第8話 兄の威厳

 一寸先は闇。ってか、なんかちょっと頭がクラクラしてきたんだけど。そろそろ清隆きよたか君、手、放してくれないかな? お兄ちゃん、目の前がちょっと暗くなってきたんだけど。ちょっと死にそうなんだけど。


 ちょっと川が見えてるんだけど……


 それも泳ぎたくなるような清流じゃなくて、俗世の芥に塗れきった怨念ドロドロの川。これ、入ったら絶対に戻れないやつだよな。というわけで、お兄ちゃんはこの川には入りたくないので放してください。


「つまり何? 親父が殺人容疑で警察に追われてるってことか?」


 なんかすっごい冷たい眼で見られてるんですけど。なんか清隆君、すっごい軽蔑の眼で俺のこと見てるんですけど。


 なんで?


「馬鹿か、お前は!」


 挙げ句に罵倒された。ちょっと清隆、顔が近すぎるから。唾、かかってるから。汚いから。


 ちょっと離れてくれる?


 しかもこの距離じゃん。そんな大声出さなくても聞こえてるから。俺、まだ高校生だし、耳、全然遠くなってないから。むっちゃ健全な高校生男子だから。


「こいつらもこいつらだ! なんで親父捜しに来てお前の部屋漁ってんだよ!」


 だから清隆君、声が大きいって。ご近所さんに迷惑だから。ご近所迷惑だからもうちょっと声、小さくしてくれる? ってかいい加減に手、放してくれる?

 だいたいなんで俺の部屋が漁られたのに、お前が怒るわけ? そこんとこがよくわかんないんだけど。


「とりあえず、その手、放した方がいいんじゃないかな?」


 変態Aに言われてようやくのことで手を放してくれた清隆。さすがにちょっと苦しくて俺はむせたんだけど、清隆の野郎、気にもしねぇ。仮にも俺たち、兄弟なのにさ。ちょっと……いや、すっげぇ悲しいんですけど。


 ってか俺、変態Aに助けられてんじゃん


 こいつ変態だけど、実はちょっといい奴だったりして。そのいい奴らを、清隆は立てた1本指で招く。手招きじゃなくて指招きだ。それ、なんかこう、ちょっと挑戦的というか、挑発的であんまいい感じがしないからやめて。

 しかも目つき悪いまんまだし。そろそろ睨むのやめたら? いや、やめた方がいいんじゃね? ほら、もう相手は警察だってわかったんだし。


 気にしねぇよな、お前は


 清隆が何をするつもりか、俺には全く見当がつかなかったんだけど、変態2人は大人しくついて行く。よくわからないけど、とりあえず俺もついて1階に下りる。ついて行ったのはあくまで清隆に。変態について行ったわけじゃないから。そこんとこ、間違えないように!


 絶対間違えないように!


「あ、そうそう。俺は穂川清隆ほがわきよたか。そこのアホの弟」


 1階の和室に入る時、いかにもたった今思い出したように言い出す清隆。遅いんですけど。すっごく遅いんですけど。

 しかも俺のこと 「アホ」 とか言ってるし。 「アホ」 じゃなくて 「お兄ちゃん」 でしょ? あ、今、自分で言って鳥肌立った。


 気持ち悪すぎ……


 やっぱ清隆に 「お兄ちゃん」 なんて呼ばれるのはキモい。キモいから……いや、でも 「アホ」 はちょっとな。もう少しまともな呼び方を考えてくれる?

 俺だって好きで、黙って部屋荒らされたわけじゃないんだから。パンツだって、好きで見せたわけじゃないから。ってか、見せたんじゃなくて勝手に見られたんだから。部屋だって、勝手に漁られたんだから。家だって、勝手に入られたんだよ。俺はこんな変態どもを招待した覚えないし!


「で、あんたらが捜してるおっさんはここ」


 さっき変態2人を呼んだ清隆の指が、まっすぐ仏壇を指す。これで満足したかと言わんばかりだけど、それは声だけで、顔は不満満載。これでもし、変態たちが大人しく引き下がってくれなきゃ家でも破壊しそうな勢いで暴れそうだ。


 やめてくれ


 そんなことをしたら、間違いなく母さんに三途の川で顔を洗ってこさされるぞ。しかもお前1人だけならまだしも、絶対俺も付き合わされるから。いくら兄弟って言っても一蓮托生じゃないから。そんなの絶対ごめんだから。俺、そんなに付き合いよくないから。


 強制執行されるけど


「親父、9年前に死んでるの。わかった?」


 おい、ちょっと待て。なに、それ。俺のこれまでの苦労はなんだったわけ?

俺は何やってたわけ、今まで。同じ指さしで、なんでこうも違うわけ? ここで変態どもが納得したら俺の立場ないんですけど!

 変態2人は顔を見合わせて、それから仏壇に置かれてる、いわゆるサービス判っていうの? 普通サイズの写真立てに入れた、一応うちじゃこれが遺影なんだけど、それを手に取ってしげしげと見てる。そんであっさりと帰って行った。


 ちょっと、俺の立場はっ?


 しかも玄関扉閉めた早々、清隆には 「馬鹿じゃね?」 とか言われたし。


「あのさ清隆、警察が来たこと、母さんには……」


 ま、一応心配させたくないって思ったんだけど、清隆の奴、デリカシーの欠片も持ち合わせちゃいねぇ。俺の目の前で階段を上りだしたんだけど、声を掛けるとすぐに足を止めて振り返り、ものすっごい目つきで睨みつけてきた。


 なんで睨むわけ?


「なんか言ったか?」

「……言ってません」


 もう兄貴の威厳、形無し。もうこいつ、ほんと、何様なわけ? なんでそんな強気なわけ?

 とりあえず部屋、片付けよ。      ……つづく



【後書き】

 はぁ~これでもう、終わりでいいじゃん。

 まだ続けんの? もう俺、疲れたんですけど。そりゃ確かにおかしなことはあるんだけど、もういいじゃん。せっかく変態どもも帰ってくれたことだし、わざわざこっちから会いに行く必要ないじゃん。はぁ~……あ、忘れてた。この物語はフィクションだから。

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