第34話 真実(2)

 両親を事故で亡くした三つ子の兄弟、長男の周平しゅうへい、次男の庸平ようへい、三男の航平こうへいは施設に引き取られた。その施設から一番最初に出たのが末っ子の航平さんで、引き取られた先は結構な金持ちだったらしい。

 でも養子を引き取るには理由がある。必ずしもそうじゃないと言われればそうなのかもしれないけれど、高校生の俺はまだ20年も生きていなくて、わからない。でもなにか理由があるような気がする。しかもその理由というか、航平さんが引き取られた先の家が抱える事情は結構厳しかった。


 倉橋航平くらはしこうへい、それが雪緒ゆきおの父親の本当の名前なんだけど、この倉橋家には子供がいなかった。ここまではなんでもないんだけど、夫婦の仲はとっくに冷え切ってて、しかも旦那には愛人がいて、その愛人に子供までいた。いわゆる昼ドラのドロドロの世界だったわけだ。主婦は好きだよな、こういう話。


 どこが面白いんだよ?


 ちょっと俺には理解出来ない楽しみだな。理解したくもないし、楽しみたくもない。彼女は欲しいと思う年頃だけど、愛人はちょっと。だって身近に一人いたし。ほら、親父がね。そういう人は身近に一人いればお腹いっぱいです。一杯どころか胸焼けしてくるよ。でも主婦って好きなんだよね、そういう話。


 人の不幸は蜜の味


 そんなドロドロの昼ドラが世界が展開される家に航平さんが引き取られたのは、旦那が愛人の子を跡取りとして引き取るって言い出したことが原因だったらしい。それが面白くない奥さんは、どうせ子供を引き取るならいっそ全くの他人がいいって言い出して。そんで航平さんに白羽の矢が立ったわけ。まぁ航平さんっていうか、施設にいる親のない子を引き取るっていう話になったわけだな。

 ここまではいいんだよ、ここまでは。


 そ、ここまでなんだよ


 航平さんが引き取られてすぐに奥さんが死んじゃって、旦那は晴れて愛人と再婚。血の繋がった跡取りが出来りゃ航平さんは用なしだ。後妻やその子どもにとっても邪魔者ってんで家を追い出されたってわけ。


 ひでぇ……


 一応世間体もあるから高校までは卒業したらしいんだけど、航平さんもすっかりひねくれてて。ま、そんな環境で育てば俺だって脇道に逸れちゃうよな、きっと。ぐれて非行に走った航平さんは、ちょっとした前科が付いちゃったというか、付けちゃったというか……。


「一度、航平さんが周平さんの保険証を借りに来たことがあって。たぶん免許証はその時に取ったんだと思うけど」


 ってか親父、保険証とか貸しちゃ駄目でしょ? それ、貸し借りしていいもんじゃないでしょ、親父! 大人のくせにそんなこともわかんないのかよ? だからこんな面倒なことになってんじゃん。

 母さんがそのことに気付いたのは、運転免許証の更新お知らせ葉書が届いた時。見てすぐにわかったらしい。やっぱ女の人って勘がいいよな。うかうか隠し事も出来やしない。俺も彼女が出来たら気をつけようと思う。今はいないけど。今はね。

 でも母さんがそのことを知った時にはもう親父も亡くなってたし、怒るに怒れなかったらしい。


「周平さんはお人好しだったから。それにずっと気に掛けてたしね、航平さんや庸平さんのこと」


 そんな親父が好きだったとか、恥ずかしげもなく息子の前で話すのはやめてくれ。その一言はいらないから。その部分、余計だから。きいてるこっちの方が恥ずかしくなるから。


 そういうことが恥ずかしいお年頃なの、俺は!


 忙しい店員さんが、行儀悪く盗み聞きなんてする暇もないってことはわかっているけれど、恥ずかしさのあまり、誰にもきかれなかったか周りを見ちゃったじゃないか。どうしてくれるんだよ、母さん。


 息子が挙動不審者になってるよ!


 まったく……。そんなこと言って油断してるから、浮気されたり、こんな面倒なことになってるじゃないか。もちろん原因は親父の甘さにあるけれど、母さんも立派な共犯だからね! ……っていうのはもちろん黙っておく。今日も静かに晩飯食いたいし。

 大人しい次男の庸平さんが、航平さんの次に引き取られたのは親父が勧めたからだそうだ。引っ込み思案な弟を施設に残してはいけなかったんじゃないかって、母さんは言う。


「そういうところ、あんたと周平さんは似てるのよねぇ」


 やめてくれる? よりによってあんな親父と似てるなんて、言わないでくれる? 言われたくないし。迷惑だし。すっげぇ嫌だし。


「じゃあ何? 母さんは全部、始めっから知ってたわけ?」

「警察だって知ってるわよ」


 あの日、警察署に行って全部話してきたって……なに? それ? つまり、その、つまりさ、俺が1人で勝手に暴走してただけってことっ?! もう、なんなのさ、それ! とっくの昔に親父は 「かなり重要な参考人」 じゃなくなってたってこと? んじゃ俺は、休み潰して、無駄に小遣い使ってあんな田舎まで行って何してたわけっ?


 穴があったら埋めてくれ……


 ただ気になること……っていうか、まだ片付けなきゃならない誤解っていうか、問題は残っている。雪緒ゆきおのことだ。雪緒の父親は 「穂川周平」 つまり親父じゃなくて倉橋航平さん。その事実を誰がいつ、雪緒に話すか……。

 ここはやっぱり本人、つまり倉橋航平さんが話すべきなんだろうけど、警察に 「かなり重要な参考人」 として追われている。しかもまだ見つかっていないらしい。


 どこに行ったんだよ、おい


 さっさと見つかってくれりゃ話は早いのに。それこそ犯人かどうかも、それではっきりするはずだ。雪緒のためにも、父親としてそうして欲しいところなんだけど……。


「ああ、清隆きよたかからよ」


 席を立ちかけた母さんは、携帯電話を見て笑う。なんか嫌な予感がして俺も自分の携帯電話を見てみたら、清隆からメールが届いていた。


 ぶっ殺すぞ、てめぇ       ……つづく



【後書き】

 はぁ~結局俺、何してたわけ?

 ひたすら1人で駆けずり回って、なんなのこの結末は! って、まだ終わりじゃないのか。ってかもう終われよ、ほんと。

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