ディストピア短編集 ファスト絶望
新橋九段
とあるスーパーマーケットの精虫売場
「いらっしゃいませーいらっしゃいませー。本日は6月4日で虫の日!当店では特別大セールを行っておりまーす。対象商品ならポイントも5倍……はい、なんでしょうか?」
「ゲンゴロウってどこ?」
「それなら……ほら、こちらでございます。安心安全な国産ですよ」
「ああ、ありがとう。虫ってぱっと見みんな同じでわからなくて」
「どうもありがとうございましたー。さぁいらっしゃい。今日はバッタのかき揚げもお買い得だよ」
「ちょっと店員さん」
「はい?」
「イワシってどこに置いてあるの?売り場の場所変わってるでしょう。老人にはわからなくて……」
「イワシイワシ……そうだ。イワシなら珍味のコーナーにあると思いますよ。ここから真っ直ぐ行って、パスタが置いてある場所がありますよね?あそこを右に曲がってすぐです」
「ありがとう」
「どういたしまして……今どき魚なんか食べる人いるのか、珍しいな。あんなてかてかしたもの食べる気にならないよ……いらっしゃいませー本日はバッタがお買い得」
「ちょっとあなた!」
「はい?」
「ここって国産のゴキブリおいてないの?」
「国産ですか?えーと、すいません。今日はないみたいですね。最近入ってくる数が少ないみたいで」
「えーどうしましょう。どこにもなくて隣町から来たのに」
「中国産のやつならありますよ。今日ならグラム98円でポイント5倍!」
「中国産は危ないじゃない。この前もニュースで言ってましたよ。養殖場で育てられたって売られてたゴキブリが実はごみ処理施設で獲られたやつだったって。汚いじゃない」
「うちの仕入れるやつはきちんと検査してますから安心ですよ」
「でもねぇ」
「じゃあ……冷凍になっちゃいますけど韓国産も置いてますが」
「韓国産もねぇ。まあいいわ。ゴキブリは諦めるわ」
「そうですか……ありがとうございましたー。いらっしゃいませー蜘蛛のすり身もお買いどくー。あ、お客さんいつもどうも」
「ミミズは置いてないの?売り場がらがらなんだけど」
「すいません、なんか一昨日くらいからいきなり売れ出しちゃいまして……どうしてなんでしょうね。ミミズなんて今までこんなに売れたことなかったんですけど」
「それがね、この前テレビで取り上げたみたいなんだよ。ミミズダイエットとかいって」
「なるほどそれで」
「なんでもヨーグルトにミミズを入れるといいとか。ノミさんが言ってたんだと」
「ヨーグルトにですか?」
「あとはほら、また糖質制限ダイエットが流行ってるでしょう?それでラーメンの代わりにミミズを入れるのが人気とか」
「あ、もしかしたらこれのことでしょうかね。最近入った大将軒のミミズラーメンセットっていう」
「ああこれこれ。でもここに入ってるミミズは加工されてるでしょ」
「ゆでられているみたいですね。お客さんは……素揚げにして食べるんでしたっけ」
「そうそう。ビールとよく合うんだよ……でもないんじゃ仕方ないな」
「おつまみにならゲジゲジなんてどうでしょう。形状はミミズに見えないことも」
「いやいいよ。足があるのはどうも……じゃあ」
「ありがとうございましたー。……なんだよヨーグルトにミミズって……いらっしゃいませームカデが大量入荷だよーいらっしゃいませー。はい、なんでしょう?」
「ちょっと、このカマキリもうちょっと安くならないの?」
「僕バイトなのでそんな権限は……国産は確かに高いですけど、オーストラリア産ならもう少しお安くなりますよ」
「でも高いわ。どうしてかしら。昔はもっと安かったのに」
「獲れる量が年々減ってるらしいですよ。温暖化か何かの影響で……あ、カマキリの卵ならここに沢山。グラム88円の大特価です」
「これ新鮮?」
「ええもちろん。生れるのを待って幼虫をかき揚げにしてもおいしいですよ」
「そうねぇ……今日は卵にしましょうか。貰うわ」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています。いらっしゃいませームカデが安いよー……ダメだな、ムカデが全然売れん。2割引きのシール足りるかな……いらっしゃいませー」
「ちょっと君、これ並べといて」
「はい主任……ってなんですかこれ。トレーじゃなくて随分立派な箱に入ってますけど」
「ハナカマキリだよ。国産の」
「ほー……売れるんですか?」
「そりゃあ、いいものだから」
「スーパーの食品売り場で4桁の値札を見るのも珍しいですけどね」
「それよりも君、ムカデが全然売れてないじゃないか。ちゃんと呼び込みやってる?」
「やってますよ。お客さんも来てます。でもムカデは売れないんですよ」
「とにかくしっかり売ってくれよ。虫の日なのに売り上げが上がらないんじゃ俺が店長にどやされる」
「はーい……こんなでかい箱どこに置こう……ああちょうどミミズが無くなってるからそこに置けばいいのか。いらっしゃいませーハナカマキリが入ったよー。ムカデも安いよー毒抜き済みで料理も簡単だよー」
「すいません」
「はい?」
「蝶々って置いてないんですか?」
「モンシロチョウならありますよ。見てくださいよこの綺麗な白」
「へぇ、結構綺麗ねぇ」
「静岡県の広大な土地でストレスなく育ててますからね、この養殖場は。餌も無農薬のスミレだけだから安心安全」
「他の蝶々はないの?」
「うちではモンシロチョウだけですね、すいません」
「そう、じゃあこの蝶々をいただきましょう」
「ありがとうございます。今ならムカデもお買い得ですけどどうですか?」
「それはいいわ」
「ああ、どうもありがとうございましたー……ムカデ人気ないなー。いらっしゃいませー」
「お疲れ様、調子はどう?」
「お疲れ様です。見ての通りですよ」
「うわ、何この箱?」
「ハナカマキリだそうですよ。さっき主任が持ってきました」
「売れるのぉ?」
「主任は売れるって言ってますけどね」
「買う?」
「僕は結構です。高いですし」
「ねぇ。誰がカマキリに2000円も払うのよ。フランス料理店じゃないんだから」
「僕は旅館の夕食で1回だけ食べたことありますよ」
「おいしいの?」
「あんまり……まぁ飾りですしこういう虫は。僕はクモとかの方が好きですね。食べごたえあって」
「私も。ってムカデも随分残ってるわね」
「僕はこれにシール貼るの嫌ですからね。めんどくさい」
「私も嫌よ。日が暮れるわこんなに沢山」
「2割で売れなきゃ3割のやつも貼らないといけませんよね」
「2度手間ねぇ。最初から3割のシール貼ってやろうかしら」
「それでも売れなければ半額ですか」
「半額でもいらないわよムカデなんて。結局捨てることになるんでしょう?こんなに沢山トレーに詰めるのも時間かかったのに……ムカデの代わりにミミズでも売ったらよかった」
「売れますからね。ダイエットでしたっけ」
「私もやってみようかしら。ヨーグルトにミミズ入れるやつ」
「やめた方がいいと……あっ」
「なに?」
「さっきのお客さん、ハナカマキリ買っていきましたよ」
「ほんとだ。奇特な人もいるもんね」
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