品は期待外れの駄作である。おそらく出版社も、今まで売り上げに貢献してきた大御所作家の最後のわがままを断り切れなかったのだろう。だが著者本人のためを思えば、晩節を汚さぬように本作の発表を思いとどまらせるのが編集者の仕事であろうと、同じ編集者として思う次第だ。

 本作の欠点を指摘すればキリがないが、しいて二点あげるとすれば、まず第一に作品の長さである。昨今の推理小説といえば、長編でもページ数にして百ページ前後が一般的である。これはより短い時間でたくさんの物語を楽しみたい、かつ長ったらしい外れを引くことを嫌がる読者側の要請と、人々が忙しく電車内でくらいしか本を読まないために長い小説が売れないという営業上の都合が合致した結果である。古典的名作と謳われる京極夏彦の著作は、もはや文学を道楽とする暇な大学生にしか読まれない代物だ。いや、今日は大学生も忙しくあんな長い物語にかまけている暇などないだろう。本作は京極の作品ほどの分量はないものの、それでも四百ページはくだらない。こんな長い文章を読む暇があれば、我々はその間に四つの物語を楽しんだ方が得である。こんなに長い作品を読んだ! と自慢したい人は別にして。

 また本作の結末の現実味のなさは、推理小説に致命的だ。無人島での連続殺人、というシチュエーションに言っているのではない。そこは非現実的でもいいところだ。我々はそれを織り込んで楽しんでいる。しかし肝心の結末は、現実に即していないと楽しめない。宇宙人が犯人ですと言われても納得できないのと同じことだ。ここから先は結末に関わることなので、できる限りネタバレを避けながら書くが、それでも気になるという人は読まないでほしい。こんな長い物語絶対に読まないという人は、このまま行こう。


 本作の結末の現実味のなさは、探偵が生き残った登場人物一同を集めるところから始める。ここから既にセオリー通りではないが、驚くべきはここからだ。なんと探偵は……事件を一から振り返り、証拠をかき集め、証言を検討することで事実を明らかにしようとしたのだ! 私は探偵の行為を理解した途端タブレットを置いて叫んでしまった。「なんでこいつはこんな面倒をしているんだ!?」と。

 普通の推理小説なら、怪しい人物を問い詰めれば話は終わる。真犯人でないならどんな尋問にも屈しないし、逆に自白をしたならそいつが犯人で間違いない。私たちは真犯人の語る、不可能を可能にする驚くべきトリックを聞いて驚き、無実の者が尋問に負けない様に感銘を受ける。それが推理小説の楽しみ方だったはずだ。

 結末を読んで初めて、私は無人島という奇妙な場面設定の理由に気が付いた。尋問のプロである警察が来たら、こんな手間なことを嬉々として行う変人探偵の出番がなくなるからだ。本作が異様に長いことの説明もつく。一から事件の証拠を洗っていれば長くなるのは当然だろう。

 そんなスローペースだから、この変人探偵が事件を解決してしまったころには、関係者があらかた死んでしまっている。こんな馬鹿げたことはない。今風の探偵であれば、最初の事件が起きた瞬間に、いや事件が起こる前に、本当に優秀ならば無人島に足を踏み入れた途端に、別荘の住民の間におどろおどろしい陰謀が渦巻いていることに気づきたちまち事件を解決に導いたはずである。当然死者は誰もいない。そこにはただ、探偵の苛烈な取り調べに負けて口を開いた悪人が二三いるだけである。

 本作はしかし、重大な示唆ももたらしてくれる。それは平成三十年以降から、推理小説が急速に衰退し一時は絶滅しかけた理由である。著者島田由紀人の言う通り、こんな作品が昔のスタンダードだったとしたら、そりゃ誰もこんな面倒な作品読まなくなるわけだ。


 次回はそんな推理小説ジャンルを立て直した超有名作家、銀河光年のシリーズ最新作『光速探偵 俺が名探偵になって難事件を五千字以内に解決した件 387件目』を紹介します。

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