第37話 襲撃
突然こんなところに出くわしたら、悲鳴を上げるどころじゃない。とにかく何が起こっているのか確かめようとして、ちょっと気持ちが焦るというかはやるというか。心臓も、口から飛び出しそうなほどバクバクしてる。
床に寝転がったおっさんは動かないままで、寝てるにしてはおかしな場所だ。格好も不自然っていうの? なんか変な格好で寝転がってて、俺が声を掛けても返事してくれないし。
寝てるのか?
いや、だからそれはあり得ねぇって。さっきも自分でそう言ったじゃん。だってさ、ここ、人が殺された場所だよ。殺人現場。そんなところで、いくら酔っ払っていたとしても寝るか? いや、酔ってるかどうかはわかんないけど、素面だったら余計に寝らんないだろ。俺は絶対無理。こんなところで寝らんないよ。もちろんまだ酒も飲めないし、狭すぎて寝付けやしない。そもそも大人だって、普通の神経を持ち合わせていたらこんな場所でお酒なんて飲めないよな。
そんなところにおっさんが寝転がってるもんだから、様子を見ようと思って足場に気をつけながら近づこうとしたら、急に雪緒が声を上げた。
「危ない!」
反射的に振り返って、真っ先に眼に入ったのは……わからない。わからないけど、一瞬で全身から汗が噴き出して……いや、眼前に迫っていたそれを振り払ったのが先かもしれない。どっちが先かわからないけれど、俺は反射的にそれを手で振り払った。汗が噴き出すのと振り払うのと、ほぼ同時だったのかもしれない。
わかんないけどさ
全部が全部、反射的。完全に無意識。冷や汗がどっと噴き出したのだって、この時は気付いてなかった。迫ってきた何かを振り払った瞬間、腕を切ったことも気付かなかった。痛いとか、全然思わなかった。人間の生存本能とか、危機管理能力とか。そんな言葉では言い表せない何かが俺の中にあって、無我夢中になることもなく淡々と一瞬でそれらを全自動でしていた感じ。
屈み掛けた上体を起こして、顔を上げて、反射的に腕で振り払う。それから相手を見たらナイフを持ったおっさんがいた。ここまでが
何、この状況?
どういうことなのか、全然わからない。わからないけれど、疑問に思う余裕だってない。だってさ、刃物を持った相手が前にいて、襲いかかろうと……いや、すでに一撃食らってるから襲われてるんだよな、俺。そんな状況で何かを考えてる余裕なんてないだろ?
その視覚と知覚だけをフル稼働させて、床に転がった人……これもおっさんなんだけど、そのおっさん挟んで別のおっさんとにらみ合う。
おっさんばっか
薄暗くてよくわかんないっていうか、なんか心臓バクバクしてて、視界とかもぶれててよく見えないんだけど、でもこのおっさんを俺は知っている。ほら、家の近くで何回も何回も……ちょっと回数忘れたけど、ぶつかったあのおっさんだよ。
なんであのおっさんがここにいるんだよ? しかも刃物持ってて、なんか俺のこと刺そうとしてるんですけど。
なに、この状況
やばいのはわかってる。わかってるけど俺にはどうしようもない。だって逃げようにも、逃げ道をおっさんに塞がれてるし。
しかもおっさんさ、なんか人相変わってる。家の近くでぶつかった時と全然顔が違ってるし。もう別人並みに変わってる。この状況であのおっさんだってわかった俺って凄い! とか思っちゃうくらい顔が違う。危ない人みたいだ。
いや、絶対危ない人!
こういう奴は刺激しちゃいけないんだよ、わかってる。俺はわかってるんだけど、雪緒はわかっていなかった。
「
呟くような小さな声。でも緊迫したこの状況の中で、俺には結構大きくはっきりと聞こえた。たぶんおっさんにも。だから振り返った。振り返ってそのまま雪緒に向かっていこうと足が動き出す。
「逃げろ!」
叫ぶのが先だったのか、おっさんの背中にしがみつくのが先だったのか、そんなもん、覚えてるかよ。無意識だったんだ。また
足場がなくて、床に寝転がったまま動かないおっさんに躓いて、雪緒に向かっていこうとする中尾っておっさんの背中に倒れ込むようにしがみついたら、おっさんも一緒に転けて、もみ合いになったんだと思う。
スツールの脚とか、テーブルの脚とか、なんか色んな物にぶつかったような気がするけど覚えていない。そう、このあと自分がどうなったのか、覚えてないんだよな、俺。もちろん雪緒が無事だったかどうかもわからない。 ……つづく
【後書き】
え? なに、これ?
ねぇちょっと、俺、どうなったわけ? ひょっとして、ラスト直前でリタイアとか……? そんなのアリ?
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