第6話 告白のタイミング

 死んでるはずの親父が、あぶく銭持って廃れたスナックに酒を飲みに行った。もう洒落にならないよな。頼むから墓の中でおとなしくしていてくれよ。なんでこう、色々やってくれるかな。これ以上母さんを怒らせるようなことしないでくれ。こんな馬鹿みたいな話、清隆きよたかの耳に入ったら……鼻で笑われそう。

 そう、あいつはそういう奴だから。母さんが帰ってくるまでにはまだ時間があるけど、あいつはそう遠くない時間に帰ってくるはず。ちょっと待て。ひょっとしてあいつが帰ってくるまでに、この変態刑事2人には帰ってもらった方がいいんじゃね? ってかもう帰ってきてる……なんてことはないよな。


 あったら困るんだけど、俺


 何がどう困るか具体的には説明出来ないけど、困る。それでも説明しろっているのなら、清隆が帰ってきてから直接聞いてくれ。俺の口からじゃとても言えない。ってか、言いたくない。

 親父が 「かなり重要な参考人」 なんてさ、母さんや清隆になんて説明すりゃいいのさ? こんな馬鹿げた話、信じるはずもないだろ。そう、信じないんだよ。だってあの2人、そういうところがすっげぇよく似てるんだよ。クールって言えば格好いいけど、冷たいって言うか、なんて言うか。こう……うまく表現出来ないんだけど、絶対 「馬鹿じゃね」 の一言で終わり。もう、これ、間違いない。ガチでこれ一択。血なんて一滴もつながってないはずなのに、マジ、変なところがよく似てるんだよな、あの2人。


 この刑事2人ほどじゃないけど


 とりあえずパンツだけでも片付けていい? ってか、片付けたいんだけど。駄目? 駄目かな? 俺、一応これでも微妙なお年頃だしさ。やっぱ自分の部屋とはいえ、自分のパンツとはいえ、いや、自分のパンツだから放り出しっぱなしとか、ちょっと恥ずかしいんだけど。あんたらだって男だろ? 一昔前、いや、二昔か三昔かわからないけど、あんたらにだって俺と同じ歳だったことあるだろ? 同じ男だし、わかるよな? この恥ずかしさ。


 わかってくれよ


 わかってくれなさそうな2人は、俺のデリケートなハートを完全に無視。それだけならまだしも、いや、それだけでも許しがたいのに、さらにおかしなことを言い出しやがる。


「当日来店していた客数人から、穂川周平ほがわしゅうへいさんによく似た人物が店内にいたという証言も得られました」

「現在その裏付け捜査を行っているわけですが、改めて伺います。穂川周平さんは今、どこに?」


 あれ? ちょっと待てよ、親父に似た人が店に居たって、それ、似てるだけの別人じゃね? よっしゃよっしゃ、待ってましたよこのタイミング。ここで親父が死んでるって言えば、それが別人だったことになるじゃん。俺ってあったまいぃ~。


 では早速……


「ご家族とはいえ、下手にかくまうと罪に問われますよ」


 ちょっと待って 「公務執行妨害」 は嫌だから。待って待って、正直に言うから、今すぐ言うからちょっと待って。


「誰、そいつら?」


 なんで俺が正直に言おうとしてるのに邪魔するの? 出鼻を挫くって、こういうことを言うんだよね? お願いだから挫かないでくれる? 俺の一大決心を……じゃなくて、これ以上はないくらいのグッドタイミングなんだから、邪魔しないでよ。

 ……ってか、誰? と思ったら出やがった。


清隆きよたか?」

「マサの友達?」


 清隆はいつも俺のことを 「マサ」 と呼ぶ。ほぼ一歳違いだけど、それでも俺の方が兄なのに、清隆は絶対に俺のことを 「お兄ちゃん」 とか 「兄貴」 とか呼ばない。

 いや、別に呼んで欲しいとも思わないけどさ。なんか、清隆に 「お兄ちゃん」 とか呼ばれたら……想像するだけですっげぇ怖いんだけど。理由はわからないんだけど、とにかく怖い。

 俺のグッドタイミングを見事にぶっ壊してくれたのはその清隆。全然気づかないうちに帰ってきてたらしくて、知らないうちに俺の真後ろに立ってた。


 お前、気配ある?


 学校から帰ってきたばかりらしい清隆は、俺と同じ制服を着たまんまで、肩に鞄も掛けたまま。たぶん玄関を入って、階段を上ったところだろう。俺の肩越しに、俺と向かい合うように立っている変態2人を、俺以上に胡乱な眼で見ている。ってか睨んでる。


 こいつ、目つき悪いんだよなぁ……


 ってか、変態2人も張り合って清隆を睨んでるし。なにやってんだよ、あんたら。高校生相手に大人げないことしてんなよ。さっきからもう……あ、ただの変態って言ってる。さっきから俺、この2人のことをただの変態変態っていってるけど、変態刑事の間違いだから。


「なんか目つき悪いんだけど、こいつら」


 清隆、お前が言う? お前の目つきも十分に悪いんですけど。すっげぇ睨んでるんですけど。ってか、ひょっとしてお前、目つき悪いって自覚ない? それはそれですっげぇ迷惑なんですけど。

 とりあえず自覚してくれ。いや、自覚の前に変態2人を睨むのやめて。


 あ、また忘れた


 変態刑事2人を睨むのやめて。そいつら変だけど、そいつらもお前のこと睨んでるけど、警察だから。それでも刑事だから。心証悪くすると 「公務執行妨害」 が待ってるよ。なんて言っても絶対聞かないんだろうなぁ……。


 それが清隆だから


「マサの友達にしちゃ珍しいじゃん」


 友達じゃないから。俺、ひとっこともそんなこと言ってないだろ? 勝手に決めつけんなよ。そんな変態2人、友達じゃないから。その誤解、すっげぇ迷惑だから。すっげぇ嫌だから。


 やめてぇ~           ……つづく


【後書き】

 うわぁ、とうとう清隆が帰って来ちゃったよ。どうしてくれるんだよ。しかも俺の告白タイミングを、ものの見事にぶっ壊してくれちゃってさぁ。俺、玉砕しちゃった。綺麗さっぱり粉々に砕けちゃったよ……あ、この物語はフィクションだから。

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