最新ロボットの自殺

「なぁ、最近妙に故障が多いんじゃないか?」

 私の言葉に、横で作業していた部下が首を傾げた。

「今月に入ってまだ1週間も経ってないのに、もう5台も動かなくなってる。このポンコツに変える前はこんなこと1度だってなかったのに」

「新しい機械にみんなが慣れてなくて、それで故障するんじゃないですかね」

 部下はそう言いながら、ネジを締めて修理を完了させる。膝立ちになった部下の背丈ほどもある大型の掃除ロボは、電源を入れられるとのろのろ自分で勝手に進みだした。元々の清掃ルートへ戻っていくのだろう。

「こんな単純な掃除ロボットがほいほい壊れちゃ困るんだよ。ったく、上層部は何考えてるんだか。前に使ってたやつは確かに古かったけど、ビル掃除をこなすには十分だったはずだぞ」

「そのことで経理の部長が話しているのを喫煙室で小耳にはさんだんですがね、どうもあれは電気代がかかるとかなんとか」

「そうかなぁ」

 1台の修理を終えた部下は、私の修理に手を貸そうと歩み寄ってきた。彼が修理していたものは単にホイールのパーツが緩んでいただけだったが、私が取り掛かっているやつはそこまで単純ではなかった。うまく動かない原因がはっきりしないのだ。

「原因、わかりましたか?」

「いやさっぱりだ。どのパーツも悪くなってないんだが……くそ、故障の原因もほとんどがこんなんだ。ソフトの問題ならこっちの専門外だぞ。不良品掴まされてるんじゃないのか?」

 私は立ち上がると、うんともすんとも言わない最新ロボットを見下ろした。これなら数世代前のちゃちな清掃ロボの方が役に立つだろう。少なくともあいつらは、訳もなく動かなくなったりはしなかった。

「そういえば課長ってプログラミングも出来ましたよね。見てみたら何かわかるんじゃないですか?」

「馬鹿言え。私はほんの少し知ってるだけだ。こんな複雑なプログラミング、いじる気にならん。下手に触ったら本当に動かなくなっちまう」

 無邪気な部下の声を私は軽くあしらった。確かに大学では習ったし、当時は自分でも書いたりしていたが、もう20年近く前の話だ。

「そうですか……じゃあやっぱり、機械が働きたくないって言ってるんですかね」

「何言ってんだお前」

「いや、ネットとかで噂になってるんですよ。ロプコ社の最新ロボは自殺するって」

「はぁ?」

 ロボットが自殺する。その突拍子もないフレーズに私は呆れて聞き返した。部下も笑いながら話しているところから、ただの与太話なのだろう。

「なんでも不自然な状態で壊れる機体が多いらしいんですよ、この最新ロボット。高いところからひとりでに落ちたり、水の中に入ってショートしたり……」

「考えられんな。段差から落ちないなんて機能、最初期の型にもついてただろ。それが最新型でそんな間抜けな故障あるか」

「でも、そういう故障があるのは事実みたいですよ」

「で、高いところから落ちたから投身自殺か?水に入ったら入水自殺か?馬鹿らしい。機械の誤作動だよ」

「いやいや、ここからが噂の本題でしてね」

 妙に乗り気になった部下が、身を乗り出して話を続けた。これだから噂好きは困る。部下も本心では噂話なんて信じていないのだろうけど、誰かに話して共有したくてたまらないのだ。

「実はこの最新ロボット、計算回路に人間の脳を使っているらしいんですよ。それで、機械の体になって働かされることを嫌がった脳が、ロボットを自殺へ導くと」

「はぁ、誰だよそんな馬鹿げたこと思いつく奴は。むしろ感心するね」

 楽しそうに話す部下へ、私は肩をすくめた。

「ほら、最近自殺が多いじゃないですか。働き過ぎを苦にした過労自殺。そういう自殺者の脳を集めてロボットにして、死んでも働かせる地獄の……」

「まったく、冷静に考えたらわかるだろ。人間の脳をロボットに使う技術を開発する金と時間があれば、それを普通のプログラミング研究に当てた方が合理的だってな」

「まぁ、それはそうですけど……でもこのロボット、中枢部分が妙なつくりになってるじゃないですか。大きくて頑丈な容器で覆われた缶みたいなものがあって。それが噂に信憑性を与えているというか」

「まぁ、確かにそこは不思議だけどな」

「しかもそこには『この容器が破損した場合、直ちにその場から離れてロプコ社へご連絡ください』って書いてありますよね。都市伝説マニアの間では中に入った脳が露見しないための策だとかなんとか」

「そうかぁ?素人にいじられたくないだけだろ」

 部下は一通り話し終わると満足したらしくそれ以上は何も言わなかった。丁度そのとき、終業のチャイムが鳴って17時になったことを告げた。

「もうこんな時間に、お先失礼しますね」

「あぁ、こいつは私が片づけるから先に帰れ」

 そそくさと作業場を後にする部下を皮切りに、他の社員たちも帰っていく。最近は労基署も厳しく、定時を越えて職場にいる人間はほとんどいない。もっとも、書類仕事を持って帰らない人間もほとんどいないわけだが。

 私は傍にあった椅子にどっかりと腰を落とし、パソコンを立ち上げた。私はこのロボットを直さないと帰れない。いつもの調子だと、適当にどこかをいじりつつ時間が経つと勝手にまた動き出すのだ。

 パソコンが起動すると、私はコードでロボットと繋ぎプログラムを調整する画面にした。画面はすぐさま長大なプログラミング言語で埋め尽くされた。この長文を書いた人間の苦労がしのばれる。

「さてと、どこが悪いかな」

 独り言を言いながら、画面をスクロールしていく。おかしなところはない。当然だ。通常通り清掃ロボットを使っていて、中身のプログラミングがおかしくなることなどありえない。

「おや?」

 そう思っていたのだが、おかしなところを見つけた。プログラミングにそこまで詳しくない私にもわかる異常だ。清掃ロボットを動かすプログラムに、何故か音声データを再生する命令が書き込まれていた。

「こんなもの、他のロボットにはなかったはずだが……」

 私はデスクからこのロボットのマニュアルを取り出して一読する。このロボットに音を出す機能はないし、スピーカーも搭載していないはずだ。事実、その通りだった。

 私は傍に鎮座する清掃ロボットをちらりと見た。この無骨で出来の悪い機械に音声データが搭載されているのか?誰が何のために?そもそも本当にデータは入っているのか?鈍いプログラマーがミスを犯しただけではないのか?

 1度気になると、気にしないということは難しい。私は子供のころからそういう性分で、中身が気になった機械を端から分解して親に叱られたものだった。ともかくさっきの部下の話のせいもあって興味が湧いてきたし、確かめるのに時間もかからないだろう。私は席を立って機材の置かれたスペースまで行くと、線やスピーカーなど必要な道具を手に持って戻った。そしてパソコンに繋ぐと、音声が流れるように調整していった。

「いやぁ、大変な目に遭いました」

 もうすぐ作業が終わろうというところに、帰ったはずの部下が戻ってきた。うんざりした顔で疲れた様子だ。

「どうした?」

「帰りの電車が止まったんですよ……しかもとんでもない理由で」

「とんでもない理由?」

 私の質問に部下は1度言葉を切って、ため込んでいたものを吐き出すようにして言った。

「清掃ロボットが線路に身に投げしたんですよ」

「なんだと?」

「駅員が言うには、ホームに電車が入ってくる直前に、駅で使ってた清掃ロボットが線路に落ちたみたいなんです。ラッシュの時にはそのロボット、倉庫にしまわれているはずなのにですよ」

「また機械の誤作動か」

「あるいは自殺か」

「馬鹿言え」

「でもいかにもって感じじゃないですか。働き過ぎた会社員が線路に身を投げるみたいで」

「お前なぁ」

 流石に叱ろうかと考えて口を開いたそのとき、外から固く大きなものを勢いよく叩きつけるような音が聞こえてきた。一瞬遅れて、悲鳴が轟いた。私と部下は顔を見合わせると、音のした方へ走り出した。

 外には人だかりができていた。人々をかき分けて中心まで行くと、そこには木端微塵になった清掃ロボットが倒れていた。パーツは四方八方に飛び散り、ほとんど原型を留めていない。

「こ、これ……僕がさっき直したやつじゃ……」

 部下が震えた声で言う。周りの人は口々に「ロボットが飛び降りた」と話していた。

「ねぇ、何か漏れてない?」

 野次馬の1人が声を上げた。改めてロボットをよく見ると、大きな容器にひびが入り、中から緑色の液体が漏れ出していた。

「みんな下がれ!離れて!おい、今すぐロプコ社に電話しろ。他の人間を近づけるな!」

 私はさっき部下としていた会話を思い出して、声を張り上げた。容器が壊れたら近づいてはいけない。直ぐにロプコ社へ電話をしないといけない。理由はわからないが今は従った方がいい。

「あ、あの液体は何ですか?あんなの見たことない……」

「いいからいう通りにしろ!私は警察にも電話する!」

 おろおろと狼狽える部下を一喝すると、私は作業場まで走って戻っていった。自分の携帯はいつもそこの置いてあるのだ。

 息を切らせながら作業場に戻ると、私は警察へ電話を掛けた。電話に出たオペレーターはすぐに状況を理解して、警官を送ると請け負った。その返事にひと安心した私は、携帯を置いて息をついた。

 不意に、さっきまでいじっていたパソコンが目に入った。既に準備は終わり、音声データを再生できるようになっている。私はなんとなくそうしなければいけない気がして、エンターキーを押して再生を始めた。

「……シテ……」

 音量が小さい。私はスピーカーのつまみを回して音量を上げた。
















「コロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」

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