オクトコードストーリー

城之崎灰流

第1話 プロローグ


 コツコツと長い廊下に二人分の足音が響き渡る。

 一つは自分の足音。そしてもう一つは自分の隣を一緒に歩いている男の足音。

 刈り込まれた白髪に、屈強な体躯。齢五十を超えたと言うのに、上司である男の纏う空気はいまだ武人のそれである。自分たちが仕える王家の紋章の刻まれた鎧を身に纏い、きれいに磨かれた廊下を二人で並び歩く。

 つきあたりにある大きな両開きの扉の前で足を止め、上司であるニムロッドが軽く二度ノックをする。

「はい、どちら様でしょうか」

「ニムロッド=ノアハおよびカブス=ローランド、参りました」

「どうぞ、お入りください」

 重厚な扉が片方だけ開き、扉を開けた侍女がこちらに一礼を送ってくる。こちらも会釈を返して、部屋の中へと足を進めた。

 部屋の奥、テラスで椅子に座っていた少女が立ちあがり優雅な所作で一礼を送ってくる。背中まで届く栗色の髪がさらりと揺れて、陽の光を受けて輝いていた。

ニムロッド隊長と自分は背筋を伸ばし直立の姿勢をとり一礼に反した。

「こんにちはニムロッド、今日はとてもいい天気だったので少しお茶をしていたの」

「さようでしたか、お茶の時間に大変申し訳ありません」

いえ、全然気になさらないでください。それで、今日は何かありましたか?」

 きょとんと首をかしげる少女に隊長はゆっくりとうなずき、少し半身になりこちらに一歩前に出るように促してきた。

「以前少しお話をさせていただいておりました、アイネッド姫に騎士団から護衛をつけたいと言う件ですが、こちらのカブスをつけたいと思いまして。既に国王と王妃には話を通しておりまして、後は姫様に見ていただきたくお伺いさせていただきました」

 僕は一歩前に出て、片膝をつき頭を垂れる。

「カブス=ローランド、本日をもちまして姫様の護衛の任を拝命いたしました。この命に代えてお守りすることを、ここに誓います」

「おほん、まだ若輩で姫様と同様に世間知らずでははありますが、剣の腕は私が保証致します。また歳も近しいので、話し相手にもなれればと思います」

「ニムロッド。世間知らずというのはその、否定はしませんが、ならばもう少し私も城下町や各都市の視察にも行きたいです」

 アイネッド姫は少しだけ眉尻をさげて膨れて見せる。しかし、当の隊長は肩をすくめて見せるだけだ。

「おっと、これは失礼しました。世間知らずという御自覚がありましたか。しかし、このたびの護衛の件もありますが若干情勢が不穏になりつつありますので、ご理解いただきたい」

 アイネッド姫は軽くため息をついたが、すぐに温和な表情に戻り僕へと向き直った。

「カブスさんですね、これからいろいろとご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いします」

 僕はその言葉に対し、背筋を伸ばし右手を胸にあてて敬礼を返す。

「はい、この命を賭してその御身を守らせていただきます」

「さて、それではお茶のお時間を邪魔してしまったようですし、今日はこの辺で失礼させていただきたいと思います。明日の朝より、カブスには扉の前を守らせ、部屋の外では基本カブスが同行することとなります。多少窮屈かと思いますが、ご容赦ください」

「わかりました。その、ニムロッド。それほどに現在の状況は危うくなっているのですか?」

「ご安心ください、姫様たちを守るために我々がございます」

 隊長はそう姫に言い残し、僕と共に姫の部屋を後にした。


 僕と隊長は、再び歩いてきた廊下を戻っていた。僕は少しだけ先ほど初めてお会いしたアイネッド姫のことを思いながら歩いていた。

「どうかしたのか?」

「あっ、いえ」

「アイネッド姫のことか」

 見透かされたことに驚きと恥ずかしさを感じながら、何故わかったのですかと相手に問いかけたみた。

「お前さんは思ったことが顔にでやすい。素直でまじめなのはお前さんの長所なのだがな」

「以後気をつけます」

「ふっふっふ、気をつけてすぐにどうなるものではないし、お前さんはそのままでいいのだろうよ。して、初めてアイネッド姫を見てどうだった?」

 隊長の問いかけに、僕はアイネッド姫のことを再び思い出す。

「お美しい方だと思いました」

 僕の素直な答えに、隊長はハハハと声をあげて笑った。

「あぁ、いやすまんな。まぁ、蝶よ花よと大事に育てられてきたからな。しかし、あれでなかなか御転婆というか頑固なところもある。色々と大変だろうとは思うが、頼んだぞ」

「はい。ところでニムロッド隊長、例の話は、本当なのでしょうか?」

「反乱分子の話か」

 僕の問いかけに隊長の顔が歪んだ。

「たしかに、ここのところ軍部派閥に怪しい動きがある。こちら側としても色々と情報収集を行っているが、なかなか尻尾がつかめん。それに、現在のランドルフ王の政策に不満を持つものが王国内に多いのも事実だ。ましてやエルデニア共和国と緊張が高まっているとなればなおさらそれどころではない」

「ニムロッド隊長」

「かまわん、聞かれたところで事実は覆りようもない。実際のところ俺も王には何度も進言をしてはいる身だしな」

 エルディニア王国は、現在大陸でも有数の領土を持つ大国だ。それは過去の侵略戦争にて手に入れたものであり、今でも国境の付近では幾つかの戦線が引かれており、あっちこっちで小競り合いを続けている状況だ。

 現ランドルフ王も過去の例に漏れず武力を重視とした考えを持ち、現在の軍閥や政治家たちの中にはその姿勢に不満を持つ者も多い。

「これまであっちこっちに戦争を仕掛け、そして勝ってきた。しかし度重なる戦いで周辺も町などはかなり疲弊しているからな。先日も王に和平の道の模索や軍閥の動き等を進言したのだが、一蹴されてしまったよ」

 そう言う隊長の横顔には、微かに疲労の色が見て取れた。王に一蹴されようとも、何度も王に足して進言をしてきたのだろうということが察せられる。

 そして、王に何度も一蹴されようとも進言を出来ると言う隊長に対するこれまでの実績と信頼も同時にまた感じることが出来た。

「現在王には国外に一度出ることも含めて進言する予定ではいるのだがな。その場合はアイネッド姫にも一度身を隠していただく必要がある」

 その発言を機に、二人の間には沈黙が下りた。

 コツコツと足音が長い廊下に響き渡る。やがて、広いホールへとでて僕は隊長と分かれることになった。

「それでは、俺はこっちに用事があるのでな。今日は御苦労だったな、明日からの護衛しっかりと頼むぞ」

「ありがとうございます」

 僕は会釈をしたのちに騎士団の詰所へと戻ろうとした。

「カブス、もし万が一の場合は――」




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