第38話 真相

 TVドラマでさ、事件とかに巻き込まれて倒れた人が、病院で意識を取り戻してすぐに 「ここは?」 って訊くじゃん。あれ、嘘だよ。絶対嘘。だってさ、俺、なんとも思わなかったし。

 そもそもいつ気がついたのかそれすら全然わかってなくて、気が付いたら白くぺったりした何かをぼんやり見てた。それをさ、俺は無意識にずっと 「豆腐」 だと思ってた。

 もちろん根拠はない。理由もない。どちらも全くないんだけど、強いて言えば昨日の晩飯に食べたせいかもしれない。とにかくずっとその白くのっぺりとした何かを 「豆腐」 だと思って、しかも、これもなんでだかわからないんだけど、ずっと頭の中で 「豆腐、豆腐、豆腐……」 って無限に繰り返していた。

 そうやってどれくらい経ったのか? わからない。結構長かったような気もするけど、短かったような気もする。とりあえず


 生きてて良かった


 エンドレス豆腐がいつ終わったのかも覚えてないんだけど……覚えてないことだらけなんだけど、本当に覚えてないんだから仕方がない。気がついたら、どうしてここにいるのかを頭の中で整理して考えていた。人間ってよく出来てるよな。全然意識してないんだけど、普通に、それこそ当たり前のように呼吸しているように、無意識のうちに考えていた。


 これも全自動オートかよ


 そ、病院だったんだよ、ここは。白くのっぺりんとしていたのは病室の天井ってわけ。あとで聞いた話じゃ、清隆きよたかの奴、雪緒ゆきおから連絡をもらって慌てて家を出た俺の後をつけていたらしいんだ。で、俺とあのおっさん……中尾なかおって名前らしいんだけど、おっさんと揉み合ってる俺に言われて店の外に出た雪緒の様子が変だったんで駆けつけたらしい。

 もうちょっと早く助けてくれりゃ俺も刺されずに済んだんだけど……あ、これは清隆には内緒でお願いします。言ったら絶対殴られるじゃん。いや、言わなくても殴られました。


「このボケ!」


 怒鳴るか殴るか、どっちかにしてくれないかな、清隆君。お兄ちゃん、腹が痛いんですけど。その怒鳴り声、すっげぇ腹に響くんですけど。

 幸か不幸か、俺は腹を刺されたけれど、なんとか縫い合わせて間に合った。血液型が日本人に一番多いA型ってのも幸いだったのかも。でもさすがに刺されたのが腹なので動けない。


 痛い……


 殺人事件とは別に、今回のことは傷害事件ってことで被害者の俺に事情を聞きに来た変態刑事の話じゃ、殺人事件の方もまだ捜査中ってことらしいんだけど、警察は母さんから話を聞いて倉橋航平くらはしこうへいを 「かなり重要な参考人」 として捜していたんだけど、実はもう1人、捜している人物がいたらしい。それが中尾っていうあの店の常連客。


 俺を刺した奴


 正確には中尾は別に行方をくらましていたわけじゃない。だから捜してはいなかったんだけど、マークしていたっていうの? なんでも雪緒の母親にお金を借りていたらしいんだ。つまり殺害の動機があったわけ。それであの夜、雪緒の母親と揉めて、誤ってか勢い余ってか知らないけど、殺しちゃった……というのが警察の見方らしいんだけど、本当のところは今も捜査中っていうか、聴取中ってところ? だからわからない。

 ちなみに変態刑事2人は、あの日の夕方、事情を説明するため警察署に行った母さんから店を聞き出し、あの変な趣味のパンツを買いに行ったらしい。


 マジかよ……


 いや、俺も穿いてるけど。もちろん清隆も穿いてるんだけど……大きな声じゃ言えないけどさ。言えないついでに、そっちも言わないで欲しかった。もちろん買いに行くのは自由だし、どんなパンツを穿こうと変態どもの自由だ。そのことに何かを言うつもりはないし、言いたくもない。


 勝手にしろ!


 だから俺はこいつらのことを変態呼ばわりするわけで、結局最後まで名前を覚えられなかったわけだけど、これだけは言わせてくれ。


 わざわざパンツを見せるな!


 もうさ、2人揃っていきなりベルトを外し始めた時は何事かと思っちゃったよ。腹痛くて動けないし、大きな声も出せないし、どうしようかと思ったら、2人揃ってそのままズボン下ろしてさ、母さんが買ってくるような悪趣味な柄パン見せて俺になんて言ったと思う?


「このパンツ、どう?」


 ……どうって……どうなんだよ? そんなこと、どうでもいいんだよ! 感想なんて求めないでよ、俺に! 他人がどんなパンツ穿いていようと、俺になんの関係があるんだよっ? 他人のパンツになんて俺、興味ないよ! あんたら、俺のことをどんな変態だ思ってるわけっ?


 いい加減、パンツは忘れてくれ…


 いや、もちろんパンツはちゃんと穿けよ。パンツ穿き忘れるなんて、子供でもしないからな。それだけはやめてくれ。絶対にやめてくれ。

 こいつらがズボン上げて、ベルトを締めてるところに清隆が病室に入ってきたのにはマジで焦った。焦りすぎて、白目剥いて気絶するところだったくらい焦った。

 で、肝心の航平さんなんだけど、やっぱりあの床に倒れていたおっさんが航平さんで、清隆の通報で警察が駆けつけた時にはもう手遅れだった。俺が発見した時に救急車を呼んでいても、間に合わなかったってのが警察の見解だ。つまりあの時、俺の耳には呻き声みたいなものが聞こえたような気がしたけれど、あれはただの空耳。とっくに事切れていたらしい。


 合掌


 あの日、どうやって中尾が、航平さんがあの店に居ることを知ったかはわからない。わからなけれど……いや、わかるかも。だってあいつ、雪緒かあの店を見張っていたみたいじゃん。ほら、俺と雪緒が写真を見に行った時もあいつと会ったじゃん。雪緒の前に姿を見せたタイミングといい、あれって見張ってたっぽくね?

 そんでもって俺と雪緒が店に着いた時にはすでに航平さんは刺されていて、中尾はカウンターの中に隠れていたらしい。たぶん俺たちが来ることは知らなかったんだと思う。だから突然俺が来て逃げ出せなかったんじゃないかな? で、慌てて隠れた。雪緒一人ならともかく、俺までいたから余計だと思う。

 でも航平さんの死体を発見されて焦り、店のナイフを使って俺に襲いかかってきたってわけだ。ま、あの狭い店内じゃ、死体に気付かないわけがないんだけど……。

 結局三平は全員死んでしまったわけだ。ちょっと感傷に浸りたかった俺だけど……。


「1人で突っ走りやがって! なにやってんだよ、このクソ兄貴!」


 だからね、清隆君、大きな声を出さないでくれる? 腹が痛いんだってば。腹に響くんだってば。


 あ、鳥肌……


 なんか今、さりげなく 「兄貴」 とか言った? 鳥肌立つからやめてくれる? なんで急にそんなこと言うのかな? なんか心境の変化でもあったわけ? どうせならその乱暴なところ直してくれない? そっちの方がお兄ちゃんとしては助かるんだけど。


 あ、鳥肌……


 だいたい清隆ってば、今回のことをどこまで知ってるわけ? 航平さんが殺されたこと……っていうか、航平さんの存在を普通に受け入れてるんですけど。航平さんがどういう関係の人か知ってるみたいなんですけど。


「知ってるに決まってるだろうが、アホ!」


 さっきからアホとかクソとか、連呼するなよ……え? 知ってる? なんで? なんで清隆が航平さんのことを知ってるのさ?


「親父たちの弟だろ? ま、三つ子だから兄貴も弟もないけど」


 なんか気になる答えなんですけど。親父たち? なんで複数形なわけ? そこ、すっごく気になるんですけど。どういうこと?


「どうって……?」


 前に母さんにも言われたけれど、俺は思っていることが正直に顔に出る。それでわかったんだと思うけど、清隆はいつも以上に怖い顔で俺を睨んだかと思ったら、ふと気付いたように少しばかり目を見開いた。


「ひょっとしてマサ、俺の親父、周平おじさんだと思ってる?」


 へ? 周平???          ……つづく



【後書き】

 はい? ちょっと、どういうこと?

 いよいよ次で終わりなんだけど、その予定なんだけど、なに、この展開? 最後に来てなによ、これ? ちょっと清隆君、お兄ちゃんにちゃんと説明しなさい!

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